一章 山梨・ほうとう、群馬・おっきりこみ

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私は、小窓から店を見てみる。人はまばらだった。小さくまとまった間取りに、はっと思い出した。ここは長いこと空きテナントだったはずだ。それも私が小学生の頃から。勝手に中に入って、遊んだ記憶があるから間違いない。 扉に掲げられていた店名は、『郷土料理屋・いち』だった。郷土料理とはまた珍しい、どこの地方のだろうか。 案内板に立てかけてあった分厚いメニュー表に興味本位で手をかけようしていたら、またリンと。今度は、ポケットの中からだ。 『上野あたりで飲まない? 地元のメンツで』 友人からの連絡だった。 正直言って、気乗りがしない。行けばそれなりに楽しいだろう、場の雰囲気に合わせて、はしゃぐこともできるとは思う。 でも今は違う、人に合わせてやる気分ではなかった。 『あんたの幼馴染・タツキもいるよ』 そして追伸で、完全に行く気が失せた。 その秋山達輝は、元カレなのだ。ただ付き合ったのは、もう何年も前、中学生の頃である。それ以来、なぜか粘着されていて、この間も告白をされたばかりだった。きっぱりと断っても「いい加減頼むよ」などと縋り付かれたので、就活が終わったら答える、と半端な答えで逃げていた。
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