10話《キャシド》

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10話《キャシド》

 パデラニ村の村人たちが移動した先は森の中とも言える場所にあった。近くには岩場があり、国境ギリギリの所を選んだらしい。隣国はギュシランではない。ギュシランは島国であるため隣国となる国は存在しないのだ。この国境の隣国はブランゼリア公国というそれ程大きな国ではない。しかし、山脈一つを境に隣接はしているが、ウェドリシア国と仲が良いわけではないのだ。かといって仲が悪いというわけでもなく、中立という立場を貫いている国である。  話し合いで、この地に勝手に命名し、デリクト村とした。気持ちを新たにと言う思いも込められている。最初は何人もの村人が纏まって1つの小屋で生活するというスタイルになるだろう。森の小屋を建てられるスペースに作業が出来る何人かの男たちで1つ1つ作っていく。だが、そう簡単に完成するはずもなく、野宿となる日々が続いた。  村人たちがいる場所に竜がいるせいか、魔物が襲ってくることはない。それでも食料の問題があり、交代で人化している竜たちが魔物や動物を狩って持ち帰るということを繰り返している。広い森であるせいか、食料に困ることはなさそうだ。  いくつかの小屋が出来た頃、ヴィシルたちは話し合い、2つに分かれることにした。防犯上カセラとザウラだけでは難しいと判断したのだ。パデラニ村でもウェドリシア軍が来た時、カセラとザウラだけでは対処が出来なかった。そのため、蒼竜であるマーグと褐竜であるキピニアが残ることになった。そして、ミュアドとシュギも残ることにした。  「では行ってくる。ここを頼む。定期的に戻るようにはするけど、もしもの時は・・・。」  「もしもはないからね。だから、みんなで無事に戻ってきて。」  「わかった。」  セザリシオとミュアドの包容しながらの会話を聞きながら、どこか気まずさを感じてしまう。自分には作れない絆というものをそこに感じた気がして、寂しさも込み上げてきた。それでも気付かれることがあってはいけないと平静を保つ。  セザリシオとヴィシルは他にも捕らわれている竜がいるかもしれないと思い、各地を回って来ることにしたのだ。そのお供として紅竜のフィスと碧竜のユデラがついて行くことになった。フィスとユデラのどちらかが竜の姿で夜中に移動するためでもあり、捕らわれた竜を発見した時に通訳が可能な人化出来る竜が必要でもあったのだ。  ヴィシルでも可能ではあるのだが、今はまだ知られるわけにはいかない。何故銀聖竜の血縁とわかっているミュアドではなく、竜の捜索と救出にヴィシルが選ばれたのかは疑問だ。ヴィシルは自分がギュシラン出身だからではないかと結論付けているが、納得できているわけではない。  セザリシオは銀聖竜に強い憧れのような感情や執着があるとヴィシルは感じている。実際にミュアドが銀聖竜の血筋とわかった時にも恋情を抱く少年のようだった。ミュアドがセザリシオと行動を共にした方がセザリシオにとってよかったのではと思えた。  夕食を終えたヴィシルとセザリシオは、竜の姿になったユデラの背に乗って出発した。行き先は残りの貴族の領地である。5つある辺境貴族の領地のうち2つで既に竜が捕らわれていた。他の辺境貴族の領地でもないとは言い切れない。  「最初はどこに向かう?」  「王領は大丈夫だとは思うから最後で良いと思う。ここから一番近いデラドセイア領にしよう。」  「ユデラ、デラドセイア領な。」  ユデラに言ったのがフィスだったからなのか、ユデラは何も言わず無言でデラドセイア領のある南へと向かった。王城の北が王領となっていて、そこから南東あたりにラシュアル領、少し南下するとパジェラエス領、そして最南端に領地を持つのがデラドセイアの領地である。西側には他にカブセリム、クラファエイドの領地が存在するため、順番に王都から一番離れた町などで情報を集めることにした。  デラドセイア領の一番端にあるのは村なのだが、流石に村では情報が少ないだろうとその手前にあるキャシドという町へと行くことになった。キャシドに一番近い森の中へとユデラが降り立ち、人化してから明るくなるまで野営をする。そうして朝食を適当に摂ってからキャシドへと向かった。  「なんか騒がしくない?」  「そうだね。何かあったってことかな。」  一応変装はしているが、もしかすると王子が反乱軍を作っているとでも噂が流れている可能性があった。警戒しながら町へと入り、周囲の話し声に耳を傾ける。町の人たちの話しは竜に関することだった。