11話《脱出》

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11話《脱出》

 セムアの怪我は綺麗に治り、高熱もなくなり翌日ヴィシルたちが孤児院へ行くと、セムアは意識を取り戻して目を覚ましたと聞き、セムアのいる部屋へと向かった。  「ありがとうございます。ヴィシルさんのおかげでセムアが助かりました。」  そう言ったバドックは安心したようで穏やかな表情をしていた。しかし、ヴィシルがしたことは怪我を治し、熱を下げただけともいえる。大元の原因を取り除かなければ完全に安心は出来ない。今はウイルスとなるものは体内からない状態であっても、また血清を体内へ取り込めば再発する危険がある。  「もしかすると原因は血清かもしれません。次はもう薬がないので気を付けてください。」  「まさか・・・。薬はどこで手に入りますか?」  「ギュシラン王国の城下町です。材料もギュシランでしか手に入らないと聞いています。」  「ギュシラン王国・・・。」  バドックはどこか思い詰めた表情を浮かべる。血清が原因であるならば、孤児院の子供たちが次々と竜核熱症を発症する可能性がある。バドック自身雇われた身であり、デラドセイア公爵の怒りを買えばどうなるかわからない。 それは次男であるジェデットに関しても同様である。  ギュシラン王国は島国であり、船を寄せ付けることがない。島全体を結界で覆っているため迂闊に近付くことも出来ない。島に入る唯一の手段が竜なのだ。その竜が現在ウェドリシア国内にいないも同然で、もし竜核熱症を発症した場合に治療する方法がない。それも怪我の治りまで遅くなるのが竜核熱症の症状のひとつである。  竜核熱症は竜種しか発症しないので知る者は少ないだろう。それもウェドリシアに生息していた竜は竜核熱症を発症する条件に達していなかった。竜核熱症に関してはギュシラン以上に詳しい国はない。ギュシランは竜族で作られた国なのだ。  「私たちはどうしたら・・・。今、リャキナが研究所に行っているんです。あの子は竜の血筋といっても女の子で。」  「院長。やっぱり私はここを出るべきだと思います。子供たちがこれ以上苦しむ姿を見たくはありません。」  「だが、公爵家に知られれば・・・。それにリャキナがまだ研究所に行ったっきりだ。」  「どうにか出来ないんですか?みんなが治らない病気にかかってしまったら・・・。薬がないんですよ!?」  ヴィシルたちの目の前でバドックとフラセアが言い合いのように話し始めた。どうすることも出来ないため黙ってやり取りを見聞きするしかない。セザリシオはどうするのだろうと思いながらもヴィシルは今後のことを考える。  もし、孤児院の子供たちを助けることになれば、行き先はパデラニ村の皆がいるところだろう。今はスメロト村と名称を変更したが、あの場所は簡単に人が行ける場所ではない。ほぼ自給自足であり、ヴィシルたちが戻る時にいくつか必要物質を買って帰ることになっている。  問題は竜が何処かで捕らわれた状態であり、そこから今だに人と掛け合わせた子供を生み出し続けていることだ。この孤児院の子供たちを助けたとしても、同じような末路の子供たちは出てくるだろう。おそらく今孤児院にいる大人たちも一緒に逃げたとしても、この孤児院は再び経営されることになる。新たな院長と従業員を雇い入れ、今以上の厳しい監視がついて。  「俺たちが手伝います。」  言い出したのはセザリシオだった。孤児院の子供たちを助けるためだけに動けば、この町に戻ることは不可能といってもいいだろう。それも覚悟の上でセザリシオは言っているだろうが、今はこれが最善ということだろうか。  「セズさん、本当ですか?」  「はい。こんな状態が何度も繰り返されると聞いては放っておけません。俺たちに出来ることがあるのなら手伝います。」  「ありがとうございます。」  セザリシオは俺たちと言った。それはヴィシルもフィスもユデラも含まれるということだ。もしかするとフィスとユデラが竜となってみんなを乗せて移動すると言い出しそうである。助けることに異論はないが、相談はしてほしいと思う。  「ごめん。勝手に決めちゃって。」  「もういいよ。それで、どうやって助けるつもり?リャキナが今研究所にいるって言ってたよね?きっとリャキナが戻れば次の誰かが連れていかれる。」  