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13話《敵と味方》
孤児院から逃げ出して5日が過ぎた。まだ森の中を移動していて、村や町に立ち寄るという選択肢がないため、野宿という日々が続いている。
目的地であるデリクト村までまだ日数がかかる。追っ手があった場合を考えて目立たない選択をしたのだが、もしかするとこの選択は間違いだったかもしれないと思えてくる。空を移動すればそう日数はかからないのだ。
しかし、まだ全員を信用出来ていない。協力すると言ってくれたカトールとモトナは騙されていたと思いたいが、チャスのあの発言で完全な信用が出来ていないのだ。
そんな中急いでデリクト村まで行き、そこで敵だとわかったとすれば、村のみんなに危険が及ぶ。そうなる前に、地上での移動途中で、敵であれば暴きたいという思いがヴィシルにはある。
そんな中でも、チャスはヴィシルから離れることはない。食事をする時も、寝る時でさえ、チャスはずっとヴィシルの側から離れないのだ。
ヴィシルはセザリシオが心配ではあるが、今はどう声をかけていいのかもわからない。何かに悩んでいるようではあるが、聞いてみなければそれすらも確実ではなく、今は子供達を安全な場所まで連れていくことが優先でもあった。
「シル兄ちゃん。セズ兄ちゃんどうしたの?」
「うーん。どうしたのかな。話してみないとわからないよ。」
「じゃあ、お話してみようよ。」
「そうだね。」
セザリシオが悩んでいることはチャスにも気づかれていたようだ。チャスに言われて、ヴィシルはセザリシオと話すことを決意する。後回しにして、セザリシオがこれ以上悪化してしまったらヴィシルがした約束が果たせそうにない。
「セズ、ちょっと話せる?」
「うん。どうしたの?」
他のみんなから距離を置けるわけもなく、少し離れた場所に座ってセザリシオに話を聞こうと思った。今は食後の休憩時間となっている。少し休んだら、また歩き始めるのだ。
「何か悩んでるでしょ。」
「・・・どうして?」
セザリシオは話す気がないのか、誤魔化そうとしている。それに気づかないヴィシルではない。付き合いが長いわけではないけれど、多少はセザリシオをわかっているつもりだ。
的確な判断力や、洞察力など、セザリシオはリーダーとして申し分ない素質があるとヴィシルは思っている。それが、今は以前のような冷静で的確な判断をセザリシオが出来ていないと感じていた。
「話したくないなら無理には聞かない。」
「・・・。」
「でも、俺はいつでもセズの味方だから。話したくなったらいつでも聞くよ。」
何も言わないセザリシオに、今はまだ無理かもしれないと感じたヴィシルは、みんなのいる場所へと戻ろうと立ち上がった。けれど、そんなヴィシルの腕をセザリシオの手が掴んで止まらせた。
「セズ?」
「待って。」
「うん?」
再び座ったヴィシルにセザリシオが泣きそうな表情を向けた。思いつめているようにヴィシルは感じたけれど、黙ってセザリシオが話すのを待つ。
「・・・王族って何だろうって思って。貴族が裏でこんなことばかりしていることも知らない、国民が苦しんでるのも知らない。気付けてない。気付くことも出来なかった。国王は偉そうに王宮で命令だけして、自分たちは守られて生きてるのか、貴族たちの傀儡とされているのかわからなくなってきて・・・。」
俯いたセザリシオの肩が震えているように思えた。ヴィシルはそっとセザリシオを抱き寄せて、肩を抱いてトントンと宥めるように叩く。
セザリシオから嗚咽が聞こえた。やっぱり泣いていたのだと、ヴィシルは何もしてあげられないことを悔やむ。
「でも、俺は何の力もないから、何も出来ない。俺じゃ、力不足だって、わかった・・・。どうしたら、いいかな・・・?」
「セズ、1人で何でも出来ちゃったら、国王1人で国は動かせるんじゃないかな?何のために周りに人がいるの?学園だったり、旅をしてきたりして、出会いだって何度もあった。これからもある。力がないなら、みんなで力を合わせたらいいんだよ。俺だって、シュギだって、ミュアドだっているでしょ?自分に出来ることを自分でして、出来ないことは出来る誰かに頼む。そうやってきっと絆は深まるんだよ。」
