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2話《パートナー探し》
竜についての基礎知識を1ヶ月かけてみっちりと叩き込まれた1年生は、2ヶ月目に入ったこの日はクニシエラ森の入り口に集まっていた。
何のためかは既に誰もがわかっている。1年全員が集められてそれぞれが森へと入るのだが、決して1人では行動しないようにと何度も言われたため、クラス内で数人ずつグループが作られた。
森は広いため1年全員が入った所で何の問題もない。250人が個々で入っても誰とも会わずに迷えるほど広大な森は、竜が自由に動き回れるほど大きいと言っていいだろう。
3人から5人で自由に作って良いと言われたグループは、この1ヶ月間で仲良くなったメンバーで固まっていた。
ヴィシルもシュギ、セザリシオ、ミュアドの4人でグループを作り、森へ入る合図を待っている。
「どんな竜が出てくるかな。」
「出てきても必ず仲良くなれるとは言い切れないし、こっちから何もしなければ攻撃はしてこないって話だしな。俺は紅竜がいいけど、性格的に難しいよな・・・。」
森を見ながら不安そうに呟いたミュアドに、シュギは自分がパートナーにしたい竜種があっても難しいと諦めたように呟く。
紅竜はその名の通り赤い体躯をしているが、燃えさかる赤い炎のイメージ通り、普段は大人しくしていても、一度火がつけば落ち着かせるのは難関だ。
決して気性が荒いわけではないが、売られた喧嘩は必ず買い、それでいて負けず嫌いな性格をしている。
だが、信頼できる者として認識すれば、裏切るようなことをしなければ、紅竜からの信頼は厚いものとなるのだ。
「紅竜をパートナーにしている竜騎士は少ないからね。でも、やってみたら?パートナーにしている竜騎士がいるんだから出来ないわけじゃないんだ。もしかしたらってこともあるから。」
「まぁ、そうだな。」
セザリシオに言われ、納得したようにシュギは頷く。僅かな希望は捨てはしないようだ。
グループが全て作り終わったことを確認した教師たちが、どこにも入れていない生徒がいないかを再度確かめ、ここでもまた注意事項として話し始めた。
「何度も言うようだが、ひとりで行動することのないように。既に魔法が使える者もいるが、拘束や服従などの魔法は使うなよ。竜の怒りを買い、他の生徒にも被害が行く。竜と会うことすら出来なくなると思え。竜は人の言葉を理解する。会話の言葉に気を付けろよ。もしもの時は中断をしなければならない。その時はこんな音が森の中で響くようになっている。聞こえたら直ぐにこの場に戻ってくるように。」
教師は中断する時に使う音をその場で出した。
「やったことあるやつなんかいないだろ。」
「だよな?なんで俺たちが仲良しごっこしなきゃならないんだよ。従えてこそ貴族だろ。上に立たなきゃならないんだからな。」
「準備は出来てるんだろ?」
「当たり前だ。」
教師の声は魔法を使用していたため全体に響き渡ったが、貴族の子息たちが話す声は教師にまでは届かなかったらしい。
周囲にいた生徒には聞こえていたはずだが、子息であっても貴族に何かを言うのは怖いのか誰も咎めようとはしないまま、注意事項を伝え終わった教師は森へ入る合図を出した。
セザリシオには咎めることは出来たはずだが、距離があったため貴族の子息たちの会話は聞こえていない。
聴力の良いヴィシルには聞こえていたが、ヴィシルはウェドリシア国がこの先竜騎士をなくそうがどうでもいいことだったせいか、口にすることはしなかった。
ヴィシルたちがいた場所に、貴族の子息たちの会話が聞こえるわけがないのだから、ヴィシルが知らなかったと言っても、誰もヴィシルを責めはしないだろう。
聞こえていた生徒たちだけが不安を抱えて、竜騎士となるべくパートナーの竜探しが始まった。
「何もいないね。」
森の中を歩き始めてそれほど時間は経っていないが、生き物が何も見当たらない。竜が好んで食する魔物も人を襲わない程度の種なら生息していると思っていた。
「確かに、これだけ歩いて来たら何かしらいてもいいくらいだよな。」
「学園の所有する森でもここまでいないのはおかしいね。何かあるのかな。」
見渡しながら先頭を歩いているシュギが呟いたミュアドに同意する。セザリシオもおかしいと言い、何の生き物もいない状況が不気味に思えていた。
そんな中で爆音が森に響き渡る。直後に竜の咆哮が聞こえた。
「誰かが失敗したのか?」
「逆鱗に触れたのかもしれないね。」
「こっちに来ないよね・・・?」
「教師も待機しているから何とかするだろ。」
誰かがパートナーにするのに失敗したのだろうと結論付けたシュギに、同意するかのようにセザリシオが言った。
