一章 山梨・ほうとう、群馬・おっきりこみ

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うんと小さな頃に抱いた料理人になる夢、小学生の頃の初恋、さらには就職活動。見事に全てうまくいっていない。料理人どころか無職だし、初恋の人はさよならも言えないうちに転校していった。そして、今日。 「大学まで行って、あなたはなにを学んできたんですか?」 さっき面接官に突きつけられたばかりの台詞がフラッシュバックして、心がささくれていく。 いわゆる圧迫面接だった。記念すべき一社目の面接だからと、勝手にそこに運命を求めていた私をずたずたにするには、十分すぎる十五分間だった。 この傷を癒せるのは、やっぱり酒しかない。 そう改めて思い立った時、──りんと。涼しげな音が、後ろから耳を撫でた。 音の方を振り仰げば、派手に装飾したフレンチ店。でもそこからではない。音は、その裏手からしたようだった。 のぞき込むと、細い路地がある。暗がりをぼんやり照らすのは、表とは対照的な古めかしい和風の店だった。その軒先に、風鈴が揺れている。 なんとなく懐かしい。でも時期外れだ、まだ春なのに。ただそう思うだけで通り過ぎるには惜しい気がするほど、その音は不思議と耳奥にとどまった。
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