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「………」
数奇なことになっている、と如月柚李は思った。
大元の理由は二週間ほど前から。何やら最近知らない人に付け回されている、ということに気がついたからだ。それが誰かというのはわかっている。というより、最初はあちらから話しかけてきた。
一目惚れだと、そう言われた。何かのドッキリだと思ってカメラを本気で探したが見つからなかった。
他校生だという男は合同学園祭で会ったことがあると言っていたけれど、残念ながら君のことは覚えてないし、名前も知らない。早急すぎるから無理だ。
そうはっきり伝えたところ、話しかけてくるタイプのストーカーと化して大変厄介なことになった。
私の家の近所のスーパーや文具店などは、彼の通う学校から半径3km以上離れていてもまだ偶然だと思えるが、なぜ女性服専門のショップで「偶然」私に会った素振りができるんだ。しかも単身。そういう癖があるのなら何も言わないけどさ。
「先輩、なんか隠し事してませんか」
そんな悩みがある時にそんなことを、一対一で言われたものだから。
ストーカー被害に遭っているというのをかわいい後輩、常陸くんに話した。話してしまった。あの時は本当に精神も疲れきっていたから、とにかく吐き出してしまいたかったのだ。
「それは、家にまでついてくるんですか」
「わからないけど、たぶん家の位置は知ってるんだろう。外に出ると必ずと言っていいほど会うね。それしか知らないみたいにいつも求愛してくるよ」
誰か相手がいたら諦めてくれるのかなあ。
やさぐれた言葉を投げてしまったのに罪悪感を覚えていると、後輩くんは少し考えた後、真っ直ぐな目で僕を見た。
「俺、ボディーガードしますよ」
弾かれたように彼の顔を見た。目線がかち合って、それでも気まずさは感じなかった。縋っていたくなるような優しい目だった。
「…いいの」
「帰りとか、何だったら朝だって迎えに行きますし、嫌でなければですけど」
「嫌じゃないよ、でも、君は」
「嫌じゃないですよ。気づいてないかもしれませんけど、最近ずっと追い詰められたみたいな顔してましたし」
だから俺のエゴです。好きな人にそんな顔してほしくないんで。
そう言った彼がすごく頼もしく見えて、それでつい、抱きついてしまったのだ。
「ア“」
「常陸くん?!」
…なぜか奇声をあげて背中から思いっきり倒れていたけど、あれは何だったんだろう。
その後、あまりこのことを公にしてもいけないと思ったので、このことは二人だけの隠し事にして無事今日を迎えた。幸い朝は会わなかったし。まあ向こうも学校があるか。
ともかく、私みたいな変人に付き合ってくれた常陸くんには本当に感謝の念しかない。この計画がうまく行ったらラーメン奢ろう。あ、五目ラーメン食べたい。まだ行ったばかりだし、音楽聴いてるフリでも__
「如月さん」
最悪。一番聞きたくなかった声だ。
片耳につけたイヤホンを外して、声の方を向く。覚えたくもなかった顔がそこにあって思わず鳥肌が立った。
「『偶然』だね、誰だっけ」
「あはは、何回言ったら覚えてくれるの?広瀬だよ。買い物?」
「何回も言うほどの頻度で会ってるの不思議だよね、君の学校遠いのに」
「質問には答えてくれないの?つれないなあ」
「僕は君のこと覚えてないからね」
できるだけプラベートに踏み込ませないように会話を切る。常陸くん早く帰ってきてくれ。君身長あるから結構圧があるんだ。それでもって、助けて。
「…すいません先輩、待たせました」
助けを呼べば現れるなんて、漫画のヒーローみたいなやつだな君は。
突然現れた常陸くんに怯えたのか広…なんだっけ、ストーカーは一歩後ろに下がった。ここで暗に示しとかないといけないと思って、渾身の笑顔を後輩くんに振りまく。
「いいよ。私がアイス落としたのが悪いし。逆に手間かけちゃってごめんね」
「別にいいのに。……知ってる人ですか、この人」
片手を僕に差し出して、目線をジロリとストーカーに向ける。握り直したさっきと反対の手は乾いていた。この子の見た目にそぐわずハンカチとちり紙常備してるところが結構好きだったりする。
「いや、知らない人だから早く行こう」
「……そいつ誰?後輩さん?」
まだ息があったのか、と思いつつ、答えずにその場を離れようとした。だって続けるような馬鹿だとは思いもしなかったから。
「違うの?じゃあ普通彼氏でもないくせに手なんて握る?なにそれ。多分そいつ勘違いしちゃってるよ、可哀想に」
そこで、堪忍袋の尾が切れた。
大事な大事な後輩をそいつと呼んだことにも、態度にも、この状況にも腹が立って。
気がつけば僕はとんでもないことを口走っていた。
「___彼氏さんですけど!?」
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