9話《竜の怒り》

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9話《竜の怒り》

 夜明け前の閑静としているはずの村に騒がしい音と声が響き渡る。  『敵襲だ!』  外の小屋の方から竜の声が声が聞こえ、ヴィシルは目を覚ました。同時に外では悲鳴や怒鳴り声がいくつも発せられている。  「何だ?」  「着替えて外に出てみよう。」  シュギが目を擦りながら上半身を起こす。外に出てみようとのセザリシオに、既に敵襲との声で目を覚まし着替えていたヴィシルは頷いた。  ミュアド、フィス、マーグも目を覚ましていて外が気になっているが、慌てて飛び出すようなことはしない。  『ヴィシル、これはウェドリシア軍だ!このままじゃ村が全滅してしまう。』  『助ける!みんなは僕を助けてくれた。今度は僕が助ける!』  『ちょっと、カセラ!ザウラ!だめだって!』  人の言葉と違い声に出す話し方とは異なる竜の会話は、声に出すよりも届く範囲が広がるため、まだ室内にいるヴィシルやフィス、マーグにも届いた。  (軍か、まずいな。セズに軍に命令出来る権限があればいいんだけど、おそらく今回は国王からの命令になっているかもしれない。そうなると、セズじゃ制止させられないな。)  「よし、外に行こう。決して無理はしないで。」  「わかってる。」  「うん。」  セズの無理はしないでという言葉にシュギもミュアドも返事を返す。ヴィシル、フィス、マーグも頷くけれど、もしもの時は自分達も戦うことになるだろうと覚悟した。  玄関に行くとちょうどボファムも外へ行こうとしていたようで、青ざめた表情で扉に手を掛けている所である。  「この家からは出てはいけません。中で待っていてください。」  「いえ、俺たちは竜騎士となるために学園に通っている身です。外には竜がいますよね。竜を守れず竜騎士になれるはずがありません。それに、この村の人たちを守るための力が少しでもあるのですから、戦わせてください!」  ボファムに言われ、セザリシオが意志を示す。それに同意するようにシュギもヴィシルも頷いた。ミュアドは力ない頷きではあるけれど、魔力があるため基礎の魔法でもどうにかなるだろう。  ただ、ヴィシルは3人とは違った意味の頷きでもある。いざとなれば封じている魔力を解放するつもりだ。  「そこまで言うのでしたら・・・ですが、無茶はなさらぬよう・・・。」  「わかっています。」  ボファムが渋々承諾し、セザリシオは無理はしないと約束した。外へ出たヴィシルたちは驚愕する。一帯が既に真っ赤に染められているのだ。倒れているのは村人たちだけではなかった。この村へと来た軍人たちもまた、カセラとザウラによってその身を引き裂かれ息絶えている。  『ふざけるなー!お前たちのせいで!この村の人たちが何したって言うんだ!何で傷付けるんだよ!!酷い、酷いよ!うぁぁぁ。』  カセラもザウラも叫び声と共に魔力によって軍人へと攻撃を放っていた。人にとっては竜の叫びは感じはしても咆哮が聞こえるだけだろう。  ヴィシルは仕方なく自分達の方に攻撃が飛んで来ないように結界を張った。詠唱をしていないため、気付く者はわずかである。  「な、何だ、これ・・・。」  「軍が何でここに・・・。まさか、本気でこの村の人たちが罪人だと思ってるのか?父上も、兄上も・・・?」  騎士たちは残り数人にまで減っていた。村人たちもそれなりに傷を負ってはいるが、攻撃をするために前に出たのは竜である。  さすがに騎士であっても竜には勝てず、十数人の村人の犠牲に対して、村人の倍は騎士が横たわっているのだろう。  これだけの村にこれほど多くの騎士が来たことにも驚きである。  「殿下!そこに居られるのはセザリシオ殿下ではありませんか!?」  「そうだが、これはいったいどういうことだ?」  多少傷はあるものの、セザリシオに駆け寄る騎士がいた。しかし、その騎士をカセラが視界に捉える。  (まずいな。カセラもザウラも我を忘れている。)  『キピニア、ユデラ。カセラとザウラを抑えられるか?