アルフォンスは計略をめぐらす②

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 傍観していた官僚達へ仕事に戻る様に命じ、アルフォンスはシュラインの肩を抱くようにして彼女の顔を覗き込んだ。 「大丈夫か」  扇で叩かれて赤くなった頬を避けながら、アルフォンスが指先でシュラインの顔の輪郭をなぞると眉尻を下げた彼女の瞳が潤みだす。 「アルフォンス様、わたくしは大丈夫です。でも、ケーキが」  床へ落ちたケーキ箱は侍女が拾ったが、箱は無惨にひしゃげてしまい斜めに片寄っている。  中身を確認しなくとも中に入ってるケーキは潰れて崩れてしまっているだろう。  毎日のようにシュラインに菓子を手作りさせ持参させる。その事実と、シュラインとアルフォンスの仲睦まじい姿を見せ付け王妃の反感を煽るという、王太后の企みの一部が達成されてしまった。 (くっ……)  こめかみと心臓が針で刺されているかのように痛む。  妻を痛め付けられた夫の心の痛みか、シュラインの優しさを踏みにじった王太后(ははおや)への殺意か。それとも、悲しむ彼女を労り抱き寄せて泣き顔を見られた、ほの暗い悦びへの罪悪感か。  不意にシュラインの体が小刻みに震えだした。 「せっかく、作ったのに、食べてほしかったのに……」  震える唇を動かして思いを口に出せば、堪えていた感情と一緒にポロポロとシュラインの目から涙が零れ落ちた。 (ああ、綺麗だ……)  アルフォンスの人差し指が零れる涙をそっと拭う。 「形は崩れてしまっても味は変わらない。後でもらうよ」  痛ましげに眉を寄せたアルフォンスはシュラインの額へ口付ける。  シュラインの背中と膝裏へ腕を回し震える体を抱き上げた。 「じ、自分で歩けますっ」 「駄目だ。手首と足も痛めただろう」  下ろして欲しいと慌てるシュラインを無視し、アルフォンスは自身の執務室へ向かって歩き出した。  執務室へ着くと壊れ物を扱うように、アルフォンスは横抱きにしていたシュラインをそっと長椅子へ横たえる。 「直ぐに医師が来る」  用意させた濡れ布巾を手に取り、シュラインの涙で潤む目元と赤くなった頬にあてた。 「ありがとうございます」  目尻を下げて礼を言うシュラインは何時もより弱々しく見えた。  悪意で顔を歪めたリリアは、とても醜悪な物語の魔女にしか見えなかった。間近で魔女から悪意を浴びせられては恐怖で震えても仕方ない。  警戒はしていても王宮内、アルフォンスもリリア自らがシュラインへ罵声を浴びせ暴行するとは思っていなかったのだから。  今すぐ抱き締めて口付けて慰めてやりたいが、カルサイルから生暖かい視線を感じ堪えた。  離宮へ戻る護衛にフィーゴと暗部数人を付け、手当てを終えたシュラインを見送ったアルフォンスは侍医から受け取った診断書へ視線を落とした。  離宮まで付き添いたくても、まだやるべきことが残っている。 「本当に、傷痕は残るものでは無いんだな」 「はい。幸いにも頬の傷は浅いものでして、こまめに軟膏を塗り保湿すれば傷痕は残らないでしょう」  侍医からシュラインの診断結果を聞き、アルフォンスは握りしめていた拳の力をゆるめた。 「本気なんだな」 「何がだ?」  半ば八つ当たりで苛立ちを隠さず問えば、カルサイルは肩を竦めた。 「今のお前、直ぐにでも王妃を殺しに行きそうな顔をしているからな。お飾りの奥様なのかと思っていたが、本気なのが分かって驚いた」 「……許されるならば、今すぐ廃位させ処刑してやりたいところだ。だが、まだその時ではない。王妃を許すつもりはないが、王妃よりも面倒な狐が動き出すのを待たなければならない」 「一掃するつもりか?」 「ああ。この先、王妃と取り巻きども、あの娘は私の邪魔にしかならないだろう? まだヘンリーの方が利用価値はある」  底冷えする冷たい声で言うアルフォンスの瞳には、先程までシュラインに向けていた慈しみや甘さなど一欠片も見当たらなかった。
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