二章 とり天

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そもそも彼女は、人前に立つのが大の苦手だそうだ。そのうえ、自分よりもよっぽどその分野に理解のある教授を相手にするとなると、詰問されるのが目に見えるようで、及び腰になってしまったらしい。 練習してもしても納得がいかない。そのうちに発表の日が近づき、東京まできたところで、限界を迎え、今回の逃亡を図ったのだそうだ。 「妖怪や怪異って最近一般的にも人気が出始めてて。中途半端な発表になって、ミーハーだって思われるのが嫌で」 研究者たちの期待を集めている、との坂倉教授の発言が頭によぎる。期待が重圧になって彼女を押し潰し、逃げるような選択肢を取らせたわけだ。 「本当は発表してみたいとも思っていたのでは」 「なんであなたがそんなこと分かるんですか」 「発表を全くしたくないなら、このUSBはそもそも京都に置いてこればよかったではありませんか」 「それは、その……」 私は、もう仲裁に入ろうかと思った。 江本さんの無感情をも思わせる言葉は、彼女を着実に追い込んでいるように見える。私が「あの」と口を開いたところ、大きな手が私の顔に影を作った。
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