15話《紫の竜》

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15話《紫の竜》

 崖を下へと降りる。その途中に大きな穴が開いていた。成竜1体が余裕で出入り出入り出来る程の大きさだ。そこから声が何度も聞こえ続け、いくつかの魔力もあり、この穴で問題ないのだとわかる。そう思えるのは魔力を感じ取れるヴィシルとフィルとユデラだけだ。  「こんな所に・・・?」  そう呟いたセザリシオが見渡すが穴の中は明かりひとつないため、暗闇で何も見えない。皆を下ろしたフィルが人の姿へとなる。手のひらを上に向けたフィルは、その手のひらの上に小さな炎を灯した。  「これで見えるだろう?」  竜の血を引く子供たちの体は人間のまま変化はできないため、暗闇での視界は人間と同じである。暗くても見えるのは、ヴィシルとフィルとユデラだけだ。  「フィルさん、ありがとう。」  そうセムアが言うと、子供たちが次々とフィルにお礼を言った。暗闇に小さな明かりが出来ただけでは周囲の全てを把握できるわけではない。それでも、暗闇で何一つ見ることの出来ない彼らにとって、フィルが灯した小さな炎はありがたいものだ。  灯された炎の明かりでは何も見当たらないことから、近くには誰もいないことだけはわかる。大きく開けられた穴は奥に深く続いているようで、どうやら洞窟になっているようだ。  「行ってみよう。」  そう言ったのはセザリシオだ。皆が頷き、セザリシオが歩き出すと、明かりを灯しているフィルが並んで歩き出す。ヴィシルはユデラと最後尾を歩くことにした。背後から何かあるとは思いたくないが、ないとも言い切れないのだ。  叫ぶように幼い鳴き声は洞窟に響いている。セザリシオ以外には『助けて』と何度も叫んでいることはわかっている。何から助けて欲しいのかわからない。それを確かめるためにも、慎重に確実に辿りつけるように進んでいく。  どのくらい進んだだろうか。何処からも襲撃されることもなく進めたと思えば、今度はいつから止まっていたのか鳴き声はしなくなっていた。その代わり唸り声が聞こえてくる。警戒されていることに違いない。  唸り声がいくつか聞こえるものの、襲いかかってくることはない。動けないのだろうか。そう思いつつ目視出来る場所まで近づくことにした。  「・・・っ・・・。」  目視出来る場所まで近づいたヴィシルたちはその光景に息を呑んだ。  動けずにいるヴィシルたちの所へ、1体の幼竜が飛び込んで来た。まだ魔力を使いこなせていないのか、体当たりでどうにか危険を回避しようとしているように思えた。だが、そんな幼竜はフィルの手によって動きを封じられた。  「ぎゃうっ・・・。」  『何するんだよ!離せ!!皆は僕が守るんだ!』  『ギャーギャー煩い!それよりお前に聞きたいことがある。何であいつらはあんなことになってんだ?』  フィルに首元を掴まれながら、暴れる幼竜は不思議な色をしていた。赤と青の混じった紫色の鱗を持っている。通常別の竜種の両親を持つ子であっても、どちらかの属性を引き継ぐ。それなのに、目の前の幼竜は2つの色を混ぜ合わせた様な色を持っていた。それは2つの属性を併せ持っているように思える。  『お前らなんかに話すことなんてない!』  『君、何か勘違いしていない?俺たちは助けてって声が聞こえたから、その声を頼りにここに来ただけだよ。助ける必要がないのならこのまま帰るけど?』  威嚇しながらも反抗的な態度の幼竜に、ユデラがありのままを言い放つ。ユデラの言ったことが胸に刺さったのか、幼竜は静かになった。必死に状況を整理して最善を導き出そうとするその姿に、ヴィシルは感心する。  本当に助けが必要ならば、誰彼構わず威嚇していては助からない。助けてもらえるならば、素直に助けてもらう方がいい。ただ、助けた後に無理難題を要求する者もいるため、慎重にならなければいけないということもある。