染まるよ

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敷かれたレールを、のそのそと歩くだけの人生だった。 中2の後半には予備校に通い、そのときの偏差値に少し加えた高校に合格した。努力を全くしなかったわけではない。 高校では、あまり活発ではないテニス部に入った。引退試合、負けて悔しかった。でも、2週間もしたら忘れてしまう程度の。残る後悔になるほどに打ち込んではいなかった。 大学受験、また勉強。何のためかよくわからない勉強。高校3年の夏休みから予備校に通い、そこそこの大学を目指し、勉強し、そこそこの大学に入った。目標が達成したのは嬉しかった。でも、周りの皆も頑張ってるから、親にも恥をかかせたくなかったから頑張った。そんな程度。 こんな感じでのそのそレールの上を歩き続けて死ぬんだ。いつから悟っていたんだろう。 大学生活。サークル、授業、そこそこの友達を作り、まあ楽しい大学生活、いつも通りのそのそと歩いて大学生活も終わると思ってた。社会人になり、ジジイになり死ぬんだ。 バイト。飲食店は大変そうだし、塾講師はコスパが悪いと友人から聞いた。CDレンタルショップで働くことにした。楽そうだったから。 バイトの遅番は深夜2時まで。次の日の授業に響くから金曜や土曜日にしか基本入れていなかった。 ある日、他のバイトの体調不良で月曜に出勤になった。 バイト終わり、深夜2時の帰り道、遅番の日は決まって道中の自販機でコーラを買って飲み干してから帰った。 その日は、自販機に先約がいた。自販機にもたれ掛かり、目を細めてうまそうに煙草を吸う女性が。何かは分からない。ただただ、美しかった。手持無沙汰な左手を尻ポケットにいれていることが?容姿が?わからなかった。 どれだけ時間が流れたかはわからない。一刹那だったか、ずっと見つめてしまったのか。とにかく、女性は俺に気づいて、少し自販機にもたれるのをやめた。 俺はいつも通り、飲み物を買った。コーヒーだった。正直、味は全く感じないまま急いで飲み干した。ゴミ箱に空き缶を捨ててそそくさと立ち去ろうとした。今まで感じたことのない感情が怖かったからだ。女性の前を通り過ぎる時、鼻にかかった声が聴こえた。 「おつかれさま。」 もしかしたら、女性自身にかけた言葉なのかもしれない。 でもこれほど言霊を感じたことはなかった。 翌月から、月曜の遅番を固定で入れようになった。女性に少しずつ話せるようになった。手を繋ぎ、恋人となっていた、俺はそう思う。でも、女性はずっと俺じゃなく、その奥を見ていた気がした。どれだけ気を惹いても、奥をみていた。最初からそうなってしまうのはなんとなく分かっていた。俺を見ない まま、女性とは連絡が途絶えた。 そして、もう40歳にになる。特にやりたいこともなく、バイト先で正社員になった。人生100年時代、長いレールだ。のそのそとレールが切れるまで、仕方ないから引き続き歩いていくつもりだ。 仕事終わりには今でも決まってあの自販機でコーヒーを買って煙草を吸う。尻ポケットに左手を入れながら。
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