「竜が帰ってきたらしい」「さすがジェデット様だ」「早く竜の姿が見たい」という内容が殆どである。  「ジェデットって誰?」  「デラドセイア公爵の次男だよ。20歳だったかな。」  小声で疑問を口にしたヴィシルに、思い出すようにしてセザリシオが答える。小さな声で会話をしているため、周りには聞こえていない。周囲の会話の内容から、デラドセイア領でも竜が捕らわれている可能性が高まった。  町の人たちの会話から、情報収集ができそうだと判断し、この町に留まることにした。宿を探して人数分予約して再び外へと出る。宿は2人部屋しかなかったため、ヴィシルとセザリシオ、フィスとユデラという割り振りになったのだが、ユデラはどこか不満げな表情だった。  最初にヴィシルの瞳と髪の色を銀聖竜に重ねていたセザリシオだが、ミュアドが銀聖竜の血筋とわかってからは、ヴィシルへの過度な執着は見せてなかった。それでも酷似している色を持っているということはセザリシオにとって重要なのか、部屋割りもヴィシルとの相部屋を譲ることはなかったのだ。  (セズがよくわからない。ミュアドが銀聖竜の血筋だからといって人と契約が出来るわけじゃないけど。でも・・・。俺はどうするべきだろう。)  ミュアドがもう少し成長したからといって竜の姿になれるとは限らない。それにハーフであるミュアドの父親であるベイドナも竜化は出来ないようだ。130歳で竜化が出来ないのだからミュアドも最低でもベイドナの年数は出来ないと思っていいだろう。人であるセザリシオはそこまで長くは生きられない。  デリマラから託されたとしても、セザリシオにヴィシルとパートナーになる気がないのであれば、ヴィシルは陰からセザリシオを助けるしかない。ヴィシルが銀聖竜だと明かしてしまえばいいのだと思いはするが、どうしても簡単に話せないのだ。  セザリシオが必要としているのは、銀聖竜であってヴィシルではないのだと思い知らされることが怖いのかもしれない。それでも約束もあるため、セザリシオから離れるわけにもいかないのだ。  「明日は裏の方にも行ってみよう。」  「そうだね。」  夕食の時間帯に町の食堂で4人で食事を摂りながら翌日の計画を立てる。この日は昼前に着いてから店を見て回りながら周囲の町の人の会話を聞いていた。まだ表通りしか歩いていないため、裏の方に何があるのかが確認出来ていない。何かあった時のためにと行動は全員で共にしている。  『それにしてもべったりだな。』  『ヴィシルがなにかした?それともそういう関係?でもないかな。』  『あとはバレたか?』  フィスとユデラでセザリシオについて会話がされている。竜にしかわからないため、セザリシオには聞こえていない。特殊といえば特殊なのだろう。声そのものが人間には聞こえないのだ。  『バレてるわけじゃないし何もしてない。俺にもセズがどうしたいのかわからないんだよ。』  『気付かなかった恋心に気付いた?とか。』  『恋心かよ。もしそれが本当だったらどうするんだ?』  『どうすると言われても・・・。』  夕食後に宿へと戻りながら会話をする。フィスもユデラも他人事である。ヴィシルは内心項垂れながら、どうしようかと考えるが良い案が浮かぶことなく宿へとついてしまった。宿のお風呂を借りてから部屋へと行く。  (深い絆っていうのは憧れるけど、恋っていうのはよく分からない。俺にもわかる日がくるのかな。)  部屋へと戻ったヴィシルとセザリシオはそれぞれのベッドに横になった。横になってからもヴィシルは今までのことを思い出しながら考えてみたが、結局セザリシオがどうしたいのかは予想すら出来なかった。そのうち本人が言いたいことがあるのなら言ってくるだろうと考えるのを諦め、眠ることにした。  キャシドに来て2日目、朝食を摂ってから町の裏の方へと向かった。町の裏では予想通りに治安は良くないようだ。雰囲気も良くなく怒鳴り声が聞こえてくることもある。いくつも並ぶ家から外れるようにして、1つの庭付きの建物が見えた。庭では年齢が様々の子供達が遊んでいる。髪の色や瞳の色も様々で他の国からの孤児も含まれているのではと思える。  (これはどういうことだろうな。ほぼ全員というのは普通じゃあり得ない。裏に何があるんだ・・・?)  感じたのはヴィシルだけではなくフィスもユデラも感じているらしい。本来普通にあってはならない状況に気づいていないのはセザリシオだけだろう。伝えてどうするかというよりは、セザリシオが違和感を感じ取って何かあると察してくれるのが一番である。セザリシオは洞察力はある方だろう。ヴィシルはフィスとユデラに視線を向けると首を横に振り、何もするなと伝える。  「孤児院かな・・・?」  