二章 とり天

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私の戸惑いとは裏腹に、江本さんは止まることなく作業を進める。卵と小麦を攪拌してバッター液ができたところで、私は自分の中に留めておけなくなった。 「これってとり天じゃ?」 「はい、そうでございます」 こともなげに彼は言う。 「えっと一週間かけたのは、これ?」 「いえ、せいぜい十分でしょうか。そもそもそんな料理はありませんよ」 はい? すっぱり期待を裏切られて、私は硬直してしまった。 まさか経営が苦しいから、嘘をついてまで客を呼びたかったのだろうか。気持ちは分かるけれど、そういう時こそ誠実であるべきなんじゃ。なにより心が痛む。 けれど、江本さんは悪びれる様子もない。 「揚げる工程ですが、お任せしてしまってもよいでしょうか。昨日と同じ要領でお願いいたします」 「…………えっ私が!?」 驚きの連続で、反応が遅れてしまった。そんな私に、江本さんは「焦がすことはもうないでしょう? 大丈夫ですよ」と太鼓判を押す。 もう、なんだかよく分からない。唯一はっきりしているのは、仕事を任されたということだった。
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