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王子が目を開けると、そこは昼間のようでした。先程城に辿り着いた時には、たしかに辺りは真っ暗になっていたはずです。一体どうなったのかと首を振り再び瞼を開くと、空は炭のように真っ暗でした。確かに夜のはずなのに、辺りは昼間のように明るいのです。見慣れぬ建物の窓は全て明るく、道(彼にとっては馴染みのないものではあったが)に沿ってランプよりもさらに明るい光が煌々と照っているではありませんか。王子の住む首都は国の中でも一等栄えた地域でしたが、夜になると辺りは真っ暗になり、ただ月の明かりと星の瞬きだけが町の表面を照らし出しました。
「ここは、どこだ」
よくよく見ると彼がいるのは建物と建物の間のようでした。そこから見える通りにはたくさんの人が行き交っていましたが、見慣れぬ服装に異邦人のような顔立ちをしています。王子は呆然としました。
「あれ、君もしかしてうちのパーティ来る子じゃない?」
呆然としていた王子に声を掛けたのはなんとも言われぬ不思議な格好をした男女でした。男は長いマントのようなものを羽織り、大きな木の杖をついています。女は見たこともないような美しいブルーの髪をしており、ドレスに鎧をつけたような摩訶不思議な服を着ています。
「一体、何者なんだ……」
「あ、俺?俺はアレっすよ。魔法使い系。魔導師的な?やっぱパーティには魔導師がマストっしょ」
「あたしは剣士だよ。これすごくない?レンタルだけど結構高かったんだよねえ」
そう言って女が背中に背負っていた物をスラリと抜いて差し出して見せると、それは剣のようでした。
「こんな所で抜くものではない!」
「ごめんごめん、ちゃんとお店で披露するって。ねえそっちは?何者な感じ?」
「私は王子だ」
「超出来上がってんじゃん。お兄さん外国人?でも言葉がちゃんとしてるしハーフとか?顔と衣装の完成度高すぎっしょ」
「それはどういう、」
「それより早く行こ。始まっちゃう。カウントダウンに間に合わないよ」
王子の左腕を男が、女が右手を掴むと二人はぐんぐんと町の中を進み始めました。夜だというのに町の中は人で賑わうお祭りのようでした。手を引かれるままに早歩きで歩く王子は、見慣れぬ街並みにあちらを見たりこちらを見たり。とにかく明るくカラフルな光に見とれるばかりです。
「ここだよ」
「さあさ降りて降りて」
高い建物が並ぶ一画、男の方が地下に向かって伸びる階段を指さしました。
「ここは?」
「パーティー会場でーす。早く降りて」
「マジでダンジョンみたいでマジ燃える」
勇敢な王子は見知らぬ階段を凛と背中を伸ばして降りて行きます。ドン、ドン、と心臓に響くような低音が響いてきて王子は身構えました。やがて一番下まで降りると、重厚なドアが現れます。警戒しながらドアノブに手を掛ける王子の背中を男が思い切り押しました。罠だったのか、と訝りながら部屋の中に入ると王子は目を見開きました。
「なんだここは……!」
赤、青、緑の光が入れ替わるホールの中にはとにかく数え切れないほどの人、人、人。そして驚くほど大きな音の洪水。それは王子にとって全く未知の世界でした。
「王子さん、お酒あっちで貰えるから。チケットと交換すよ!」
「え?」
「あっち!」
心臓の鼓動のように響く低音と聞いたこともない不思議な音の和音、それから人々の歓声が渦巻いて、すぐ近くにいる男の声も聞こえません。男がジェスチャーで指し示す方を見ると、何か飲み物が入っているらしいグラスを受け渡ししています。
「交換してくるっすから、チケット下さい!ビールでいいっすよね?」
「チケット?」
男が四角い紙切れをひらひらとさせています。どうやらそれを渡せと言われているようですが、急に連れられてきた王子には何が何やら分かりません。分からないと言うと、男は突然ズボンのポケットに手を入れてきました。
「何を……!」
「あるじゃないっすか」
「え?」
「ほら」
男の無礼を咎めようとした王子の目の前で男は紙片をひらひらとさせて見せると、背中を見せて歩いて行ってしまいました。王子には何が何だかさっぱり分かりません。いつの間にあんな物を持っていたのか……。
「はいどーぞ。俺あっちに知り合いいたんで行って来るっすね」
琥珀色の液体が入った大きなグラスを王子に手渡すと、杖を振って去って行きました。一緒にいた女もいつのまにか消えており、王子は一人取り残されてしまいました。手に持ったそれは、匂いからして酒でしょうか。一口飲んで、苦い。けれど喉を滑り落ちていく感触が心地よい。一口、また一口。フワフワとしてなんともよい心持ちのまま、すぐ近くにあった壁にもたれると、王子は眠ってしまいました………。
「おいあんた。こんなとこで寝てたらやばいって」
遠くから呼ぶ声が聞こえて王子は身動ぎしました。手に持っていたグラスはすでに空になっています。周りは驚く程喧しいのに、王子は深く深く眠っていたのです。それを今、妨げる者が現れました。
「おーい、起きろって」
その誰かが王子の肩に触れると、足元から何かが這い上がるように身震いしました。
雪が融け空へ還るように。
種を割り春が芽吹くように。
呪いが解け、長い眠りから醒めるように。
「カウントダウンも始まるけど」
目覚めの時はもうすぐ。
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