幼いながらに何処かで学んだのか、親から教えられたのかはわからないが、幼竜が考え込んでいることは確かだ。  『・・・本当に、助けて、くれるの?』  『助けが必要ならね。その前にあれはどういうこと?話している余裕があるなら今教えて欲しい。』  幼竜に返事をしたのはユデラだ。視線を幼竜から動けなくなっている成竜へと視線を向ける。4体の成竜が魔法陣の魔法により拘束され、様々な管をその体躯に繋げられていた。動くことだけでなく、話すことすらままならないのか、会話は幼竜としか出来ていない。  周囲には他に魔力は感じられない。誰かが潜んでいるような気配もない。成竜に使用しているような魔法で隠れていなければだが。  罠という可能性もある。幼竜をわざと叫ばせていたと考えることも出来るのだ。その場合は幼竜が敵に騙されている場合、魔法で操られている場合、幼竜に何も気付かせることなく自由にさせ、囮としている場合がある。  幼竜を見る限り操られている可能性はなさそうだ。操られている可能性はないとは言い切れない。何処かに魔術師が隠れている可能性も否定は出来ない。  『・・・ここは、もう誰も来ないと思う。僕たちは捨てられたんだ。』  『捨てられた、とは?何かに失敗したからいらなくなった、ということ?』  捨てられたという幼竜にユデラが問い返すと、幼竜は俯いてしまった。幼竜の話通りであれば、ここには魔術師すらいないということになる。だが、ヴィシルは何か違和感を感じ取っている。  『失敗なのかはわからない。でも、僕の父さんと母さんは動かなくなった。生きてるのに、動かない。ここにいたやつらは、「もう、ここでは限界だ」って言って皆出ていったんだ。』  この場所が限界ということは戻ってくる可能性が高い。魔術師あたりが隠れている可能性も大きいだろう。その場合、フィルが竜だと知られた可能性も考えておいた方がいい。  貴族が所有する場所であれば、魔術師も高位と思っておくべきだ。それならば、簡単に捕らわれた竜を助けることは出来ないと考えられる。  一緒にいた方が安全だと子供たちを連れて来たのは間違いだったかもしれない。ヴィシルに後悔が押し寄せるが、今はもしもの時の回避をどうするかを考えるべきだとグッと堪える。  『それは君たちがいらないんじゃなく、この場所がいらなくなったんだよ。』  『そんなはずない!いらないって言われたんだ!』  ユデラがヴィシルの思ったことを言ってくれたが、幼竜はユデラの言葉を信じようとはしない。  『本当にそう言われたの?あそこで動けない竜たちも?』  幼竜は首を縦に何度も振ってユデラの問いにそうなのだと言う。ヴィシルにはどうしても違和感が拭えない。何かが引っ掛かるのだ。  「シル兄ちゃん、ここ、何かおかしいよ。」  「ここ・・・?」  「うん、ここ。」  チャスが言うここがおかしいとはどういうことだとヴィシルは視線だけを周囲に向けた。違和感はある。この場所ということだろうか。上下左右全ての壁をジッと見つめながら考える。  「壁が、変なの。」  また小声で言ってきたチャスに、ヴィシルも壁をジッと見る。そうして漸くヴィシルは気付いた。壁にいくつもの魔法が施されているということに。  魔法陣がいくつも壁に描かれていて、地面にも天井にもあり、それらは隠蔽魔法によって隠されていた。隠蔽魔法により、発動する魔力でさえ隠されていたのだ。竜を捕らえている魔法陣が目立つことから、他の魔法に気付き難くする効果もあったらしい。  ヴィシルが隠蔽魔法により隠された魔法陣を読み取ると、地面に描かれていたのは転移魔法陣であった。天井のそれは生物感知魔法。それも高度で、どんな生き物が入ってきたかまで読み取るものだった。  壁に描かれていたものは、空間魔法により広くさせるもの、強化魔法によりこの場所の壁の強度を上げるもの、捕獲魔法陣と連結させて捕らえた生き物の発する音を外部に漏れないようにする防音魔法。  