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18話《セザリシオの思い》
不安定になったミュアドを宥めていたら、いつの間にか一緒に寝てしまっていた。起きたときにヴィシルとフィスとユデラが見当たらなかったけれど、疲れて休んでいるだけだろうとミュアドとゆっくり過ごしていた。
学園に入ってから大人しいと思っていたミュアドだったけれど、自分の血筋など秘密を知ってから俺が宥めたことで、不安を抱える度に俺を頼ってくるようになった。
俺も悩む友人を無下には出来ず、ミュアドが落ち着くまで傍にいることにしている。
けれど、今回はいつも通りとはいかなかった。いつもならば、ミュアドを宥めて落ち着いた後は、それまでと変わらずみんなといた。
「ヴィシルはまだ休んでる?」
「いや、ヴィシルは戻ってすぐにやり残したことがあるからってまた行っちゃったな。けど、何か悩んでいるみたいだった。セズは何か聞いてるか?」
ヴィシルが悩んでる?そんなこと知らなかった。気付きもしなかった。なぜ相談してくれなかったのだろうか。俺が頼りないから?ミュアドは俺を頼ってくれているのに。どうして?
俺はシュギから聞いた内容に戸惑った。ここまでヴィシルと協力してやってきた。今回は俺を置いていった。ヴィシルは俺を必要とはしていない?
「・・・セズ?」
ミュアドが心配そうに覗き込んできた。けれど、俺はヴィシルのことを考えるだけで一杯でミュアドの気持ちにも気付けず、何も言わずに自分に与えられた部屋へと入った。
誰も入れなかったからか、扉の外から話しかけてくるミュアドとシュギの声が聞こえるが、俺はヴィシルのことで頭がいっぱいだった。
憧れの銀聖竜の鱗と同色の髪と同色の瞳を持つ他国から来た友人。実際にミュアドが銀聖竜の血を引くとわかった時は歓喜に包まれて、憧れの存在が目の前にいるという思いが広がった。
最初はヴィシルに惹かれ、後にミュアドに惹かれた。けれど、いつも助けてくれたのはヴィシルだった。
ミュアドが好きだ。でも、ヴィシルを失いたくない。どうすればいいのかわからない。昨夜、同じ部屋にいてミュアドと初めて唇を重ねた。頬を染めるミュアドが可愛いと思えた。
さっきヴィシルがいなくなるかもしれないと思ったら、不安ばかりが押し寄せた。俺はミュアドが好きで、ヴィシルは俺を助けてくれる友人。
「どうして・・・?どうしてひとりで行った?あんな所、死にに行くようなものなのに。悩みがあるなら、話して欲しかった。」
俺は・・・。今、何を思った?ミュアドのように頼って欲しかった?でも、俺は銀聖竜と・・・。
───気付いてしまった。俺は、銀聖竜の孫だからミュアドに近づきたかった?それなら、ヴィシルは銀聖竜と同じ髪と瞳を持つから?
違う。俺は、ヴィシルをもっと近くに感じたい。離れてほしくない。ヴィシルを・・・失いたくない。
焦りは増すばかりだった。もしかして、思い詰めて死んでもいいと思っているかもしれない。俺が気付けなかったから。
悩んでいろんなことを考えていた俺はそのまま寝てしまっていたらしい。朝になってまた扉の外からミュアドとシュギの声が聞こえた。
「セズ、開けて!どうしたの?」
「セズ、そんなにヴィシルが心配なら探しに行けるか聞いてみたらいいだろ?」
そうか。ヴィシルを俺が助ければ良いんだ。
「探しに行く!」
「え?セズ?」
飛び出した俺は真っ先に人の姿になれる竜の2人の所へと向かった。村に残ってくれているキピニアとマーグの所だ。
「キピニア、マーグ。お願いがあるんだ。ヴィシルを助けに行きたい。」
「助けに行く?ちょっと待て。どういうことだ?」
俺がキピニアの服をガシッと掴んで訴えかけると、キピニアは動じることなく聞き返してきた。
「竜を捕らえていた屋敷に、魔術師もいると思う。実験に使われたハーフの子供たちも、洗脳を受けてる人だっていた。ヴィシルは連れ去られた子供たちを助けに戻ったんだよ。このままじゃ、ヴィシルが殺されちゃう。」
「それは、ないと思うが・・・。」
「そんなこと、言い切れない!だから、助けに行きたい!俺を連れていってほしい。」
どれだけ訴えかけても、キピニアもマーグも戸惑う姿を見せるだけで俺の願いを聞き入れてはくれない。どうして・・・?ヴィシルが心配じゃないのか?
