朝焼けの黄昏、夕焼けの東雲

2/2
前へ
/2ページ
次へ
「いかがでした? 逆さメガネの装着実験は」 「楽しかったです。聞いていた不快感も、吐き気とかもなくて、すぐに適応できたのかなと思います。左右の違いは少し難しかったですけどね。料理をする時はいつもの5倍は慎重になりました。あと用を足す時も…少し驚きました」  潮見という眼鏡をかけた若い女性は、大袈裟な気がするほど僕の話に相槌と頷きをした。 「なかなか珍しい例ですよ。あなたほど簡単にメガネに慣れてしまうのは」  我々にとっても貴重なデータが取れました。そう言って潮見さんは手を差し出した。1秒遅れて握手を求められているのだと気づき、手を出した。 「ありがとう」  それで話は終わりだった。僕の逆さまの時間も終わり、僕はただの僕に戻った。 「そういえば、蒼井さんは今日、いないんですね」  潮見さんは首を傾げる。猫が集中してものを見ているときにする仕草に似ていた。 「この研究室に蒼井なんていませんよ?」 「え、でも、最初に僕にメガネを渡してくれたのは」 「私が渡したんですよ? お忘れですか?」  彼女はふふと微笑んだ。5日前のことも記憶できないのかという馬鹿にした笑いなのか、僕の言ったことを冗談だと思ったのかはわからなかった。  研究室の扉を開ける。  眩しい光が、僕を包んだ。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加