「そこをどうにかごまかせればいいんだけど。」  宿へと戻ったセザリシオにヴィシルたちは謝罪を受けた。セザリシオは案はまだないままに手伝うと言ったのだ。セザリシオがどこか変わっていってしまっているようでヴィシルは悲しくなる。冷静に状況を判断して行動出来ると思ったのは間違いだったのだろうか。  「今のこの状況で竜が飛んでいるのはまずい。歩き、又は走って逃げることを前提にするべきだな。」  「俺もフィスに同感。ある程度移動した先に追っ手がいないと確認してからなら森の中からでも飛んで行くことは出来ると思うけど。危険な状態なら俺たちは手伝えないよ。」  今まで黙っていたフィスとユデラに言われ、セザリシオは考え込む。その表情はわかっているとでも言いたげだが、おそらく竜の力がなければ完全に逃げることは出来ないだろう。それにヴィシルは気になることもあった。  「セズ、バドックとフラセアの2人は話した感じでは大丈夫だとは思うけど、カトールとモトナは良く知らないから味方といえるかわからない。それでも、バドックとフラセアも確実ではないよ。あの中にジェデットと繋がりがある者がいる可能性がある。」  「そう、だよね。全員が子供たちを可愛がっているからといって味方とは限らない。まずは誰が敵か知らなければ・・・。」  翌日から孤児院内部の事情を把握するため、それぞれに話を聞くことにした。大人たちも子供たちも全てである。大人は50歳という男性の院長バドック、25歳という女性のフラセア、女性である17歳のモトナと21歳のカトールの4人。  子供たちは13歳の少年セムア、13歳の少女リャキナ、10歳の少年シャオムとレジカ、8歳の少女マノ、8歳の少年トリム、7歳の少女ミシュカ、5歳の少年デイアとボラク、4歳の少年カノト、4歳の少女チャスのうちリャキナがいないため10人。  話していてわかったことは、研究所へと連れていくのは院長のバドック。迎えに行くのはフラセアということ。モトナとカトールは元々孤児院育ちで、そのまま手伝いをしているという。血清を打つことはモトナとカトールの時にはなかったらしい。そして、成人とされる15歳で研究対象から外されるという。  こうなるとモトナとカトールは洗脳されている可能性が出てきたし、バドックとフラセアに関しても罠という可能性が出てきた。子供たちは正直ではあるが兄弟のように育った彼らのために嘘をつく可能性も十分あり得る。  「シル兄ちゃん、抱っこ。」  「はいはい。」  ヴィシルは小さな子供たちに名前が言い難いという理由からシル兄ちゃんと呼ばれている。ヴィシルをシル兄ちゃんと呼ぶのはデイア、ボラク、カノト、チャスの4人である。そのうちの1番下のチャスがヴィシルのところに来たのだ。  ヴィシルが抱き上げると嬉しそうに喜んで笑顔を見せる。そうしてヴィシルの肩に顔を埋めたチャスが小声で言ってきた。  「ここの大人たちはみんな研究所の犬よ。信用しちゃだめ。」  ヴィシルは小さな声を聞き取り、怪しいと思った大人全員がダメなのかと内心ため息をつく。その時だった。竜の声が響いた。  『チャス、余計なことを言ってはダメよ。わかっているでしょう?私たちはここから逃げられないの。ジェデット様は良くしてくださる。だから大丈夫よ。』  『わかってるわ。でも、セムアが死にかけた。リャキナもわからないじゃない。』  『大丈夫よ。セムアは偶然だから。リャキナは何も心配することないわ。』  本気で言っているのかと、反論したくなったヴィシルはグッと堪えて聞こえないふりを続ける。竜のことを何もわかっていない人間にいったいどれだけ大丈夫と思える要素があるというのだろう。ハーフで生まれた彼女たちを強制的に竜側へと傾けさせれば体に負荷がかかる。そこに竜種しか発症しない竜核熱症が追い討ちをかける。  竜核熱症は竜種のみが発症するが、人型をとる竜族には発症したことがない。明確な理由はわかっていないが、竜核熱症は人型をとれるほどの魔力が発症を抑えていると考えられている。ハーフの場合は竜化したことがあるという話を聞かない。そもそもハーフの数が少ない。ヴィシルが知る限り今までベイドナだけだ。それも普通に人間の女性が産んでいるのだから今回の事とは訳が違う。  「シル兄ちゃん、私もうここにいたくない。もうやだ。リャキナは助からないんでしょ?」  「わからない。でも、チャスの気持ちはわかったよ。」  