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あれから途中蛇塚さんも仲間に加え、朝まで旅館内を探したが佑梨さんが見つかることはなかった。一旦部屋に戻り、蛇塚さんにお茶を入れてもらう。
「どこ行っちゃったの……」
友人が一人いなくなったということで美花さんはかなり憔悴しているようだ。
何かかける言葉はないかと探していると、三人分のお茶を入れてくれている蛇塚さんからポツリと言葉が零れる。
「蛇絡様に連れていかれてしまったのでしょうか」
「蛇絡様?」
聞いたことのある名前が耳に入り、聞き返してしまう。
「はい。この村に伝わる蛇の神様で、この旅館の名前もそこからとられているそうです」
なるほど、夢で聞こえた〝ダラク〟という言葉は蛇神自身の名前だったのか。
「何故、その蛇絡様が連れ去ったと?」
「それは、この村には言い伝えがあって……」
言いにくいのか言葉が段々尻すぼみになっていく。本来そんな話をしたら馬鹿馬鹿しいと一蹴されるからだろう。
「あぁ、それ村の人に聞いたよ。確か悪いことをしたらその蛇神の贄にされるっていう」
「はい。正確には、贄にされるというのではなく蛇神に連れ去られるのです」
「え、なんで? そんなにお腹すいてるの?」
不思議そうに頭を傾げる唯人に、蛇塚さんに代わって答えを述べる。
「味を覚えてしまったんだろう」
その言葉に、美花さんの瞳は見開かれ、唯人は納得したように頷いた。
「その通りです」
蛇塚さんに肯定される。
村の一番の厄介者。その者自身の悪意と他人から向けられた殺意の味を覚えてしまった蛇神は、そう言った負の感情を多く持つ人間を好んで食べているということだろう。悪食め。
「ということは、佑梨さんは負の感情を多く持っていたということか」
「そ、そんな、佑梨が……」
「思い当たる節は?」
美花さんは言ってもいいのか迷うような仕草をしていたが、やがてぽつりと語りだした。
「……佑梨は昔から女友達に好かれてなくて。友達の彼氏を取ったり、物を借りたまま返さなかったり」
佑梨さんは自己中心的な性格で、周りを顧みなかった結果、かなり敵が多かったようだ。
「他には?」
「え?」
「他にも何かあったのでは?」
言っては悪いが、たったそれだけのことで、蛇神が求めるほどの負の感情を溜め込んだとは考えにくい。もっと強い恨みを買うようなことが直近にあったのだろう。
美花さんはとても言いたくなさそうにしていたが、こちらが一歩も引かないのを感じ取ると仕方なくといった様子で話し出す。
「……先月、婚約していた知り合いが婚約破棄されたの。他に好きな人ができたからって」
美花さんは悲し気な表情で、左手を擦っている。
「その相手が佑梨さんだったのかな」
「そうです……」
美花さんは、辛そうな表情で唯人の言葉を肯定する。
なるほど。その知り合いから深い憎しみを買ってしまったのか。最愛の人に裏切られ、その最愛の人を奪った佑梨さんの事を憎んでしまった。
「ねぇ、なんでそんな人と友達なの?」
唯人が心底疑問といった様子で美花さんに尋ねる。美花さんの左手を擦る手が止まる。
「え……」
「唯人」
「だってそうでしょ? そんな子と仲良くしてたら自分まで嫌われるし、いつ自分が次のターゲットになるかわからない。俺だったら縁を切るね」
——殺してでも。その言葉は俺にしか届かなかったようだ。
「言葉を慎め」
「良いんです澄久さん。そう言われても仕方ないことだと思います」
美花さんの瞳は愁いを帯びていた。
「私も何度も、佑梨とは友達をやめようと思いました。でも……できなかった」
「俺にはわからないかな」
俺には分かる気がする。例え相手がどんな人物であろうと、無碍にはできない。それが、仲の良い相手なら特に。
「私、そろそろ自分の部屋に戻ります。もしかしたら、佑梨がひょっこり帰ってくるかもしれないし」
「わかりました。気を落としすぎないようにしてください」
「ありがとうございます」
そう言うと美花さんは自分の宿泊している部屋へと戻っていった。
「では、私もまだ仕事がありますので失礼させていただきます」
「こんな時間にですか?」
「はい。夜は私一人で切り盛りしています。元々それほど仕事も多くありませんし、お客様も少ないですから」
そう言うと、蛇塚さんは部屋の扉へと向かう。
「最後に一つ聞いてもいいですか?」
蛇塚さんは引き戸に伸ばした手を止め、こちらに振り返る。
「なんでしょう?」
「この旅館に、祭壇のある部屋はありませんか?」
そう言うと、蛇塚さんの眉がわずかに動いた。
「……いえ、当旅館は本館のみの造りで、全てお客様が使っていただける部屋になっておりますが、祭壇のある部屋はございません」
「そうでしたか、ありがとうございます」
「いえ、失礼いたします」
今度こそ、蛇塚さんは引き戸を開けて退室する。
「だって、どうする?」
「もう一度この旅館について調べる」
俺は持ってきた荷物の中から、ノートパソコンを取り出す。
「わざわざネットで?」
「この方が怪しまれないで済む」
わざわざ嘘をつくということは、知られたくないということ。なら、この旅館をうろついて探すよりも、サイトから何かヒントを得る方が確実だ。
電源を立ち上げ、早速蛇絡旅館を検索する。
「ん? 澄久ちょっと待って」
検索結果の画面に変わると、不意に唯人が画面をのぞき込む。
「どうした」
「ちょっと下にスクロールして」
何か気になったものでもあるのか。言われたとおりに下にスクロールする。
「一番下のやつ、クリックしてみて」
「一番下?」
特に変わったものでもないが、言われたとおりにクリックしてみる。すると、いきなり画面が真っ黒になり、ゆっくりと白い文字が浮かび上がってくる。
〝死んでも殺したい相手はいませんか? もしいるなら蛇絡旅館までご連絡ください。アナタの望み、叶えます〟
何とも物騒な。
唯人はその文字に、満足そうに笑う。
「うん。このサイト、俺みたいなのにしか見つけられないようになってたみたいだね」
唯人に言われるがままサイトをどんどん下にスクロールする。内容は主に、サイトを開いた人間の殺意を煽る様な言葉の羅列。
「まるで呪いだな」
サイトの最後には旅館の連絡先と住所、写真が載っている。
「あ、でもこれ時期限定だ。三月と九月だって」
彼岸か。
そこでふと、頭の中にとある花が思い浮かぶ。彼岸花。彼岸花には多くの別名があり、その中に蛇花と言うのがある。
「この旅館はどこもかしこも蛇だらけということだな」
蛇神の蛇絡に蛇花。そして女将の蛇塚さん。見事な蛇尽くしだ。
「ふふ、俺もそう思うよ」
嬉しそうに笑う唯人をしり目にどこかに祭壇に関するものが写っていないか注意深く見ていく。
「あれ? 澄久、これって」
唯人の視線の先にある写真を見る。庭のどこからか撮った本館が写っている。だが、本館の陰に隠れるように明らかに大きさの違う建物が見える。
「離れだな」
先ほど蛇塚さんは言った。
〝当旅館は本館のみの造り〟だと。それを隠すのはそこに祭壇があるからか?
全てが繋がった気がした。
俺達は真実を確かめようと、美花さんを訪ねたが部屋には居らず荷物も見当たらない。旅館内を見て回ったが、美花さんはおろか蛇塚さんも見当たらなかった。
「澄久」
「あぁ、急ぐぞ」
俺達は、写真を元に離れへと向かった。
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