このままじゃ話を聞かなきゃならないやつまで消される。セズに駆け寄ったやつから話を聞きたい。頼む。』  『わかった。』  『わかったよ。』  2体の竜から返事があり、その直後カセラとザウラよりも一回りは大きいキピニアとユデラがカセラとザウラの動きを止めた。  『何で止めるの!?何で?』  『とりあえず落ち着け!あいつらが誰から何を言われてここに来たのか、それを知りたいんだ。全部消しちゃったら誰に聞くんだ?』  突然増えた竜に騎士は怯え始めた。セザリシオの元に駆け寄った騎士の他に2人の騎士がその場で腰を抜かして動けないでいる。  「やっぱりあの話は本当だったんですね!この村で竜を囲い国に反逆しようとしてると。」  セザリシオに駆け寄った騎士がそう言い放った。その言葉に反応したのはセザリシオだけではない。カセラとザウラも怒りを露にした。  「お前たちは最初に聞いた人の話だけを信じるのか?誰から聞いたのかはわからないが、俺はその噂は嘘だと断言する。誰の命令でここに来た?」  「それは・・・。ですが、我々は勅命を受けてパデラニ村に来ています。」  勅命。国王自ら騎士へと命令を出したということだ。それはウェドリシアの国王はパデラニ村の村民が罪人しかいないと思っていることに繋がる。  セザリシオは一度唇を噛みしめ、深く息を吸ってゆっくりと吐き出すと、騎士へと視線をはっきりと向けた。  「なるほど。だが、これだけは言っておく。この村の人たちは無罪だ。全てはパジェラエスがあの竜たちを捕らえ思うがままに操ろうと目論んでいた所をこの村の人たちが竜を解放したことから始まっている。お前らがこの村の人たちを傷付けるというのなら私はお前たちの敵だと思え。」  「私はウェドリシア国の騎士です。国王陛下からの命令には逆らえません!」  セザリシオの言葉は届いていなかったのか、騎士は再び剣を握り締め近くにいたボファムへと襲い掛かるが、その剣はセザリシオによって阻まれた。  他の2人の騎士たちも負けずと立ち上がるが、ヴィシルの背後にいたフィスとマーグに取り押さえられた。  「2人は逃がしてやる。だが、伝言をウェドリシアの国王へ伝えてもらおう。竜はウェドリシアを見放した。今までの竜への仕打ちを許すわけにはいかない。それでもまだ竜を捕らえ意思と反することをしようものなら、ギュシラン王国はウェドリシア王国と敵対する。このことを一言も違わず伝達しろ!」  騎士へと言い放ったのは押さえ込んでいたフィスだった。フィスとマーグに押さえ込まれていた騎士は、体が自由になったと同時に走り去っていった。  『敵対したら約束を守れる確率が減るだろ・・・。』  『済まない。つい、頭にきて言っちまった。』  『まぁ、流石にこれ以上は俺も黙っていられないけどな。このままだと遅かれ早かれ敵対関係にはなりそうだ。向こうで止めてくれてるとは思うけど。』  デリマラはギュシランへ連れていかれはしたが、ただ魔力が枯渇し倒れただけであり、魔力が回復し体力も戻ればまた目を覚ます。ここまでの時間を考えれば十分目を覚ます程度の回復をしているとヴィシルは考えた。  頼まれたのはラルドの血縁者を生かすこと。このままでは生き残る可能性があるのはセザリシオだけとなる。 「敵対・・・。」  セザリシオに押さえ付けられている騎士は顔を青くして脱力した。ウェドリシアからみればギュシランは竜との交流を深く持ち続けている国である。  その真実が竜族によって成り立つ国と知らなくても、竜がその国に存在するというだけで脅威となるのだ。  走り去っていった騎士たちは、戦争になった時の脅威を感じただろう。竜は多くの魔物たちを凌駕する力と速さを兼ね備えた、魔法を自在に操る存在と認識されている。  心を通わせれば竜ほど心強い味方はいないと言えるほどだ。  「ヴィシル、敵対というのは本当なのか?」  「実際はまだそこまでいってないけど、場合によってはあり得るかな?敵対を望んでない発言力を持つ誰かが、王の宣言を抑えているはずだけど。どこまで出来るかわからないね。」  セザリシオの質問にヴィシルは考えられることを告げた。