「確認してみるから待ってろ。」
キピニアがそれだけ言って黙ってしまった。確認?誰に?ヴィシルと話せるってこと?俺は出来ないのに。
俺だって、ヴィシルと話したい。ヴィシルの1番近くに行きたい。
「ねぇ、セズ兄ちゃん。ちょっと良い?こっち。他の皆は来ないでね!」
俺はチャスに呼ばれた。手を引かれて皆と離れた場所へと連れていかれた。竜の血を引くのだとしても、小さな子を無碍に出来るはずもなく、大人しくされるがままついていった。
「セズ兄ちゃんはシル兄ちゃんを好きなんだよね?憧れは憧れ。ちゃんと区別しないとみんな離れていっちゃうよ?ちゃんと自分と向き合った方がいいと思う。あやふやなままでシル兄ちゃんを追いかけたりしたらダメ!」
小さな少女に諭されてしまった。憧れ?ヴィシルは違う。ミュアドは?そうかもしれない。俺が好きなのは、ヴィシルだ。どちらかが消えてしまいそうなことを想像してみれば直ぐにわかった。俺は、ヴィシルだけは失いたくない。
「わかった?自分が誰を好きなのか。だったらそれを伝えて置かなきゃいけない人がここにもいるよね?あやふやなままはダメだからね?」
「そうだね。ありがとう。」
少女に良い聞かせられた感はあるものの、自分の気持ちに整理がついた気がする。ミュアドと話をしよう。キスしてしまったことは謝るしかない。
チャスと別れ、そのままミュアドの所に行った。
「セズ?」
「ごめん、ミュアド。話があるんだ。」
悲しそうな表情を見せながらミュアドは部屋に入れてくれた。
「俺、自分の気持ちがよくわかってなかった。でも、やっとわかったんだ。」
「なんとなく、わかってたよ。セズはヴィシルが好きなんでしょ?」
「うん。ごめん。」
「謝らなくていいよ。でも、どうするの?」
「追いかける。そして、伝えてくる。」
「そっか。頑張って。でも、気を付けてね。必ず、2人で戻ってきて。」
「うん。ありがとう。」
ミュアドは素直に俺の謝罪を受け入れてくれた。こんなに優しいミュアドを傷付けたことに罪悪感があるが、俺は自分の気持ちに素直でいたい。
ヴィシルと思いが通じて竜の問題が落ち着いたら、俺はヴィシルと共に何処かでのんびり暮らそうと思う。ハーフの子供たちのように事情を抱える孤児も引き取れるはずだ。
それに、このままなら竜との契約は出来ない。父王が交渉しても応じなかったギュシランが、国内の竜に関する問題を解消したからといって、簡単に竜をウェドリシアに来させないだろう。そうなると必然的に兄のどちらかが王となるはず。俺がそこに入った所で何の役にも立たない。辺境伯あたりをもらって、のんびりするのが1番だと過去の俺なら考えただろうけど。今となっては王族として俺の名前が残っていることすら危うい。
自分の気持ちがはっきりして、どうしたいのかがわかると、俺はまた行動に出た。キピニアを見つけた俺は連絡がついたのかを確認したかった。
ヴィシルが無事なのか。どこでどうしているのか。本当なら今すぐにでもヴィシルの所へと行きたい。けれど、今戦闘中ならば俺が途中介入したことで、ヴィシルを危機に晒す可能性だってある。
俺のせいでヴィシルを失うことだけは避けたい。
「ああ、良いところにきた。ヴィシルと連絡がついた。急な用事が出来たようでな。暫く戻れないそうだ。」
「急な、用事・・・?」
「ああ、だから今は追いかけない方が良い。」
急な用事?まさかギュシランに帰る?そうしたらヴィシルは戻って来れなくなる。どうすればいい?ヴィシルがいない世界で俺は生きていく自信が持てない。
父ならばギュシランへの連絡の仕方を知っている。キピニアもマーグも今の様子だと連絡の取り方すら教えてはくれない。彼らが連絡しても今回と同じ様な返答があるだけだと思う。やはり父の所に行く方が確実だろう。
キピニアは俺が返事をしなかったことをわかったのだと判断したらしい。次の作業をするべく、俺に背を向けて何処かに行ってしまった。
とりあえず、置き手紙をすればいいだろうか。竜に乗って行くわけにはいかない。当然歩きで行くことになる。連絡がついたというヴィシルの事が心配ではあるけれど、無事でいてくれると信じたい。思い立った俺は自室に置き手紙をして夜に村を発つことにした。
誰にも見つかることなく、俺は村を出た。後ろからマーグがついてきていることも知らずに。
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