二章 とり天

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「短い時間で簡単に作れようが、誰かが美味しいと食べてくれる。逆に言うならば、どれだけ時間をかけて作った料理だろうと、最後に誰の口にも入らなければ、料理としては意味がないということでございます」 江本さんはふーっとため息をつく。長い間合いを取ってから、 「同じじゃないでしょうか、これと。研究発表も、発表してこそ意味がある。そう思いませんか国見さん」 名前を呼び掛けられた彼女は、いつのまにか小さく抱え込んでいた。返事はない。 「でも、データをなくしたなら仕方ないんじゃ」 私は弁護してみるけれど、江本さんは胸の前で指をゆるゆると揺らす。 「国見さん、本当はデータをなくしたわけじゃないでしょう。なくしたようなふりをしたのでは? もっともこう問いかけておりますが、僕は既に確信しておりますが。昨日、佐田さんがこれを拾ったのです。帰りがけ、慌てていた時に落としていったのでしょう」 ポケットから出てきたのは、昨日私が見つけた木片だった。てっきりお守りだろうかと思っていたが……。 「そ、それ! 返してください!」
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