それら全ては術者に伝わるようになっていた。幸いこの場所に盗聴魔法陣がないことが救いだ。盗聴魔法陣はその使用を制限されていて、使えなかったか、魔法陣そのものを知らなかったかだろうか。  誰かがこの洞穴に潜んでいる可能性は低くなった。誰が入ってきたのか人物の特定は出来なくとも種族がわかるだけで十分なのだろう。気づかれたらすぐにでも地面の転移転移魔法陣を使い、この場所に駆けつけて来そうだ。  ヴィシルは転移魔法陣のある場所でしゃがみこむと、地面にある転移魔法陣に手を当て魔法陣の効力を奪っていく。全てを消さなくとも、部分的に重要な言語を消してしまえば効力はなくなる。  転移魔法陣にしたように、他の魔法陣にも同様に効力を奪う。最後に4体の竜の元へと歩を進める。  『何する気だ!』  幼竜がヴィシルの前に勢いよく飛び出てきて、成竜の所へと行かせまいとする。言葉がわかるとまだ知られるわけにはいかない。どうしたものかとヴィシルは考える。  『彼らを解放出来るのは、この中ではヴィシルだけだよ。このまま彼らを捕らわれの身にしておくの?』  『でも・・・。』  ユデラに言われ幼竜は俯いた。今は誰かを信じることが出来ないのも無理はない。だが、急がなければここにも敵が集まってくるだろう。そうなれば逃げることが困難になる。  『急がなければ彼らを捕らえた者たちがここに来てしまう。それとも君は彼らを捕らえた者たちが来るのを待っているの?助けてと言っていたのは捕らえる竜を増やすための罠?』  『ち、違う!罠なんかじゃ、ない!本当に、助けて、欲しい・・・。』  ユデラの言葉は冷たいと思われただろう。だが、そう捉えることも出来ると知って欲しいという思いもある。それに時間はそう長くはないのだ。  漸く通してくれそうな幼竜はそっと横に避けてヴィシルが成竜の所へと行くことを受け入れた。ヴィシルは急いで成竜の裏の壁にある魔法陣へとそれぞれ干渉し、効力を奪っていく。すると、1体、また1体と地面に崩れ落ち、暫くしてその目を開けた。  『助けに来た。急いでここを発つ。悪いが少しずつ乗せてくれるか?』  そうフィルが言うと、状況がわからない成竜たちは警戒していたが、同族であることを知り、それも上位の竜だと気付くと警戒心を解いた。4種全ての竜がいるため、フィルとユデラはそれぞれ自分と同種の竜についた。セムアが褐竜につくことになった。  子供たちはそれぞれ分かれて、セムアとシャオムがセザリシオと共に乗ることになり、マノとカノトがフィルと共に、ミシュカとデイアがユデラと共に、ヴィシルは蒼竜にチャスと共に乗せてもらう。幼竜はヴィシルについてくるつもりだ。  まだ信用されていないのか、それとも蒼竜が片親だからかはわからない。洞穴を去るという頃に漸く幼竜の名前を知った。ラゼンと言った幼竜はヴィシルでも抱えることの出来る大きさだが、親である蒼竜の首にしっかりとしがみついている。  それぞれが竜に乗ったことで飛び立つことになった。目的地はデリクト村。助けた竜もいるため、このまま村まで竜で飛んで行くことにした。  不安はある。おそらくは既にこの場所に魔方陣を描いた魔術師が、雇い主に報告し、この地に向かってきていると思われる。急いで発っても敵襲から逃げられるかが問題だ。  それでもこの場所に留まることは出来ないため行くしかない。戦闘になったら迷わず戦うしかないだろう。  「行くぞ!」  フィルの乗る紅竜がその声に洞穴から飛び立つ。続いてセザリシオたちの褐竜、ユデラたちの碧竜、最後にヴィシルたちの蒼竜が洞穴から飛び立った。  無事に空へと行けた、誰もがそう思い安心しただろう。それも束の間、下から魔法陣が浮かび上がり炎や水、風の刃などが4体の竜に向けて放たれた。 「うわっ!」 「キャー!!」 空の上で悲鳴が連発する。当たりそうになる魔法の攻撃を竜たちが避けるが、空に慣れていないセザリシオと子供達は竜にしがみつくのが精一杯だ。