再び小声で伝えてくるチャスに、ヴィシルも小声で周囲に見られないように気を使いながら返す。なるほど。大人みんなを信用出来ないというチャスの言葉は本当なのだろう。ヴィシルが竜であるから聞き取れた内容は、十分カトールだけでも敵側だと判断出来た。洗脳されている可能性もあるが、それをどうにか出来る手段はない。  セザリシオはバドックとフラセアと話をしながら、不信な点がないかを探っている。フィスとユデラも子供たちと遊びながら、先ほど聞こえたカトールとチャスの会話を聞き取っているだろう。  孤児院の皆と話をしながら、敵味方の判別をして4日が経った頃、リャキナが高熱と酷い怪我をして孤児院に運ばれてきた。ちょうどヴィシルたちが孤児院に着いた頃で、孤児院内は今回もまた大騒ぎである。  「院長!私はもう限界です!明日はシャオムが行かなきゃならないのでしょう?セムアは偶然薬があったから助かりましたけど、リャキナの薬はないんですよ?そのうえシャオムまでとなったら・・・。」  「フラセア、落ち着きなさい。話せばジェデット様もわかってくれるはずだ。明日私が話してくる。だから今日はリャキナの看病をするしかないんだよ。」  フラセアが取り乱したように泣きながらバドックに訴える。しかし、バドックはフラセアを宥めながらジェデットに話してくるという。だが、ジェデットがセムアのことを出してきたらどう説明するつもりだろうか。少なくとも薬を持っていたヴィシルは拘束されるだろう。  「バドックさん。俺はギュシランの国民です。明日この事を話しに行くというのであれば、俺はこの領地を直ぐにでも離れます。もし、セムアの病気を治す薬を俺が持っていたと知られれば俺を捕らえに来るでしょう。そうなれば国際問題に発展します。この国に竜はいないとされていますから。俺は戦争の種をまくつもりはありません。他に方法がないのであれば俺はギュシランに戻り、2度とウェドリシアには来ることはありません。」  「それは・・・。」  ヴィシルと連絡が途絶えればギュシラン王国はウェドリシア国を見放すだろう。そして、2度と交流は持てなくなる。現時点でも危うい状況にあるのだ。ギュシラン王国内で国王をどうにか抑えている状態だろう。  「カトールの嘘つき!大丈夫って言った。リャキナを助けてよ!カトールは私たちなんていらないんでしょ!みんな死んじゃえばいいと思ってるんだ。院長先生もモトナも本当は私たちのこといらないのよ!」  うわーんと大声で泣き出したのはチャスだった。チャスに続いて子供たちが次々と泣き出す。カトールとモトナは無言で俯いたままだった。  『どうして?ジェデット様は大丈夫だって言ってたわ。』  『私もそう聞いていたけれど・・・、でも、リャキナは大丈夫ではないのよね。助からないのよね。』  『チャス、ごめんなさい。リャキナは私がどうにか助かる方法を探すわ。』  『今度はシル兄ちゃんを危ない所に連れていくの?酷いよ。カトールもモトナも、酷いよ・・・。』  2人で竜の会話方法での話をしているところへ、泣きながらもチャスが言った。聞こえているのは子供たちとヴィシルとフィスとユデラだけだ。バドックとフラセアとセザリシオは普通の人間であるため、3人の会話は聞こえていない。  『シル兄ちゃんはセムアを助けてくれた。みんなみたいに殺したりしないの。シル兄ちゃんは渡さない。』  『チャス・・・。』  チャスの心からの訴えにカトールもモトナも言葉を失う。子供たちはヴィシルの周りに集まってきた。どうやら子供たちが守ろうとしてくれているようだ。  「院長、私たちは今夜ここを出ていきます。カトールとモトナは残るのでしょう?ヴィシルさん、セズさん、フィスさん、ユデラさん。この子達と少しの間でいいので安全な場所へ行く手伝いをしてもらえないでしょうか。」  「わかりました。引き受けましょう。」  フラセアからの頼みをセザリシオが二つ返事で引き受けてしまった。ヴィシルも子供たちを逃がしたいとは思っていたが、聞かれる前に勝手にセザリシオが返事をしてしまったことには呆れた。元々ヴィシルも引き受けるつもりではいたため、何も言わずに子供たちを助けることにした。  リャキナを連れていくことにしたため、フィスが抱き抱えて移動することになった。ヴィシルはチャスから抱っことねだられ再び抱っこをする。