12話《稀少な治療薬》

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12話《稀少な治療薬》

 状況からするとカトールとモトナは騙されていただけだったといえるのかもしれない。薬の実態を知り慌てて追いかけて来たのだろう。止めることも出来ず、フラセアに薬を飲まされたセムアとシャオムとレジカは、フラセアの声に従うように立ち上がり両手を羽ばたかせるように動かす。しかし、浮くことはない。竜へと体が変化していないのだ。それに翼は手とはまた別である。  「セムア!シャオム!レジカ!しっかりして!」  モトナの叫ぶ声は3人に届いていないようだ。虚ろな目をそのままに体を動かし続けている。  「どうして!どうして竜にならないのよ!ジェデット様はこの薬で竜になって飛べるようになるとおっしゃったわ。」  「それより、フラセア!元に戻す薬はないの?」  「そんなものあるわけないわ。だってこれは実験ですもの。あなた達はモルモットよ。・・・そう、失敗したということなのね。ジェデット様にご報告申し上げなければ・・・。」  実験、モルモット、その言葉を聞いたカトールとモトナが怒りでフラセアに殴りかかった。薬がどんな効果を発揮するかわからないため実験しているわけであり、それに選ばれてしまったのが彼らなのだ。何度か殴った後にユデラとセザリシオに止められ、我に返ってその場に座り込んでしまった。フラセアを殴っていた2人を止めたユデラが、フラセアの持っていた薬の水筒を取り、ヴィシルのところへと持って来た。フラセアはその場で口を塞がれ、両手を後ろで縛り、両足も縛られて寝かされた。  「水筒の中身は4種の竜の血清とそれぞれの鱗を粉状にしたもの、そこにアクナ草が加えられていると俺は思うんだけど、ヴィシルはどう思う?」  「その材料には間違いはないと思う。アクナ草が幻覚を見せているのかもしれない。でも、それだけじゃないんだよね。どうしたらいいかな・・・。」  ヴィシルは材料からそれを体内で消す役割をする材料を思い浮かべる。いくつか思い浮かべては、違うと別のものを浮かべた。何度か繰り返すうちに、一番可能性のある方法にたどり着く。しかし、簡単に手に入る材料ではないことも確かだ。ヴィシルには簡単であるとは言えるが、この場にいる他の人々にとっては無理と言ってもいいほどの困難さである。  「ヴィシル。銀聖竜ならなんとか出来ないかな?ギュシランには銀聖竜がいるんだよね?どうにかして頼めない?このままじゃ3人が・・・。」  弱々しい声でそれでも懇願するようにセザリシオがヴィシルへと言った。フィルとユデラはヴィシルの判断を待っている。必要な材料は殆どヴィシルが持っていると言える。だが、それはヴィシルの正体が知られてしまう可能性が出てくるのだ。  『カトール。銀聖竜って?』  『竜の中でも1番強いといわれている竜だよ。ウェドリシア国の初代国王が銀聖竜とパートナーになったことから知られているんだ。』  『銀聖竜ならみんなを助けられるの?』  『わからないが、出来るんじゃないか?』  『じゃあ、頼みに行こうよ。みんなを助けなきゃ。』  チャスは銀聖竜を知らない。そしてギュシラン王国がどこにあるのかも知らないのだ。銀聖竜なら助けられるかもしれないと聞いて、それならば頼みに行こうという子供ながらの素直な発想である。 『チャス。銀聖竜のいるギュシラン王国は簡単に行けないところにあるんだ。周りが海で囲まれた島国でな、船も近づくことは出来ないと聞いている。ギュシランには竜が多くいるから、竜でなければ行き来出来ないんだと思う。』 『じゃあ、どうしたらいいの?私たちでは飛べない。竜になれないじゃない。』 『・・・そう、だな。』  チャスとカトールの会話を聞きながら、3人をこのまま衰弱死させてはいけないと思った。セザリシオにはギュシランには助けを求めることは出来ないと首を横に振った。ヴィシルは決心したように顔を上げて、手の空いているユデラにある物を採ってくるように伝える。  「セズ、ギュシランには助けを求めることは出来ないよ。でも、俺が何とかしてみるから。ユデラ、ブルス草とダイドル魔草を出来るだけ多く採って来て。」  「わかった。」  ヴィシルから言われた2種の草を採りにユデラが森の中を走って行った。透き通るような碧の髪と瞳。今この場にいるメンバーの中で、ヴィシルを除いて一番森の中で草集めに適しているのがユデラである。  ブルス草は見つけにくいが、ある条件が揃うとそこに群生する。そしてダイドル魔草は本来ギュシランで生息する魔草なのだが、誰かが種を持ってきたのかウェドリシア国内でも生息するようになった魔草である。その2種の草はこの森の中で生息しているとヴィシルは確信していた。  「シル兄ちゃん、みんなを治せるの?」  「わからないけど、やってみるよ。」  ユデラが2種の草を採ってきてからでないと薬を作り始めることは出来ない。こうしてる間にも3人の行動は悪化している。