三章 火野カブ漬け

16/38
前へ
/231ページ
次へ
というもの。 「……なんだ、今日もお店にいるの?」 私はその一文を何度か読み返す。 やはりメールでも丁寧だ。そして、このやり取りだけだと、なんだかホストとそれに貢ぐお客さんみたい。そう思った。 休日に『郷土料理屋・いち』へ行くのは、初めてのことだった。 お店に二人きりは、何回もある。けれど、今日は休日だ。誰も来ないことが分かっていて二人というのは、これまでと大きく違う。 なんだか緊張して、行く前からドキドキとしていた。 バイトの時より丁寧にお化粧をしてから、服もなるたけ洒落たものを選ぶ。玄関の立ち鏡に写った私は、まるで初めてデートに行く大学生みたいで、 「デートじゃないし!!」 こう鏡を軽くパンチした。 途中差し入れにと御徒町駅すぐの有名店でどら焼きを買って、早足で店へ向かう。表には「閉店中」の札が下げてあったが、裏口の戸は鍵がかかっていなかった。 金色の髪はカウンター席で、空調の風に揺れていた。 「あぁ、佐田さん。いらっしゃいましたか」 ノートに目を落とし、ペンを回す。 珍しく、私服姿だった。
/231ページ

最初のコメントを投稿しよう!

76人が本棚に入れています
本棚に追加