実際は見聞きしていないため正確ではないが、他に現状を説明できることが浮かばなかったのだ。  「それって、いつウェドリシアとギュシランが敵対関係になってもおかしくないってことだよね・・・?」  「そうだね。ウェドリシア内部での竜に対してのことは、たとえ貴族が独断でやったとしても国が対処をしないのは同意しているからと、他の国からは見えているってことじゃないかな?俺は現場の状況を見ているから少し考えは違うけど。」  あってほしくはないけれど、確かめずにはいられない。セザリシオは恐る恐るヴィシルへと問いかけた。ヴィシルの答えでいつ敵対関係になってもおかしくないと聞こえたのはセザリシオだけではないだろう。シュギもボファムも青ざめた顔をしている。  「どうすれば・・・。」  確かに最悪な状況を回避できれば一番いい。しかし、パデラニ村に竜がいることを国王へ報告しに行った騎士がいる。  「あの騎士たちが王城に辿り着く前に俺たちはここを離れた方がいいと思うよ?竜がいることは知られるはずだから。セズがここにいることも、知っていて報告しなかったと言われるんじゃない?次に誰かが来たときにはセズの意見なんてお構いなしに連れ戻されると俺は思う。」  「確かに。あり得ない話じゃないね。でも、どこにいけば・・・。」  結局ミュアドの家族がこの村に住める状況ではなくなった。ここに住めないのであれば新たにどこかの地で村を作るという考えもあっていい。  「あのさ・・・。行き場所がないなら作ればいいんじゃないか?」  「え・・・?作る?」  作ると言い出したのはシュギだった。この場にいた殆どの人がその考えにたどり着いていないだろう。首をかしげる者が殆どだった。  「そう、力があって空を移動出来る竜がいるんだから、村ごと引っ越せばいいんじゃないかと。夜なら見付からないだろうし、竜たちが手伝ってくれるなら、だけど。」  『だそうだよ?』  シュギが説明するとセザリシオもボファムも、ハッとしたように目を輝かせる。問題はどこに移動するかだ。一番いいのはこの場に留まることではあるが、そうなると村全体を覆う結界を張るべきだろう。引っ越し先でも結界はあった方がいいとは思うが。  『僕は村の人たちの手伝いならするよ!』  ヴィシルが竜たちの意見を聞こうと視線をそれぞれに向けて問いかける。ヴィシルの問いかけに答えたザウラに他の竜たちも頷いた。  しかし、人には聞こえないため声に出さなければ誰もわからない。気付いたキピニアがいつの間に人型になっていたのかセザリシオとボファムに聞こえる程度の声で言った。  「引っ越しなら手伝うぞ?何をどこに運ぶかわかればな。」  「亡くなった人たちの弔いをして、荷物を纏めておいてもらおう。弔い場所は森の中の方がいいだろうな。」  キピニアが手伝うと言ったことで、シェイと話を纏めたボファムは手分けしてそれぞれの家に伝えに行った。 ◇◇◇  暗くなる頃には準備を終えた村人たちが荷物を抱えて一ヶ所に集まった。捕らえた騎士はボファムの家の中で眠っている。念のため見張りとして村人2人とキピニアがついていて、全員が村を離れてからもう一度気絶していることを確認して縄を解いて行くことになった。  「移動先は打ち合わせ通りでいいね。俺とシュギは先に行くことにする。ヴィシル、ミュアド。最後の移動になると思うけど気を付けて来て。」  「こっちは大丈夫。先に行ってすぐ休めるように手伝ってあげて。」  ヴィシルは先に移動するセザリシオに移動先のことを任せた。ヴィシルたちは残って村人たちが全員移動出来たか確認もしなければならない。  大きな布がないため木の枝などで作り上げた大きな籠に、何人かずつ入り籠を竜が運んで行くことになっている。昼間の空き時間を使い、なんとか3つの大きな籠を作ることが出来た。  広い場所に置かれた籠に何人かの村人たちが荷物と共に入り、村ごとの引っ越しを始める。全員移動が終わり、村人2人とキピニアと共にヴィシルとミュアドは最後の仕事を終えて移動した。
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