生贄旅館

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 電車をいくつも乗り継いで降りた駅から、田畑の間の未舗装路を歩いて三十分。背後に山を背負った小さな村が見えてきた。人家が点々と存在する如何にも田舎といったところだ。 「のどかだねぇ」 「そうだな」  過疎化が進んでいるのだろう。民家はあっても人影はない。  村を中ほどまで歩いていくと、この村にはあまり似つかわしくない旅館が鎮座していた。武家屋敷を思わせる作りではあるがどこか新しい。石畳を抜けた玄関には大きく〝蛇絡旅館〟と書かれている。 「ここだな」 「へー写真で見たのより立派だね」  確かに、サイトで見た時よりも立派に感じる。よく見ると古い質感を出すためにアンティーク風にリノベーションしているようだ。 「いらっしゃいませ」  玄関を開き中に入ると、藍色の艶のある髪を夜会巻きにし、韓紅(からくれない)色の着物を着た女性が恭しく出迎えてくれる。だが唯人を見て、一瞬言葉を詰まらせた。両手を拘束帯で縛っている男を見たら誰だってこういう反応をする。 「すみません。予約した賢木です。こっちは連れの歔欷唯人です」  横からいつの間にという視線を感じるので唇で〝電車〟とだけ伝える。予約なしでも大丈夫かとも思ったが、万が一ということもある。そもそも予約しといて損はない。 「賢木様に歔欷様でいらっしゃいますね。ようこそいらっしゃいました。私は当旅館の女将、蛇塚 智子(へびづか さとこ)と申します。どうぞこちらへ、お部屋にご案内いたします」  蛇塚さんの後ろに続き旅館内を移動する。どうやら宿泊場所は俺達から向かって右側の造りのようだ。  廊下の左側は庭に面していて、木製のガラス戸で一望できるようになっている。庭には杜若(かきつばた)や花蘇芳(はなずおう)等の春の花が咲いているが、一種類だけ時季外れのものが咲いている。長い茎の上に花火のように広がる真っ赤な花弁を持つ花。 「彼岸花か……」  彼岸花は名前の通り彼岸がある秋頃に開花する花だ。 「この時期に彼岸花なんて初めて見たよ」  唯人が興味深そうに庭を見ていると、蛇塚さんは足を止めてガラス戸を一枚開ける。すると、花の香りが俺達を包み込んだ。 「珍しいでしょう? この旅館の彼岸花は一年中狂い咲いているんです」 「そうなんですか」  唯人が人当り良い笑顔で言葉を返すと、蛇塚さんは一瞬躊躇ってから口を開いた。 「申し訳ございません。つかぬことをお聞きしますが、歔欷様のその恰好は一体……」 「あぁ、こいつ手癖が悪くて。こうでもしてないとなんにでも手を出してしまうんです」  ずっと気になってましたと言わんばかりの表情をして問う蛇塚さんに、唯人に代わって答える。俄かには信じがたいという表情をする蛇塚さんに追い打ちをかけるように、唯人が言葉を発する。 「そうなんですよ。俺も治そうとしてるんですけど、なかなか」 「犯罪者にするわけにもいかなくて、それで仕方なく」  そう説明すると蛇塚さんからは何か物言いたげな雰囲気を感じたが、これ以上の詮索は無用と思ったのか接客スマイルを浮かべる。 「まぁ、そうでしたか。失礼いたしました」 「いえいえ、よくあることなので」  蛇塚さんが再び歩き出したので、遅れないようにその後ろについていく。  視界の端で彼岸花が不気味に揺れたような気がした。
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