寝転んでみたり、ジャンプをして失敗して足で着地出来ずに怪我をしたり、1番危ないと思えるのは酔っているようにフラフラしながらもずっと笑い続けていることだ。  治癒薬となる残りの材料は2つ。ひとつはギュシランでしか生息しないラネカ魔樹の木の実、もうひとつは銀聖竜の鱗の粉末である。この両方をヴィシルは持っている。ポシェットやリュックなどの見える荷物の中ではなく、亜空間収納の中で時間を止めた状態での保存だ。  (念のためにと鱗をいくつか剥がしておいてよかった。何とか足りればいいけど。)  寝る時間など彼らには把握出来ていないだろう。麻薬のような薬は子供の体には相当な悪影響となる。あまりゆっくりと待っている時間はなさそうだ。ユデラが出来る限り早くブルス草とダイドル魔草を探して採って来てくれるのを願うだけだ。  「ヴィシル、本当に薬を作れるの?」  「確実とは言えないけど、可能性のあることを1つずつやってみないと今の状態は変わらないから。これがダメなら次を考える。」  「ヴィシルは凄いね。俺は結局何も出来ていない。」  「そんなことないよ。セズ、諦めたらダメだよ。セズはどうしたいのかもう一度よく思い出してみて。そして今自分が出来ることを考えて。焦らなくていいから。」  「うん。ありがとう。」  不安げなセザリシオにヴィシルは元気つけようと話すが、本当に伝えたいことが伝わっているかはヴィシルも不安である。けれど、このままセザリシオが使い物にならなくなるのだけは避けたい。王とならなくても、セザリシオにはウェドリシアを変えてもらわなければならないのだ。  『なぁ、モトナ。あいつらを見てて思ったんだけどさ。私はセズがリーダーだと思ってた。でも、本当は違うのかもしれない。』  『うん。そうかもね。でも、今はセムアとシャオムとレジカを助けないと。可能性がある薬を作ってくれるっていうんだから、それに賭けてみよう。』  『そうだな。』  カトールとモトナの会話を聞きながら、ヴィシルは何か間違ったかとも考える。会話からするにヴィシルが本当のリーダーなのではと思い始めているようだ。そんなことはないのだが、ヴィシルがやれることが出てくるため、それに対しての指示出しが良くなかったのかもしれない。本来であればセザリシオが判断して指示を出すことが好ましいのだ。  周囲に何人もいる中でヴィシルが自分で判断し、行動したことが結果的に状態を改善させている。ため息をつきたくなったが、後先考えずにやってしまったことは仕方がない。そんな余裕もなかったのだが、セザリシオに知識が足りなかったことも原因だ。  (セズには色々と教えることが多そうだな。)  それから暫くユデラが戻るのを待ち、2時間程して漸くユデラの戻ってくる姿が見えた。服が何箇所か切れている部分があるが怪我をしている様子はない。怪我はここに戻るまでに完治出来る程度であったのだろう。だが、服が切れているということは、何かに攻撃されるようなことがあったということか。  「ユデラ、もしかして追っ手がいた?」  「追っ手はいなかったから大丈夫。採取の邪魔をされたから、少しだけ魔物とやり合っただけだよ。」  ヴィシルは敢えて何の魔物かは聞かなかった。ユデラに傷をつける程であるならば、ヴィシルとフィス以外にこの場にいる者では対処は難しいだろう。まだその魔物がいる可能性を考えつつも、今は薬を作る方が優先だと判断し、ユデラから2種の草を受け取った。  チャスに離れてもらったヴィシルは、亜空間収納から大きめな瓶を取り出して、草を中へと入れていった。そこへラネカ魔樹の木の実を亜空間収納から取り出して入れる。最後に銀の鱗を入れた。  「あ、銀の鱗。」  「それってもしかして、銀聖竜の鱗・・・?」  チャスに続いてカトールも呟く。しかし、答えている時間はない。瓶に蓋をしたヴィシルはその瓶を両手で包み込むように持ち、魔力を流し込んでいく。徐々に中の材料が細かくなっていき、集中してから10分ほどで瓶の中には銀色の粉が出来ていた。  「多分できた。これ、三等分して水で飲ませてあげて。」  「わかった。ありがとう。」  ぐったりするヴィシルから瓶を受け取ったカトールが3人の元へと行き、水でそれぞれに時間がかかりながらも飲ませていく。ヴィシルは魔力を押さえ込んでいるため、今使える魔力はそう多くはない。それを薬を作るために殆ど使ってしまい、身体中が倦怠感に包まれていた。  「ヴィシル、さっきの鱗って、もしかしてミュアドの・・・。」  「違うよ。あれは俺がウェドリシアに来る前に手に入れたものだから。」  セザリシオがヴィシルの隣に座り、話しかけてきた。ミュアドの祖父が銀聖竜だということはセザリシオも知っている。だからなのかヴィシルが使った銀聖竜の鱗がデリマラの物かもしれないと思ったのだろう。しかし、ヴィシルが使った鱗は自分の物である。それを今セザリシオに言うつもりはないが、ウェドリシアに来る前に用意しておいたのは事実なので、それだけを伝えた。ミュアドの祖父、デリマラの鱗ではないとわかったセザリシオは安堵の表情を浮かべる。