フィルとユデラは反撃をしているが、魔術師からの攻撃魔法と当たり空中で爆発が起こる。  魔術師の数とそこから打ち出される魔法の数が多く、顔面に当てられた竜たちはそれぞれが散らばって森の中へと落とされてしまった。一番心配なのはセザリシオのとこだろう。実戦経験がないと言っていい者ばかりが集まっている。他に割り振りが出来ず、成竜を1体だけで飛ばせるのも不安だった。実戦経験を持つのは人型の竜であるヴィシル、フィル、ユデラだけだ。デリクト村にそれぞれ行ってくれればそれでいい。どうにか逃げ延びてとヴィシルは願うしかなかった。  「大丈夫?」  蒼竜と共に落とされたヴィシルはチャスを抱えながら上手く森の中で着地した。ヴィシルにチャスは頷いたが、ラゼンは呻き声を上げていた。落とされた衝撃がまともにあったのだろう。  「おや、こんな所にいたんですね。ラゼン、こちらにいらっしゃい。」  目の前に姿を現した黒いフード付きのマントで全身を覆った魔術師がラゼンを視界に入れ、ラゼンに向けて言った。ラゼンは震えながら蒼竜にしがみ付いて離れない。先ほど攻撃を放っていた魔術師の1人だろう。あれだけの魔法を使ってもまだ魔力は十分に残っていることにヴィシルは感心した。  この場に現れた魔術師は1人ではなかった。ラゼンに言い放った魔術師の後ろから3人が姿を現したのだ。皆同じ見た目をしているが、身長は差がある。ヴィシルが見たままであれば男3人と女1人だろうと予測はしている。  (それにしても、この国の魔術師はここまで魔力が高いのか。竜の気配は感じ取れない。魔力も人のものだ。逃げるためには俺もそれなりに魔力を解放する必要がある。)  仕方ないとヴィシルは諦めるしかなかった。この場でまともに戦えるのはヴィシルだけだ。蒼竜は唸り声を上げているが、捕らわれていた時のダメージが回復しきれていない。飛ぶことは出来るが戦力にはならないだろう。  諦めたヴィシルは両耳のピアスを外し、亜空間収納へとしまう。解放されたヴィシルの魔力に気づいた蒼竜が安堵していくのがわかった。ラゼンはわけがわからないという風に呆然としている。チャスは相変わらずヴィシルの腕の中で呑気だ。  「お前たちも子供だからといって容赦はしませんよ。それはあの方のものです。大人しく返すというならこれ以上は何もしません。」  それというのは蒼竜とラゼンのことだろう。あの方というのが誰なのかは気になるが、長話をするつもりはない。  「断る。なぜウェドリシアにいないはずの竜がいる?それも魔法で拘束されていた。」  「それをお前に説明する必要はありませんね。部外者は即刻退場していただきましょう。」  それが合図となった。他の場所でも爆発が起こる音がいくつも聞こえてくる。聞きたいことがいくつかあるが、この魔術師が答えられるほどの情報を持っているとは思えない。死なない程度に痛めつけて他の助けに行く方がいいとヴィシルは判断した。  ヴィシルたちに向けていくつもの炎や風の刃が向かってくる。上からは頭ほどの大きさの石がいくつも降って来た。ヴィシルはため息をついて蒼竜ごと自分たちを結界で覆う。轟音が周囲に響き渡った。  「青竜は諦めましょう。ラゼンを連れて戻りますよ。」  何故か自分たちが勝ったつもりでいる魔術師が他の魔術師に指示を出す。周囲は放たれた魔法で土埃が立っていて何も見えない。  「森の中で火を使ったら危ないだろう?」  そう言ったヴィシルがいくつもの蔓を魔術師たちに巻きつけていく。植物系の魔法だ。口も話せないように蔓で巻きつけ締め付けていく。風の球をいくつか作り魔術師たちへとぶつけていった。呻き声がいくつも聞こえ、それが聞こえなくなる頃、ヴィシルは蔓だけはそのままに、蒼竜を連れて皆の場所へと向かった。
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