三章 火野カブ漬け

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「それと、テレビの音がうるさいからもう少し下げて。それだけ言いにきたの」 おやすみの一言もなく、廊下へ消えていこうとする母へ、私はひりひり痛む唇を開いて声をかける。 「お母さん、おばさんになにか贈り物した?」 母は、物を言わぬまま扉を閉めた。 彼女はいつも遠回しに伝えてくる。娘なので、それがなにを意味するかは分かった。 実行犯は、間違いなく母だ。      ♢ できるだけ早く、掴んだ事実を江本さんに伝えたかった。 しかし翌日、日曜日は間の悪いことに、『郷土料理屋・いち』の定休日だった。明日まで待とうかとも思ったのだが、大人しくしていられる私ではない。 昼の三時まで迷った末、私は江本さんにメッセージを送ることにした。 「……初めてだな」 そう思うと、まっさらのトーク画面、一文字打つたびに指先が少し震える。どう伝えようかと文面にも迷う。 何度も打ち直した結果、手が滑って送ってしまったのは、 『会いたいです』の六文字だった。 突き詰めればそうだけど、なにかが違う! 私はすぐに消そうとするが、その前に既読がついてしまった。 江本さんからの返事は、 『では好きな時間にお店にいらしてください』
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