「そうみたいだね。」  視線を上に上げたヴィシルは木々の隙間から屋敷らしき建物を見た。木で囲まれた屋敷というのはどうしても怪しく見えてしまう。  「セズ、あれ。」  「誰かの屋敷か?ということは、孤児院はあの屋敷の者が運営しているとも考えられる。話を聞いてみるか?」  「うん。行ってみよう。」  ヴィシルたちは孤児院となる家へといくことにした。見た目は木造の簡素な造りだが、建物そのものに大きさがある。庭もそれなりに広く子供たちが走り回って遊べる程だ。敷地は木の柵で囲ってあり、小さな子が外へと出ていかないようにしているのだろう。柵の一部に扉があり、そこから中へと入った。フィスとユデラは無言のままヴィシルの後をついてくる。  「どちら様でしょうか?」  中から20代らしき女性が動きやすい服装で出てきた。ここで働いている女性だろうかとヴィシルは考える。  「俺たちは旅の者です。子供たちが元気に遊んでいるのを見かけたもので、つい。」  「そうなのですね。よろしかったら、遊んでいってやってくれませんか?」  つい入ってしまったという理由で通じるものなのかとヴィシルは呆気にとられてしまった。それでも相手の女性は不信感を抱くことなく普通に話している。子供たちと遊んでいってと言っていることには驚いた。  「良いのですか?」  「はい。時間が大丈夫でしたら、ぜひお願いします。」  何か意味ありげな言い方だった。セザリシオはそんな女性の言葉が気になりながらも、子供たちの所へと近づいていった。ヴィシルもフィスもユデラも同様に子供たちと遊ぶことにした。  女性の名前はフラセアというらしい。この孤児院で働くひとりで、他にも何人か大人がいるそうだ。責任者となる院長はバドックという50歳の男性だという。今日はいないが、明日はいるだろうとフラセアは言った。  この日はお昼まで遊び、また来てねと言う子供たちに明日も来ると約束してヴィシルたちは、表通りのほうへと戻り昼食を摂ることにした。  「あの子達わけありみたいだね。調べてみる価値はありそうだけど。でも、子供に危害が加えられるのは得策じゃないから。何か良い案があればいいんだけどね。」  そういうセザリシオに、ヴィシルたちも考える。木々に囲まれた屋敷も気になるところだ。何日か孤児院に通っていれば何かしら情報が入ってくるのかもしれない。そう言ったヴィシルに同意するようにセザリシオも頷いた。こうして暫くの間キャシドに留まり、孤児院を中心に警戒されないように調べることにした。  孤児院に通い続けるうちに子供たちとも仲良くなり、時には食材を持っていって昼食を一緒に摂ることも出てきた。そんな日々が10日ほど過ぎた頃だろうか。いつものように孤児院へ行くと、バタバタと騒がしく慌ただしく動き回る大人たちがいた。それを眺める子供たちは不安そうな表情を浮かべ、どこかそわそわと落ち着かない。  「どうしたの?」  「セムアが帰って来たんだけど、酷い怪我で、熱も凄くて。本当だったらすぐ治るはずなのに・・・。」  「すぐ治る?」  「・・・あっ。・・・・えっと・・・。」  セザリシオの問いに孤児院の子どもたちの中の1人が状況を説明する。しかし、普通の人にはない能力のことを口にしてしまい、聞き返されて慌ててしまう。10歳のシャオムという男の子だ。  『シャオムのバカ。どうするのよ!』  『そんなこと言ったって。俺たちのこと言うわけにもいかないし。』  『だからって、私たちが竜の血をひいてるなんて知られたらどうなるか。』  『じゃあ、マノが適当に言ってくれよ。』  俯きながら竜の会話がされる。一見俯いているだけにしか見えないが、この場にいる8歳のマノという少女とシャオムは話している。ヴィシルとフィスとユデラには聞こえているが、聞こえないふりをしていた方がいいと判断した。  (他には隠してることはいい。でも、孤児院の大人たちは知ってる可能性が高い。それにしても会話が出来てるのは凄いな。治癒力もあるらしいけど。竜がどこかに捕われているのは確かだろうな。怪しいのはあの屋敷だけど。)  ヴィシルは木々に囲まれた屋敷をどうにか調べたいとは思う。けれど近づくにも不審者扱いをされてしまうだろう。今のところは竜の気配も魔力も感じ取れないのだ。  「セズ、今はセムアの熱と怪我が気になる。」  「あ、ああ。そう、だね。」  「シャオム、セムアの状態を見せてもらうことは出来る?もしかすると治療出来るかもしれないから。」  ヴィシルがセザリシオにセムアのことが気になると伝えると、セザリシオの気が逸れたことにシャオムもマノも安堵の表情を浮かべた。けれど、その後のヴィシルの言葉に表情が変わる。  