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アルフォンスは計略をめぐらす③
部屋へ運び込まれた夕食から、美味しそうな匂いに反応してシュラインのお腹が、ぐぅっと鳴り空腹を訴える。
お腹の音を響かせてしまい恥ずかしくなったのか、全身を真っ赤に染めて俯くシュラインが可愛いくて、アルフォンスは目尻を下げた。
「はい、口を開けて」
チーズの香りが食欲をそそるリゾットをスプーンで掬い、アルフォンスは甲斐甲斐しくシュラインの口元へ運ぶ。
捻った手首に負担をかけないようにと、所謂「はい、あーん」をして食べさせているのだ。
「あの、アルフォンス様」
「シュライン」
捻った手首は左手首でシュラインの利き腕は右。彼女の言いたい台詞は何か分かっているが、言わせるつもりはアルフォンスには無かった。
愛しい妻に怪我を負わせたのはアルフォンスの失態だ。
意図的に王妃への警戒をゆるめていたとはいえ、シュラインに怪我を負わせるつもりは無かった。
自責の思い半分、これ幸いと甘やかして愛でたいという重すぎる想い半分で、激務の中無理矢理時間を作っている。
「うぅ……」
笑顔でスプーンを持つアルフォンスの圧力に屈し、シュラインは口を開けた。
「わたくし、自分で食べたいのですけど」
「駄目だ。治るまで私が食べさせる」
昨夜の夕食も今日の昼食時にも、同じやり取りをしたばかり。朝食は侍女が手伝い、昼食と夕食は王宮を抜け出したアルフォンスがシュラインの食事を介助していた。
羞恥で頬を染め、涙を両目に浮かばせて口を開くシュラインは口付けを、それ以上の行為をねだっているように見えて、アルフォンスの体の奥底から欲が沸き上がってくる。
(くぅ、可愛い。可愛い可愛い可愛い可愛い。これが雛鳥に食事させている親の気分なのか。違うな、シュラインが可愛い過ぎるからいけない。もう堪らない)
今すぐ桜ん坊に似た可愛い唇を食み、座るソファーの背凭れに押し付け抱き締めたい。
身体中を口付けてシュラインを味わいたい衝動と戦いながら、アルフォンスはスプーンを動かした。
夕食を食べ終わっても、アルフォンスはシュラインの傍から離れようとしない。
ソファーに座るシュラインの手首と足首の状態をチェックしながら、軟膏を染み込ませた布を貼り替える。
幼い頃より世話になり信頼している侍医だとしても、男がシュラインの肌へ触れるなど到底許せ無かった。
「あの、アルフォンス様、そろそろ別宅へお帰りになる時間ではありません?」
「駄目だ。貴女が眠るまで側にいる」
「えぇ~?」
目を丸くして驚いたシュラインは、不満げに唇を尖らせ首を横に振って拒否する。
あからさまに嫌がられ、アルフォンスは「ぶはっ」と吹き出した。
「私が側にいて嫌がる女性はシュラインくらいだ」
「はぁ、それはそうでしょう」
社会的地位も財力も持った男が側に居たら、大概の女性はときめいて頬を赤らめるというのに彼女は簡単には落ちてくれない。
やはり、偽装だと割り切り結婚したシュラインは一筋縄ではいかないようだ。
(それもまた、面白い。嫌われてはいないのならば、愛を囁き続け甘やかし私を受け入れさせるだけだ。逃がしてなど、やらない)
ニヤリと口角を上げたアルフォンスから、不穏な雰囲気を感じ取ったシュラインは表情を強張らせる。
「わ、わたくし、昔から一人寝が好きなので、誰かが傍にいると寝付けないのです」
「今後、ベッドを共にすることを考えて、慣れるために手を繋いでいようか」
「えっ?!」
膝の上へ置いていた手をシュラインが引っ込める前に、アルフォンスの手が動き指と指が絡まる。
「一緒に寝るつもりなんですか?! 早く別宅へ帰ってください」
「駄目だ」
至極愉しそうに喉を鳴らすアルフォンスに抱き上げられて、抗議の声を無視されたシュラインはベッドへ運ばれてしまうのだった。
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