そして、カノトをセザリシオが抱っこし、デイアとボラクをユデラが両腕にそれぞれ抱き抱えることになった。他の子供たちはフラセアと共に荷物を纏めて、早々と準備を整えていた。  「それではお世話になりました。」  そうフラセアが言い残し、まだ昼前の時間帯であるにも関わらず孤児院を出ることになった。宿はその都度予約をしていたため、荷物は全て持っている。ヴィシルたちはそのまま町を出て、ミュアドたちのいるスメロト村がある方へと歩き出した。  「シル兄ちゃん、ありがとう。」  「どういたしまして。」  小声で伝えてくるチャスにヴィシルも同じく笑顔を作り小声で返す。チャスは気付いたらしい。リャキナの病状が安定していることに。それはヴィシルがこっそりと薬を作り、リャキナに飲ませるようにとフィスに渡し、誰も見ていない時を見計らって、フィスがリャキナに薬を飲ませていたからだ。  すっかり熱も下がり傷も治ったリャキナだが、そのまま病人としているように言われたせいか、フィスに身を委ねて目を閉じている。今のうちに寝ておいて体力を回復させようという理由もあった。  最初の森へと入る。この森はヴィシルたちがキャシドへと来た時にユデラが降り立った森だ。森の奥へと進みながら、昼食のために落ち着ける場所を探す。適度な場所を見つけて昼食のために休憩を取った。  「セズさん、このままでは追い付かれてしまいませんか?」  「そうですね。可能性はあります。ですが、他に方法がありますか?」  フィスやユデラが竜となり空を移動することは簡単だ。だが、セザリシオは勘というものでフラセアが信用出来ないと感じている。ヴィシルはチャスから信用出来ないことを聞かされているため、最初からずっとフラセアも信用していない。  (誰かがついてきている。一定距離を保ったままか。追手か?何もしてこないってことは何かの機会を待っている?暫く様子見も必要か。)  追手らしき者に気付いたのはヴィシルだけではない。フィスもユデラも気付いている。気配や魔力を探ってもいいが、相手にこっちが気付いていると思われては意味がない。仕方なくヴィシルはそのまま相手の動きを待つことにした。  「カトールとモトナが来てる。連れ戻しに来たのかな・・・。」  「大丈夫。チャスはこのまま俺から離れないで。」  ヴィシルに抱きつきながら耳元で小声で伝えてきたチャスにヴィシルも小声で返す。チャスは気配や魔力を察知したらしい。まだ幼いからなのか制御が出来ていないのだろう。ヴィシルは強く抱き付くチャスを離さないようにギュッと抱き締め返した。  「そういえば遅くなってしまったけれど少しずつだけど飲んで。いつもの薬よ。リャキナは今は無理そうね。セムアとシャオムとレジカ。あなたたちの分よ。」  フラセアが3人へと水筒から少しずつ出した液体を並べた3つのコップへと注いで渡した。渡された3人はその液体をジッと睨み付ける。  「早く飲みなさい。あなたたちのための薬なのよ。」  「飲んではダメ!!」  渋々3人は薬を飲み干した。そこへ飛び込むように制止の声と共に2つの姿が現れたが、セムアとシャオムとレジカは薬と言われた液体を飲み干した後だった。  「なんてことを!彼らをどうするつもり?フラセア!」  制止の声はモトナだったが間に合わなかった。睨み付けるようにカトールとモトナはフラセアへと強い視線を向ける。セムアとシャオムとレジカは虚ろな目で視点が合っていないようで、そこに傀儡のように座っているだけになってしまった。心配するマノがシャオムに付きっきりである。  「フラセア!どういうこと?みんなを元に戻してよ!」  「ふふふ。マノあなたももうすぐこの子たちと同じようになれるわ。ジェデット様は竜の大量生産に成功したのよ。あなたたちは勇敢な竜の戦士となったのよ!さあ、みんな飛ぶのよ!ほら、竜になって。」  マノがシャオムにしがみついたまま、フラセアに問い詰めるようにして言うが、フラセアは心ここに在らずである。洗脳されているのか、それともジェデットに心酔しているのか、言われたままに渡され、子供たちに飲ませるように言われた薬を飲ませたのだ。発している言葉は意味不明だが、セザリシオはそんなフラセアを睨みつつ、事前に止めることが出来なかった自分を責めているようで唇を強く噛み締めていた。
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