ヴィシルはセザリシオの肩を抱く腕の力を少しだけ強めた。偉そうに言えるほどヴィシルは人と多く関わってきたわけではないし、生きた年数はセザリシオとそう変わらない。
それでも、今まで見てきた中で、ヴィシルにはセザリシオに言ったままを感じてきたのは確かだ。確証があるわけではないけれど、そう思いたい気持ちがある。
セザリシオはヴィシルに抱き寄せられたまま、悩み続けて重かった心が、軽くなったことに気づく。確かにそうだと、ヴィシルの言葉に頷けるのだ。素直に言葉が入ってきた。
ヴィシルが悩んでいたことに気づいてくれたことも、自分が欲しい言葉をくれたことも、いつでも味方だと言ってくれたことも嬉しかった。
「ヴィシル、ありがとう。」
「セズの役に立ったなら、それでいいよ。」
出発時間になりみんなの所へと戻り、ヴィシルはセザリシオと並んで歩く。ヴィシルの腕の中には相変わらずチャスがいるが、セザリシオの心は軽くなっていた。それが足取りにも表れ、チャスを含めた数人が気付くのだった。
『ねぇ、モトナ。シル兄ちゃんとセズ兄ちゃんて仲直り出来たのかな?もしかして上手くいった?』
『どうかな?でも、仲直りは出来たみたいだよ。よかったね、チャス。』
『よかったぁ。仲直り出来たんだね。』
会話が聞こえているヴィシルは、セザリシオと話しながらも複雑な気持ちになる。チャスの言った『上手くいく』の意味は察することが出来たが、恋愛という意味ではヴィシルはセザリシオとは上手くいくということはないだろうと思っている。
今でもセザリシオがヴィシルを同行者に選んだ意味はわからないが、おそらく銀聖竜の血筋であるミュアドを危険に晒さないためとしか思えない。ミュアドは銀聖竜の血はひいてはいるが、戦闘能力は低い。
セザリシオは銀聖竜に強い思いを抱いているのだから、当然の考えだとヴィシルは自分の出した考えに納得していた。
『絶対セズ兄ちゃんはシル兄ちゃんを好きだと思うんだ。でも、シル兄ちゃんはわからない。セズ兄ちゃん失恋しちゃうのかな・・・?』
『こらこら、チャス。そういうことは2人に任せるのが1番だよ。他から色々しちゃってダメになっちゃうこともあるの。もし、そっとしておいて2人がダメそうなら、チャスが何かしてあげてもいいんじゃないかな?』
余計なことをしないでくれと、ヴィシルは思うが会話が聞こえていることに気づかれても困るためどうすることも出来ない。
(なんで俺?セズは銀聖竜に強い思いを抱いているから、俺の髪と瞳の色を銀聖竜と被らせてるだけだよ。どこをどう見たらセズが俺を好きということになるんだろうな。セズは俺のことを知らないんだよ。)
やれやれと内心ため息をつきながら、ヴィシルはチャスたちの会話を聞きつつ、セザリシオと会話をしている。
セザリシオの恋愛には銀聖竜が前提にあるのだとヴィシルは信じ込んでいる。そして、ヴィシルのことを知らないセザリシオが自分を好きになることなどないと思っているのだ。
セザリシオが少しずつ旅を共にするヴィシルに惹かれつつある、ということはセザリシオ自身も気付いていなかった。
進める所まで進んだヴィシルたちは、領地の境界近くまで漸くたどり着いた。薄暗くなった森の中を進むのはこれ以上難しいと判断したセザリシオが、休めそうな場所を見つけると休憩することを皆に伝えた。
子供たちは全員、夕食を終えてから朝までに寝てもらい、カトールとモトナ、フィルとユデラ、そしてヴィシルとセザリシオも交代で見張ることになっている。
前半と後半に分けているのだが、今回は前半をカトールとユデラとセザリシオ、後半をモトナとフィルとヴィシルで行うことになった。
ヴィシルは離れないチャスと一緒に横になり目を閉じた。目を閉じていても、ヴィシルとフィルは直ぐにでも起きることは可能だ。ギュシランではそういう訓練を受けている。
ヴィシルは目を閉じて直ぐに、自分にかけられた魔法が解けるのを感じた。制限がアクセサリーとなっている魔法具のみとなったのだ。ギュシランにいる父がヴィシルにかけた制限の魔法を解いたのだろう。
ピアスやブレスレットを外せば直ぐにでも本来の力は使える。だが、まだ信用出来ていない人がいる中で、全力を解放することは躊躇われた。
