第一夜

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第一夜

 昔々あるところに、一人の勇敢な青年がおりました。彼は聡明で実直な、とある国の王子様でした。そんな彼の元に、遠くの国で百年もの長きにわたり眠り続けるお姫様の悲劇を伝えたのは、旅の楽士でした。  その昔、魔女の怒りに触れ呪いをかけられた美しい姫君は今もなお、お城の奥深くで呪いを解くものを待つように眠っているといいます。その悲劇を美しくも哀しい旋律に乗せて語ったのち、楽士は王子に向かいどうか姫をお助けくださいと深く頭を垂れました。 「ここか……」  城下町には誰もおらず、生い茂る荊に覆われていました。かつて深い悲しみにくれた国王陛下が、その街ごと眠り続ける娘のために明け渡したのです。  何者をも拒む荊や野生の獣をどうにかやり過ごし、王子はかつての華やかさを失い、根雪に沈む城に辿り着きました。 「なんという寂しい……こんなところに美しい姫君がいるというのか」  王子は悲劇の姫君を哀れに思い、うら寂しい城に足を踏み入れました。  蝶番が甲高い悲鳴を上げエントランスホールに響き渡りました。城の上の方では吹き荒ぶ風が獣の唸り声のように絶えず鳴り続けています。しかし勇敢な王子は薄暗く不気味な城の中を、臆することなく進んで行きます。  ふと、奥の方で何かが動いたような気配を感じ、王子は足を止めあたりに気を配りました。物音がして目を凝らすと、奥の方から近づいて来るものがあることに気づき、王子は身体を固くしました。 「何者だ」  王子の誰何する声が凛と響きます。近づいて来る者は、大きなフードを目深に被り頭を垂れているため顔が分かりません。王子は再び、今度は落ち着いた声で尋ねました。 「あなたは何者だ」 「私めはこの城に眠る姫をお守りする老いぼれで御座います」 「姫君を?」 「訪れる者が侵入者か宿命の者か。番人であり審判者でもある」  顔を上げた拍子に、フードの中に深い皺を顔に刻む老人が見てとれました。 「私は侵入者ではない」 「そうかも知れませぬな」 「では私をどうする」 「貴方様は侵入者では御座いませぬが、残念ながら姫の『運命の人』でも御座りませぬ」 「運命の人?」 「姫を起こす者は誰でもよいわけではないのです。残念ながら貴方様は運命の人ではないようだ」 「運命の人とは何だ」 「眠りを覚ます者です。貴方様には貴方様の運命の人がおられます。ただこの世界には……」  初めは眼を凝らしていた老人は、最後には驚いたような顔をしました。王子には分からないことを呟いてから老人は懐から細く小さな杖を出しました。 「貴方様は姫の運命の人では御座りませぬので、案内するわけには参りませぬ」 「ではどうするんだ」 「本来ならば城から追い出すところ」 「なんと乱暴な」 「しかしここまで来られた貴方様に敬意を表し、お送りしましょう。切符とともに、貴方様の『眠りを覚ます者』の許へ」  王子が声を上げるよりも先に、老人は杖を振り上げました。杖の先から眩い光が溢れたかと思った頃には王子の身体は光に包まれているのでした。
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