二章 とり天

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江本さんは、大丈夫ですと私にだけ聞こえるようかすかに囁く。その声音には優しさが灯っているかのようで、私は舌を引っ込めた。 「このUSB、几帳面そうなあなたにしては、少し汚れております。よほど発表のために力を尽くしてきた証拠でしょう。ミーハーだなんて誰も言えない、とても素晴らしい努力でございます。 けれど、発表しなかったら、どれだけ偉大な研究でも意味がなくなってしまう世界でございます。先ほどの幻の一週間かけた料理と同じ話です。人に届かなければ意味がない」 「……でも酷い発表になるくらいだったら」 「その方がいくらもいい。どんな酷い発表になろうが、これきりで人生が終わるわけではありませんから。失敗は挑戦につきものでございます」 私が一度め、鶏の天ぷらを炭にしてしまった時と同じ言葉だった。国見さんへ向けたものなのに、私の胸はじーんと熱くなってくる。 江本さんはこれを自ら実践していたわけだ。だから、どれだけ失敗しようとも、看板作りのために筆を握った。
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