16話《次元の狭間》

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16話《次元の狭間》

 フィルは紅竜が落ちた先に現れた3人の黒いマントで全身を覆う魔術師にため息をつく。マノとカノトはどうにか抱えて地面に直撃だけは免れた。紅竜は弱っているが戦闘をしなければどうにでもなる。これ以上弱られてしまうと移動に困難が生じるのだ。  「こっちにチビはいないな。別の所か。それより、少しは遊べそうだ。遊んでから帰ろうぜ。」  魔術師の1人がそう言うと3人から魔法が放たれた。フィルは炎の属性しか使えない。そのため、森の中では不利な状況だ。近接戦闘をするとなると、マノとカノトから離れなければならない。そうなると紅竜に頼むしかないのだが、子供2人を守り切れるかも不安だ。  (どうすっかな。ヴィシルが来てくれると助かるんだが。)  森ひとつを火事で消滅させるのはまずいだろう。魔法が使えず、防御に徹するしかない。炎で壁を作り周囲に燃え移らないように注意しながら防御を続けた。  「フィルさん、どうして魔法でやっつけないの?」  「俺は火しか使えないからな。森が全部燃えちまう。そうなったら他の皆が危ないだろ?」  「そっか・・・。」  カノトに言われ、フィルがありのままを答える。家族とも言える皆が火事で逃げ遅れたら嫌だ。けれど、今自分たちも危険に晒されている。納得仕切れない返事をカノトはフィルにした。  風の属性を持つユデラは何も問題はないだろう。フィルもまたセザリシオの方を心配していた。魔術師に対抗出来る程の戦闘が出来る者があそこにはいない。どうにかセザリシオが頑張るだろうが、ボロボロになり最悪な事態になりかねない。  急ぎたいのに急げない。苛立ちがフィルの中から込み上げる。その時、よく知る魔力が近づいて来た。やっと来たか。そうフィルが思った直後、魔術師たちはいくつもの蔓で締め付けられ呻き声を上げていた。  「フィル、大丈夫?」  「ああ、助かった。あいにく森ひとつ消すとこだった。」  苦笑いで目の前に姿を現したヴィシルに返す。さっきまでの威圧感はどこかに消え、蒼竜にしがみついているラゼンはまだ呆然と目の前のやり取りを見ていた。  「それは危なかったね。急いで他の皆の所に行こう。」  「ユデラは大丈夫だろうけど、セザリシオが危ないな。」  幸い怪我人はいなかったため、ヴィシルはフィルたちと共にセザリシオを探すことにした。ヴィシルはセザリシオの魔力を探す。だが、どこからもセザリシオの魔力が感じられない。セザリシオだけでなく褐竜もセムアとシャオムの魔力も感じ取れないのだ。  「どういうことだ・・・?ユデラは居場所がわかった。けど、セズたちの魔力がどこにもない。」  魔法陣で隠蔽魔法を使われている可能性もあったが、誰の魔力も感じ取れないのは不自然だった。魔法陣であれば、魔法陣を使用した術者の魔力があってもいい。  「確かに、さっきまではあった魔力がごっそり消えてるな。どうなってんだ?」  不安を抱えながら、先にユデラたちと合流しようと、ヴィシルたちはユデラの魔力のある方へと向かった。  ユデラの所に向かいながらもセザリシオたちの魔力を探っていたが、やっぱり何処にも魔力は感知出来なかった。ユデラたちを見つけた時には既に戦闘は終わっていて、傷だらけで横たわる魔術師が3人いた。合流してからもヴィシルたちはセザリシオたちを探す。しかし、どれだけ探しても見つかることはなかった。  セザリシオが消えてしまった現実は、ヴィシルに後悔を抱かせた。セザリシオは大丈夫だと思い込んでいたこと、セザリシオはミュアドに思いを寄せているのだから、距離を置くべきだと必要以上に近くには行かなかったこと。自分の責任だとヴィシルは唇を噛み締める。  それでも、何処かで生きているという希望は捨てきれていない。拐われた可能性は低いとしても、生きていてほしいとの願いから子供たちを休ませながら探し続けた。 ◇◇◇  ここは何処だ?地面に向かって落ちたはずなのに、セザリシオは痛みを感じることなく褐竜に乗ったままセムアとシャオムと共に見知らぬ場所にいた。見渡す限り闇で生き物も植物も何ひとつ見当たらない。辛うじて自分たちが見えることだけが救いだ。  「ここは、何処だろう・・・?」  シャオムの呟きで呆然としていたセザリシオは我に返る。辛うじて近くにいる褐竜とセムアとシャオムの姿だけは視認出来た。  「・・・ん。」  「気付いた?」  セザリシオは意識を失っていたセムアとシャオムから声が聞こえ、周囲に向けていた視線を2人に移した。褐竜の方はさすがと言うべきか、意識を失うことはなかったようだ。  「なに、ここ・・・。」  「みんなは・・・?」  「ごめんね。魔術師から攻撃を受けたと思ったら気付けばここだった。」  セザリシオが説明するが、セムアとシャオムからは反応がない。顔色も良くわからないほどの暗さのせいか、表情から読み取ることも難しい。  「みんなの所に戻る方法を探さなきゃ。」  「そうだね。」  セムアの言葉にセザリシオは頷いた。頼れる友人たちがいない今、セムアの言葉はセザリシオにとって心強かった。  「貴方は、ここが何処なのかわかる?」  『俺に聞いているのか?』  「うん。」  『俺の声が聞こえるということか。ここは、次元の狭間だろうな。