静かな森の中で、生き物の動く気配がする。セザリシオとカトール、そしてユデラだ。それぞれの魔力も感じ、周囲に何もいないことも感じ取れている。
安全を確認したヴィシルは眠りについた。同じようにフィルも周囲の気配と魔力を確かめてから眠りにつく。
前半の見張りがそろそろ終わるだろうと、ヴィシルとフィルは目を覚まそうとした頃だった。気配と魔力に動きがある。それは何処からか来たものではなく、ここにあったもの。
「やだっ!離して!!ユッ───」
「少し静かにしててよ。」
ヴィシルがうっすらと目を開けると、暴れるリャキナの体を押さえつけながら小声で言うモトナの姿がある。カトールは意識のないレジカとトリムを両脇に抱えていた。
「全員は連れていけないな。とりあえずこいつらだけでもいいか?」
「そうね。私はリャキナとボラクを連れていくわ。ほら、大人しくしていなさい!」
そう言って何かを嗅がされたリャキナが意識を手放した。ユデラとセザリシオは木に体を縛り付けられ、口には声を出せないように枝を咥えさせられている。
カトールとモトナを含めて孤児院の子供たちはユデラにしてもセザリシオにしても、その正体を知らない。ユデラは正体をここで明かすのは得策ではないと考えたのだろう。
(信用するなというのはこういうことだったのか。フラセアを止めたのも演技だったのか?)
ヴィシルも今正体を明かすわけにはいかない。フィルも気付いているだろうが動かないままだ。チャスもヴィシルに抱きつくようにして寝ている。
「モトナ、急ぐぞ。」
「わかってる。」
小声でのやり取りをして、カトールとモトナはそれぞれ子供たちの中から2人ずつ抱えて走り去って行った。
少しの時間を置いて、ヴィシルとフィルが目を開けた。セザリシオはどうしてと思いながら、その目から涙を流している。
フィルがユデラとセザリシオの縛り付けている縄を解いた。咥えさせられている枝も取ると、セザリシオはその場に崩れるようにして手をついた。
「セズ・・・。」
ヴィシルはチャスをユデラに預け、子供たちをフィルとユデラに任せてセザリシオの傍に行く。寄り添うようにして片膝をつき、セザリシオの肩を抱く。
「・・・ヴィシル。俺、何も、出来な、かった。」
「そうか。」
セザリシオの嗚咽を聞きながら、ヴィシルはセザリシオの背中を擦ることしか出来ない。正体を知られることを避け、何もしなかった自分達の方がよっぽど悔やむべきだろう。
それでも、今はまだ、ヴィシルは誰にも知らせるつもりはない。何れはと思っているが、まだ先のことだし、教えるかどうかも悩んでいる所だ。
朝までヴィシルがセザリシオに寄り添い、落ち着いたセザリシオが少し仮眠を取る。連れ去られた子供たちをどうにか連れ戻すことが出来ないかと考えるが、自分達が捕まるわけにもいかず、最善の方法が見つからない。
明るくなってきた頃、残された子供達が目を覚ます。その場にいるはずの子がいないことに気づき、首を傾げたり、不安を抱く子供達がいる。
「シル兄ちゃん、カトールとモトナがいない。それに、レジカとトリムとリャキナとボラクもいないの。もしかして・・・。」
チャスはヴィシルにくっついていたから無事だったのかもしれない。そしてチャスは頭がいい。小さいながらにも洞察力もある。だから気づいたのだろう。
ヴィシルの所へと駆け寄ってきて、そのままヴィシルがチャスを抱き上げた。そうして耳元で小声でヴィシルに言ってきたのだ。
「うん。カトールとモトナが4人を連れ去ったみたいだよ。ごめんね。助けられなかった。」
助けたい思いはあったが、助けられなかったというのはヴィシルの本心である。チャスは誰も責めることはしなかった。強い子だとヴィシルは思う。
「ううん。いつか、助けに行けるよね?その時は手伝ってくれる?」
「うん。俺に出来ることなら。」
そう伝えるのがヴィシルには精一杯だった。助けると言い切れないのは、その時に正体を明かせているかわからないからだ。
「ありがとう。」
それでもチャスはお礼を言ってくる。心の中で謝ることしか出来ず、他の子供達が混乱するのを、チャスを一緒に宥めた。
