三章 火野カブ漬け

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ただそう思いこそすれ、母が簡単に意見を翻すとも思えなかった。二十年以上、生活を共にしているのだから、それくらいは理解できている。きわめて頑固なのだ、母は。本人が言うに、彼女の生まれ故郷である秋田県人の一般的な気質らしい。けれど小学校低学年の頃には東京に移り住んだというから、それは言い訳だと私は思っている。 そろそろ愚痴を吐いてもいいかもしれない。幸い、母の話をするにはもってこいの適任が一人いた。 私はその人にメッセージを打ち込みながら、『郷土料理屋・いち』の裏口の戸を引く。表にいるだろう江本さんに挨拶をせんとして、 「おっ来た! 結衣〜」 思いがけず、その人にでくわした。まだ表には準備中の札が下げてあるはずなのに、彼女はさも当たり前のように客席にいた。 竹楊枝で和菓子をつまみ、湯呑みでお茶を飲む。彼女のシックな装いといい、郷土料理屋というより、まるで京都の茶屋のような雰囲気を醸していた。 「えっここでなにしてるの、紗栄子おばさん」 「久しぶりに会ってそれが一言目? 可愛くない姪だなぁ」 「だってびっくりするじゃん。どうしたの」 叔母は、当ててみて、と面倒な構い方をしてくる。
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