そんな状態にズキリと胸の奥が痛んだ。  (本気で俺がデリマラさんの鱗を使ったと思ったのか?確かに、現状ではデリマラさんしか銀聖竜を見てないからそう判断しても仕方ないけど。そこまであからさまに疑われて、違うと分かって安心されてもな。)  ヴィシルの作った薬をカトールから飲まされ、セムアとシャオムとレジカは徐々に症状が落ち着き始めた。暫く様子見をしながらその場に留まり、完全に3人の症状が落ち着き、治ったと感じたカトールとモトナからヴィシルはお礼を言われた。  「ありがとう。デラドセイアの利益目的のためだけに作られた私たちを何度も助けてくれた。これからは私たちがヴィシルの力になる。何でも言ってくれ。私たちで出来ることであれば何でもしよう。」  「ありがとう。必要な時はお願いするよ。」  ヴィシルにはフィルとユデラがここにいる。そして戻ればマーグとキピニアもいるため、これ以上人手などは必要ないと思った。しかし、感謝しているからという思いを受け取れてしまえば、必要ないと断ることも出来ない。すっかりセムアもシャオムもレジカも元気になり、異常な行動をとることもなくなった。  3人の状態も良くなり、休憩も十分取れた頃、移動を再開することにした。追っ手がくる可能性もある。フラセアは数日持つ結界魔法を施した魔力石を側に置いてそのままにするしかない。彼女はジェデットに心酔しているため、連れて歩けばヴィシルたちに不都合が起きるだろう。追っ手がある可能性を見越して数日の結界で彼女を残してきた。  相変わらずヴィシルはチャスに懐かれ、抱っこして歩いている。幼い子供の足では時間がかかるため、安全と確認出来るまでは一番小さな子から順番に抱っこの状態で移動することにしたのだ。歩きながら後ろを歩くことになったセザリシオからの視線を感じ、ヴィシルは気付かないふりをしつつも、その視線の意味を考える。  『モトナ、セズ兄ちゃんてシル兄ちゃんのことが好きなの?』  『うーん。そうかもしれないね。』  『なぜ私ではなくモトナに聞く?』  『だってカトールは恋愛ごとは得意ではないでしょ?』  チャスはヴィシルに抱きかかえられながら、後ろも見えるためセザリシオの視線にも気づいている。セザリシオの視線をヴィシルが好きだから見ていると捉えたチャスがモトナへと聞くが、それを不満に思うカトールが文句を言う。しかし、モトナから得意ではないことを指摘されれば、何も言えなくなった。  ヴィシルに聞こえないと思って竜の会話方法を使っているのだろうが、ヴィシルこそ純粋な竜であり、この中では一番の強さを誇る銀聖竜である。3人の会話が聞こえないはずがない。そして、フィルとユデラにも聞こえている。彼らは聞こえない振りをして何も言わずにいるが、3人の会話に対してどう思っているのかヴィシルは気になる所だ。  (セズはおれが好きなわけじゃない。銀聖竜が好きなだけだから。同じ色を持つ見た目の俺を、今はいないミュアドに重ねているだけだよ。)  竜に乗って移動というわけにいかないヴィシルたちは、移動出来るところまで移動してから近くに洞窟を見つけたため、そこで夜を明かすことにした。まだ森を抜けられないが、どこまで行けば町や村があるのかもわからない。もし、町や村を見つけたとしても馬などで移動され、孤児院の子供達の捜索でもされていることを考えると気軽に立ち寄ることも出来ないだろう。途中で狩った魔物や動物を捌いて、焚き火で焼いた肉を食べながら、今後のことを相談することにした。  「このまま森を突き抜けて行くのか?私たちはあの孤児院と屋敷以外を知らない。完全に任せることになってしまう。」  「森を出たあたりに草原があったと思う。そこを過ぎたらまた森があって近くに村があるはずだ。」  「セズ、村は行っても安全なの?追っ手がそこにいるかもしれないよね?」  「そう、だね。だとすると、このまま森の中を草原を通らずに次の森へと行ける道があれば一番いいということかな。」  カトールから切り出された話に、セザリシオが答えるが村に寄ると言いそうだったため、ヴィシルが追っ手のことを出せばセザリシオは迂回を考えた。草原を通らずにデラドセイア領から出る経路があったかはヴィシルも記憶はしていない。さりげなく隣に座るセザリシオは地理を思い出しているのか、無言のままずっと考え込んでいる。  「ヴィシル。ギュシランから来たって言ってたよな?ギュシランには竜が多くいるんだろう?」  「うん。ギュシランには多くの竜が棲んでるよ。」  カトールに聞かれたヴィシルは当たり障りのない答えをした。実際には竜しかいないのだが、それを言えるはずがない。セザリシオは考え込んだままなのでそっとしておくことにした。  「いつか行ってみたいな。」  「私も行ってみたい。」  「そうだね。」  カトール、チャス、モトナと続けて言った言葉に、ヴィシルは何と答えていいかわからず、何も言えなかった。
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