「それ、本当?待って、聞いてくるから。」  そう言ったシャオムがセムアのいる部屋へと走って行った。暫くして戻ってきたシャオムに連れられヴィシルたちはセムアのいる部屋へと向かった。部屋に入るとベッドに寝かされた10歳前後だろう少年が息を荒くしていた。  「ヴィシルさん、治療出来るかもしれないというのは本当ですか?」  「診てみないとわかりませんが、病気や怪我の程度によっては可能です。」  「お願いします。セムアを助けてください。」  部屋に入ったヴィシルに気付いたバドックに懇願され、ヴィシルはセムアの状態を知るためにセムアに近付く。高熱の原因はわかったが、セムアがこの病気にかかっている意味がわからなかった。そして服を捲って怪我を見てみると鋭い爪のようなもので何ヵ所も切り裂かれたようなあとがあった。場所によっては噛みつかれたようなものもあり、セムアと同じくらいの大きさの狼の種のものだろうと判断する。治療は可能だが、高熱の原因となっている病気を治す薬は貴重で、それを使うためには確認をしなければならないことがある。  「セムアの病状ですが、これは本来人間がかかるものではありません。俺はギュシランから留学でウェドリシアにきています。この病気は竜種のみが発症する竜核熱症という病気ですよ。」  「・・・っ!?」  言葉を失くしたのはバドックだけではなかった。部屋に案内したシャオムも、看病していたフラセアも同じだった。この孤児院は竜の血筋の子供たちだけが集められている。年齢や血筋の竜種は様々であるが、本来のハーフよりも竜の血が濃いように思う。  「事情を説明してもらえませんか?セムアの竜核熱症を治す薬はひとつだけ持っています。それを使いましょう。稀少な薬ですが今苦しんでいるセムアに使うのがいいでしょうから。」  「わかりました。全てお話しします。だから、どうかセムアをお願いします。」  「はい。」  ヴィシルは交渉成立したことを内心ガッツポーズをし、先ずはセムアの傷を治癒魔法を使用して治した。次に腰にあるポーチの中から小さな瓶を取り出し、中に透き通るような蒼銀色の液体を見て問題ないことを確かめ、それを首の後ろに片手を入れ、セムアの上半身を軽く起こしてから口へ全て流し入れた。セムアが飲み込んだことを確認してもう一度寝かせた。  「これで暫く寝ていれば熱は引いていきます。」  「ありがとうございます。実はこの孤児院にいる子供たちは竜と人の遺伝子を掛け合わせた半分竜の子供たちなのです。」  驚きの表情を見せたのはセザリシオだけだ。ヴィシルは納得する部分とそうではない部分に首を傾げる。遺伝子を掛け合わせるとはどういうことだろうか。  「遺伝子を掛け合わせる、ですか?」  「はい。ジェデット様の指示の下、科学者たちが研究を重ねて人と言葉を交わせる竜を生み出すことに成功したと伝えられ、ここで私たちが育てるようにと命を受けました。」  町で聞いた噂話はこの事だったのかとやっとわかった。デラドセイアは科学者が集まっているらしい。それに、怪我をするということは、何処かで戦わされているということだろう。  「ということは遺伝子を使った竜も何処かにいるということですか?」  「いえ。デラドセイア領には竜はいないと聞いています。遺伝子だけを運んできたと。」  「そうですか。それにしてもセムアの怪我は尋常ではないですね。どうしたらあんな怪我をするのですか?」  「それは・・・。ここの子供たちは順番に定期的に研究所へと連れていかれるのですが、そこで人の姿をも持ちながら、竜の血を濃くするための研究がされているのです。竜の姿になれるようにと。魔物と戦えば可能性は強くなるのではと考えたようで。」  デラドセイア領に竜がいないのは確かではないけれど、今は信じたふりをしておくのがいいだろう。気配も魔力も感じ取れないのは何かあるのだとヴィシルは思う。セザリシオは何やら考え込んでいて口を開こうとはしない。何を考えているのかは後で聞こうと、ヴィシルは話に集中する。父へと報告する前に全ての竜を助けて、研究をどうにかするべきだろうと思うが、孤児院にいる子供たちはどうなるのだろうか。  「竜の血を濃くする方法なんてあるのですか?」  「はい。親となる竜から採取した血から作られた血清を少しずつ体内へと入れるそうです。」  「血清、ですか・・・。」  どのように血清を作っているのか気になるところだが、セムアにこれ以上血清を摂取させるのは危険だろう。それに気付ける者がいないことが残念だ。
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