いくつかの魔力の衝突で出てきた入り口から入ってしまったらしい。戻るには俺では無理だ。銀聖竜を呼べ。そうすればここから出られるはずだ。』  「銀聖竜を呼べって、俺たち会ったこともないんだよ?遠い国にいて話したくても話も出来ないんだ。そんなの無理に決まってる。」  『なるほど。俺がやってみよう。だが、誰が来ても素直に受け入れることだ。事情を抱えるのは自分たちだけではないと覚えておくと良い。』  「う、ん?」  「良くわからないけど、わかった。」  褐竜の言うことがイマイチわからず、セムアもシャオムも首を傾げながら頷く。上手くいけば理解するだろうと褐竜はそれ以上は何も言わなかった。  セムアとシャオムの声しか聞こえていないセザリシオにはどんな会話がされているのかわからない。銀聖竜という言葉に反応してしまうが、シャオムの言うとおり無理だとセザリシオにもわかるため落胆した。  みんなの所に戻ること諦めたわけではないので、セザリシオは周囲を観察しながら出口を探す。何も見当たらないが些細な変化が手がかりになる可能性もあると信じて観察を続ける。  その間、褐竜はひたすらヴィシルへと自分たちの居場所を知らせるために魔力を繋げる試みを続けた。 ◇◇◇  魔力探知をしていたヴィシルに、微かに覚えのある褐竜の魔力が引っかかった。見つけたことへの歓喜をどうにか抑え、魔力の行先への道を探る。  「フィス、ユデラ。みんなをお願い。見つけたかもしれない。」  「わかった。気を付けて。」  「行ってくるね。」  褐竜の魔力を辿る道を此方から繋げる。確定したと感じた瞬間を狙い転移魔法を発動した。移動した先は闇に包まれていた。  「ヴィシル?」  「よかった。セズもここにいたんだね。」  なぜここにヴィシルが突然姿を現したのか、それを聞く余裕もなくセザリシオは安堵に包まれる。なぜかヴィシルを見て大丈夫だと安心したのだ。  「みんな待っているから行こうか。褐竜に乗って。」  「う、ん?」  「うん。」  「わかった。」  セザリシオは素直に乗り、セムアとシャオムは困惑気味に返事をして褐竜に乗る。褐竜が威嚇もせず大人しくいることがこの状況は大丈夫だとセムアとシャオムに僅かながら思わせていた。  さあ、戻ろうかとした時だった。闇の中に存在感を増した何かがいた。褐竜は唸り声を上げ、セムアとシャオムとセザリシオの3人は何が起きたのかわからず狼狽え始めた。ヴィシルは戦闘態勢に入る。この中でまともに戦えるのはヴィシルだけだった。  「何・・・?」  「敵がいる。そのまま待ってて。褐竜、3人を頼む。」  次元の狭間に生息する混沌の闇。一度呑まれてしまえば意識が闇の中を彷徨い続ける。自力で抜け出せる者はいないとされる闇だ。唯一抵抗出来るのが聖魔法を扱える竜族である。  「ヴィシル!」  「大丈夫、セズはそこにいて。」  必死なセザリシオの声がヴィシルに届く。おそらく今まで戦闘という戦闘を手抜きしてきたこともあって、ヴィシルの戦闘力はセザリシオより下だと認識されているだろう。それ故かセザリシオは不安を抱えた。  混沌の闇は魔法を放つわけでも、武器を使って攻撃するわけでもない。ひたすら闇へと引きずり込もうとする。微かに触れただけでも耐性が全くない者は即座に引きずり込まれてしまい意識が呑まれる。  ヴィシルは目の前の混沌の闇を視界に収め、光魔法で明かりを灯す。初めから明かりを灯せばよかったのだが、何があるかわからないため使わなかった。ヴィシルが明かりを灯したおかげでそれぞれの姿を認識出来るようになった。  唸り声をあげたままの褐竜に対し、セザリシオとセムアとシャオムの3人はただ黒い靄のようなものをみて息を呑む。混沌の闇は実態を持たないのだ。  ヴィシルを除けば褐竜だけが闇に呑まれずに済む可能性はある。ただ、褐竜では混沌の闇を退けることは出来ない。倒すことすら出来ないのだ。褐竜は陸地での戦闘が得意なだけの聖属性を持たない飛べる竜というだけである。  竜族そのものが人より強いということで、竜族は強いと認識されているが、何を相手にしても勝てるというわけではない。  ヴィシルが聖属性魔法を放つが、次々と避けられていく。狙いを定めて魔法を放っても埒が明かないと感じたヴィシルは範囲で聖属性魔法を放つ。浄化を含む聖魔法は混沌の闇を中心として自分たちのいる場所をも含めて発動された。  それまで闇だった場所が白く染まる。白が収まる頃には混沌の闇は消えてなくなった。  「終わったかな。帰ろうか。」  なんでもなかったかのように言ったヴィシルに答えられる者はいなかった。ただ茫然としている間に終わってしまった。褐竜だけが唯一無言でヴィシルに従う。褐竜の首元に触れたヴィシルは元居た場所へと転移魔法を発動して戻った。  「ただいま。」  「「おかえり。」」  そんなやり取りをするヴィシルとフィスとユデラに周りは戸惑いを隠せない。ちょっとそこまで行ってきましたという、軽い挨拶にセザリシオまでも困惑の表情を浮かべる。  あの空間での得体のしれない靄を思い浮かべては、難しい顔へと変わっていく3人。ヴィシルがひょいと現れてそれほど苦労もせずにあの靄を消し、自分たちがヴィシルが来たことにより難なく皆の元へと戻ってきた現実を受け止めきれずにいた。
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