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会議室から先触れ無くやって来たアルフォンスを、王太后宮の使用人達は特に驚きもせず出迎えた。
「やはり来たわね」
訪問は想定内だったらしい王太后は息子を苦笑いで迎え入れ、リリアは目を見開いた後唇を噛んでシュラインを睨み付けた。
頬を染めて見詰めてくる男爵令嬢を無視し、アルフォンスはシュラインの傍らへ向かう。
目と口を開いて驚くシュラインの耳元へ唇を寄せ、「シュラインに逢いたくて来た」と伝えれば彼女の全身は林檎のように赤くなる。
「な、なにを、言って」
「逢いたい、では訪問の理由にならないか?」
茶会の邪魔をした理由の半分は“逢いたかった”から、偽りは言っていない。
困惑しているシュラインへ、アルフォンスはやわらかく微笑む。
「アルフォンス、貴方、何故っ」
椅子から立ち上がったリリアへは冷たい視線を向け、直ぐに外す。視界に入れたくもなかった。
「シュライン」
身を屈めたアルフォンスは、膝の上へ置いていたシュラインの手を取り恭しく口付ける。
「アルフォンス、貴方は今会議中ではないのかしら?」
呆れ混じりの生ぬるい眼差しを息子へと向けた王太后は、額を押さえ深い息を吐いた。
「シュラインを置いて戻るつもりは……無いのでしょうね」
「ええ。可愛い妻を母上と義姉上とのいさかいになど巻き込ませたくはありませんから」
サラリとアルフォンスが答え、王太后の顔から表情が消える。
カタンッ、椅子の背凭れに手を置き音を立てたリリアは、顔を赤くしてシュラインを睨み付けた。
「王妃様、どうされたのですか?」
気遣うアリサの声も耳に入らない様子で、リリアはシュラインを憎々しげに睨み続ける。
(私よりもシュラインへ嫉妬と憎悪をむけるとは。相変わらずだな)
無礼な態度をとったのはアルフォンスだけだというのに、リリアの思考はアルフォンスの婚約者を害した時と何も変わらないらしい。
「では母上、私と妻は退出してもよろしいですか」
リリアからの粘着質な視線を浴びても、アリサから熱のこもった視線を送られてもどこ吹く風といったアルフォンスは、涼しい顔で王太后に退出の許可を貰おうとする。
「今頃、会議が進まなくなり元老院は混乱しているでしょうね。シュライン、アルフォンスを連れて行ってちょうだい」
額に手を当てた王太后に頼まれてしまったら、シュラインは頷くしか選択肢は無い。
「王太后様、王妃様、アリサ様、申し訳ありません」
「では、母上、義姉上、失礼します」
申し訳ないと頭を下げるシュラインを尻目に、アルフォンスは王太后へ向かって口角を上げた。
王太后宮から辞したシュラインは、アルフォンスに手を引かれ王宮へと向かう。
指と指とを絡ませた所謂恋人繋ぎなのは、密着されるのは暑いから少し離れてほしいと、シュラインがお願いしたところこうなった。
陽射しを避けて木陰を手を繋いで歩く二人の後ろを、三人の護衛騎士が付き従う。
「どういうつもりですか」
何故、会議を抜け出してお茶会中の王太后宮へ来たのか。何故、あんな恥ずかしいことをして自分を連れ出したのか。アルフォンスに問うシュラインの声は固い。
「あの場から抜け出す良い口実になっただろう? 私としたら、あんな殺伐とした茶会に参加などしたくは無いし、可愛い妻に負担など与えたくは無いからな」
「アルフォンス様」
茶化すように言うアルフォンスをシュラインは睨む。
ばつが悪そうに、繋いでいない方の手で口元を覆ったアルフォンスは、足を止めてシュラインを横目で見た。
「あの王妃の鼻を明かしてやりたかったのと、」
言葉を切り、アルフォンスは繋いだ手に力を込めた。
「……心配だった」
先程、王妃へ喧嘩を売るような大胆な行動をしてくれたアルフォンスは、たった一言の本心を口にするだけで顔を赤らめて照れてしまった。
(そう、逢いたかったのは、心配だったからだ。王妃と兄上を挑発出来たし、シュラインの心を傾かせられたならば、上々の出来だな)
「アルフォンス様は心配性ですね」
吊り上がっていたシュラインの眉は下がり、一文字に結んだ口元はゆるむ。
「シュラインのことになると、弱くなると最近気が付いた」
未だに赤い顔を見せまいと、横を向いてしまったアルフォンスに手を引かれたシュラインは、王宮の建物の手前にある庭園の一角に設置されたガゼボへ辿り着いた。
木陰にあるガゼボは涼しく、吹き抜ける風が火照った肌を冷やしてくれる。アルフォンスに手を引かれるままにシュラインもベンチへ腰掛けた。
「会議に戻らなくてよいのですか?」
「シュラインが一緒に居るのに、急いで戻る必要はないだろう」
「もうっ!」
口では呆れ咎めるような言葉を発しても、アルフォンスの甘い言動に頬を赤く染めてシュラインは時折嬉しそうに口元を綻ばせる。
(あと一押し、だな)
あと少し、刺激的な展開があれば望むモノは手に入る。
歓喜の感情は表面に出さず、アルフォンスは内心ほくそ笑んだ。
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