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第二夜
時は今。ここは人が集まる大都会。
年末年始の騒めきに人々は足並みもそぞろでした。家族と帰路につくもの、友人と笑い合うもの、恋人と手を繋ぐもの。思い思いに過ごしています。
さて、ここに一人軽薄な男がおりました。彼の名は今村。先程まで違う誰かと歩いていた彼は、今はまた別の誰かと腕を組んでいましたが、そう上手くは行かぬのが条理というもののようです。
「最っ低」
横っ面を張られた今村が正面に顔を戻すと、相手はすでに背中を向け歩き去るところでした。それも仕方のないこと、彼が軽薄であるから、それ以外に理由はありません。
「マジかよこんな日に一人って……」
今村はぼやきながら腕時計に目を落としため息を一つ、歩き出しました。彼の大学の先輩が主催するカウントダウンパーティーはもう始まっている時間です。
「適当にナンパすりゃいいか」
軽薄な独り言を呟いて、歩き去った者には見向きもせず夜の街を人々とすれ違って行くのでした。
「お兄さん一人?」
「まあね」
「カウントダウンが終わったら一緒にどう?」
「考えとく」
声を掛けられるのを適当に流して、今村はドリンクを取りにカウンターに向かいます。ホールには谷間を見せる女や、学生服の男、それから何やら仮装をした派手な一団と、さまざまな人種が集っていましたが、今ひとつ男の食指が動きません。
真冬だというのに肌を露出した目つきの悪い女からビールを貰うと、今夜の相手をじっくり物色するために、一旦上のフロアへ上がる事にしました。
と、数人の男が壁際に集まっているのが目に入りました。そのうちの一人はやけに周囲を伺っており、気になってよく見れば彼らの足元には誰かが壁にもたれて座っているようでした。
「あーあ、こんなとこで寝るなよな」
多分、財布をすろうとしているのでしょう。あの男は見張り役に違いありません。あの男らも阿呆だが、こんな所で無警戒に眠るやつはもっと阿呆。関わるのは御免とばかりに今村が通り過ぎようとした時、見張り役らしい男と目が合ってしまいます。その途端、男は目つきを鋭くして凄んできました。
「何見てんだコラ」
「別に見てねーよ。そっちがキョロキョロしてんだろうが。やるならさっさとやってどっか行けよ」
「なっ」
気色ばむ男をやめろ、と仲間が遮って止めるとぞろぞろと去って行きました。もちろん、途中で今村を睨むのも忘れずに。
「関わる気なんかなかったのに……おい、さっさと起きろ。またカモられるぞ」
集団が去った後に取り残されたのは、昔の貴族のような格好をした男でした。髪は綺麗なブロンドで、染めたような不自然さはありません。ふざけた仮装をしているのにそれが妙にしっくりと馴染んでいるのです。
「外国人か?おいあんた起きろって。こんなとこで寝てたらやばいって」
関わらなければいいと思うのに何故か気になってしまいます。たしかに上品な顔立ちをしていますが、彼の食指が動くわけでもありません。こんな見知らぬ男のことなど放っておいて、今晩一緒に過ごす誰かを探すべきだというのに。
「おーい起きろって」
揺り起こそうと肩に触れると、深く眠っていた男が身動ぎし、妙に形のいい唇が僅かに開き吐息が漏れます。それが何とも艶っぽく……。
「いや、何考えてんだ」
きっとさっきみたいな事になったら面倒だから気になっているだけだ、案外俺も人がいい、と思い込んでさらに強く肩を揺すりました。するとようやく目を覚まそうとするように瞼がぴくりと動きます。その様子を息を飲んで見守っている自分に、今村は全く気がついていません。
ああ、目を覚ます。
海のように深いブルー。
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