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アルフォンスが離宮から王宮の執務室へ戻ると、ソファーに座っていた元老院議員、目の下に隈を作ったカストロ公爵が立ち上がった。
「随分と、娘との一時を楽しまれたようですね、殿下」
いくら娘、シュラインのためとはいえ、政務や会議を放り出して一日二回も王宮を抜け出すアルフォンスに対し、カストロ公爵の口調は刺々しくなる。
「シュラインが可愛い過ぎるのだから仕方ないだろ。此処へ戻らず朝まで共に過ごしたかったのだがな」
悪びれもせずのろけ、アルフォンスはニヤリと笑った。
眉尻を上げたカストロ公爵のこめかみに、血管が浮き出てピクピクと痙攣する。
「殿下の人格が変わりすぎて気持ち悪いですな。もしや、シュラインを本気で娶るおつもりで?」
「本気だ、と言う前に、シュラインは私の妻だ。既に夫婦の契りも交わしている」
「なん、ですと?!」
がちゃんっ!
カストロ公爵の足が当たったテーブルが揺れ、ティーカップから冷めた紅茶が零れた。
驚愕のあまり、眼球が零れ落ちんばかりに目を見開くカストロ公爵の顔色は、みるみるうちに青を通り越して白くなる。
何度も口を開閉させて意味を成さない呻き声を漏らす、カストロ公爵のただ事では無い取り乱しっぷりに救護しなければと壁際から一歩踏み出し、フィーゴは動きを止めた。
「このような夜更けに何用だ?」
遠慮がちにノックされた扉へ近づいたフィーゴは、扉越しにノックした衛兵に問う。
「も、申し訳ありません。ヘンリー殿下が……」
訪問者の名を聞きフィーゴは眉を顰め、「ヘンリー」の名を聞き瞬時に立ち直ったカストロ公爵とアルフォンスの方を見て指示を仰いだ。
執務室へ通されたヘンリーの顔色と唇の色は悪く、目の下はカストロ公爵以上の隈が出来ていた。
以前は艶のあった金髪もくすみ、全身から覇気がなくなり前屈みとなった姿勢から、精神的に疲労しているように見える。
「先触れも無く申し訳ありません」
頭を下げるヘンリーをアルフォンスは無言のまま見下ろす。
「……護衛も付けずに来たのは、自分の力ではどうにも出来なくなった者でもいるのだろう? 新たな婚約者殿絡みか?」
「うぅ、叔父上っ」
拳を握り締めたヘンリーは勢い良く顔を上げた。
「助けてください!」
悲鳴に似た声を上げた彼は、今にも泣き出しそうな途方に暮れた表情を浮かべ、アルフォンスへ手を伸ばしすがり付いた。
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