「何で!?何で、止めてくれなかったんだよ!」
「シャオム、落ち着け。セズさんたちは俺たちを助けてくれた。全員を守れなかったからといって責めるのは間違ってる。夜の見張りまでしてくれたんだ。本当なら俺たちでやるべきことをやってくれたんだぞ?」
「でも、でも!みんなが・・・。」
「どうにか助けられるように、俺たちも強くなろう。そして、助けてくれる人を集めるんだ。」
「う、うん。」
シャオムは見張りをしていたセザリシオとユデラを責めた。けれど、そんなシャオムを年長のセムアが宥める。きっと連れていかれた4人とカトールとモトナは、実験としてジェデットにいいようにされるだろう。それをセムアは身を以て知っている。
「カトールとモトナは最初から味方じゃなかったってことよね。」
「うん。僕もそう思う。」
「私たちも、連れて行こうとしてたんだよね。」
「そうだと思う。」
「本当は最初から敵だったなんて・・・。信じた私がバカみたいじゃない。」
「僕も、2人を信じてたよ。」
マノとデイアが涙を零しながら話している。裏切りとは違う。最初から彼女たちは子供達を守る気なんてなかった。フラセアを止めた理由はわからないが、おそらくは子供達に味方だと思わせたかったのかもしれない。
「守れなくてごめんね。」
「ごめんね。」
セザリシオとユデラが子供達に謝る。けれど、子供達はもう2人を責めてはいない。セムアとシャオムのやり取りを見ていて、責めるのは間違いだと気づいていた。さっきまで2人を責めていたシャオムも頭を横に振り、違うのだと言う。
「セズさんとユデラさんのせいじゃないです。ここまでも俺たちは助けられています。感謝しかしていません。」
そう言ったのはセムアだった。他の子供達が取り乱す中、セムアは自分を抑えてみんなを宥める側にいる。それは強いと思ったチャスとは違い、そうあろうとしているようにヴィシルには見えた。
「僕たちのお父さんが何処かに行っちゃったら、みんなを助けることも出来るかな?」
「何処かに行くって無理だ。竜だぞ?それに、ジェデットが操ってる。」
ふとした疑問を口にしたのはデイアだった。それを聞いてヴィシルは確かに助かるかもしれないとは思った。けれど、シャオムが答えた内容に愕然とした。ジェデットが竜を操っていると言ったのだ。
「竜を操るなんて出来るの?」
ヴィシルがシャオムに聞く。そんな魔法は聞いたことがない。呪術の類だろうか。
「俺は、見てないけど。でも、みんなが言ってた。バドックもフラセアも、カトールだって。」
「確かに聞いたことはある。ジェデットの屋敷に行った時にもそんな話をしていた。」
シャオムに続いてジェデットの屋敷に行ったことのあるセムアも聞いたという。だが、実際に操られている竜を見た人がいるわけではない。けれど、安易に否定するのも出来ない。
「それ以前に居場所がわからないと、どうしようもないけどな。」
「居場所なら知ってる。ジェデットの屋敷にいる。」
ため息をつきながら言うフィルにシャオムが答えた。いないと聞かされ思い込んでいた場所に実際は竜が捕らわれていたと知り、そこからして騙されていたのだと気付く。信じすぎたのだ。そうなると、子供達の安全を確保し、戻って竜を助けなければならない。
国境を今越えるわけにはいかないだろう。ヴィシルの力も解放出来なくはないが、ヴィシルであっても万能ではない。それに、それらを使うと正体が知られてしまう。
「とりあえず、安全な場所に移動してから話し合おうよ。」
そう言ったユデラの案を拒否する者はいなかった。領地の境界のすぐ近くの方が安全だと思い、山の中にある洞窟を選んだ。そこならば食料は魔物や動物がいるし、野草も多くある。食べ物には困らないと判断した。
丸1日かけて目星をつけた洞窟へと移動し、途中で仕留めた魔物を数体持って中へと入る。素早く仕留めるフィルとユデラに関心しつつも、これならカトールとモトナより強いのではと思う子供達は複雑な心境でもあった。それでも、責めないと誓ったため、何も言わずに洞窟で食事をして、初日はゆっくりと休むことになった。
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