怯えながら被害がこっちにまで来るかもしれないと思ったらしいミュアドに、シュギは教師が待機しているから大丈夫だと言う。
ヴィシルは今の爆音と竜の咆哮がもしかしたら貴族の子供たちが引き起こしたものかもしれないと、出発前の聞こえてきた内容が頭に浮かんだ。
だからといって、ヴィシルが助けようなどと思えることでもないので、シュギの教師がなんとかするだろうの意見に賛成する。
「こっちも探さないと時間なくなるよ?」
「そうだね。」
ヴィシルが言うとセザリシオが頷いて歩き出した。
それに続くように、シュギもミュアドも爆音がした方とは逆の方向へ向かっていく。
聞こえた竜の咆哮が怒りであることを知るのはヴィシルだけだろう。助けに行った教師も無事かはわからない。
結果は戻った時にでもわかるだろうと、今は竜と出会うことを優先した。
「さっきの咆哮は竜だろうからどこかにはいるんだよな。こんなに見つからないもんなのか?」
「少し休もうか。そこに湖もあるし。」
湖まである森を選んで学園は敷地にしたのだろう。
青い体躯の蒼竜は水を好み、緑の体躯の碧竜は木々の多い場所を好む。
茶色の体躯の褐竜は土や岩場を好むため、湖のある岩場の多い森を選べば殆どの竜が来ると思っていい。
赤い体躯の紅竜だけは好む火山に人が住めるはずもなく、気紛れに遊びに来るのを待つしかないのだ。
殆どの条件を兼ね備えた森は少ないため、湖が森の中にあるだけでもいい方である。
「闇雲に動き回っても無理だよね。このあたりにも居そうな気がするんだけど、そう簡単に出会いがあるわけないか。」
「僕はパートナーにするなら蒼竜がいいな。冷静に判断してくれるのは凄く助かるよ。」
水辺に座り、これからどうしようかと悩む。湖を見ながらセザリシオが諦めるように言った。
ミュアドは蒼竜の性格に惹かれたようで、パートナーには蒼竜がいいと言う。
「シュギは紅竜でミュアドは蒼竜か。ヴィシルは?」
「俺・・・?まだ、わからない。そういうセズはこの竜がいいって希望はあるの?」
「俺は、出来るなら銀聖竜だけど。この数百年、銀聖竜を見たっていう人がいるわけじゃないし、今もどこにいるのかさえわからないからね。記述を先に読んでしまったから、銀聖竜への憧れが強すぎて、現実はヴィシルとそう変わらないかな。」
セザリシオから話をふられたヴィシルは、パートナーの竜のことを考えていなかったため、わからないと答えた。
セザリシオに聞き返せば、遠い目をしながら記述にある銀聖竜がいいと言う。
しかし、銀聖竜はウェドリシア国に姿を現すことがないため、記述以外で姿を見る人がいないのだ。それも記述は王族にしか閲覧出来ず、他は話を聞くか想像で描かれた絵本くらいだ。
「さすが王子様だな。でも銀聖竜か。憧れる気持ちはわからないでもないけど、本当にいるんかな。記述には何て書いてあるんだ?俺らには記述は読ませてもらえないし、噂のようなものでしか知らないからな。」
「そうだったんだ。銀聖竜は銀色で瞳が金ってことは知ってる?光が当たると銀の鱗は虹色に輝くらしい。魔法属性ははっきり書かれていないけれど、いくつもの魔法が使えるらしいんだ。それと、竜の中では一番強い竜種ってことかな。ヴィシルを見た時は驚いたよ。記述に残されている銀聖竜の体躯の色と同じ髪色で、瞳も同じ色なんだから。全く同じではないと思うけど、やっぱり綺麗だなって思う。」
思い出すようにしてシュギに聞かれたセザリシオは語りだした。
しかし、記述にも正確な銀聖竜の詳細は書かれていないようだ。
憧れの眼差しには寂しさも混ざり、セザリシオは銀聖竜はお伽噺に出てくる架空の存在として思い込もうとしているようにも見える。
最後にヴィシルの髪と瞳の色を言われたが、ヴィシルは苦笑いをするしかなかった。
「詳しいことは残されてないから、きっと何かしらの理由で書けなかったんだと思う。噂がどんな内容で伝わっているのかわからないけど、記述にも多くは書かれていないから、知ってることに大差ないと思うよ。」
「記述に残されてるのは知られても問題なさそうな内容だな。」
セズの話を聞いてシュギは特に隠すような内容でもないと感じたようだ。
確かに記述を王宮に保管し、王族以外閲覧出来ない状態にするほどの内容ではない。
他に極秘内容が書かれているか、その書物に王族以外に見せられない何かがあるか、そのどちらかだろうと思うのはシュギだけではないだろう。
ヴィシルもまた、口外出来ない何かが書かれているとは考えているが、実際に書物を見たこともなければ、この先見ることが出来るかもわからない。
自分も隠さなければならないことが多いせいか、聞けば自分も追及される気がしてヴィシルは完全に受け身になる。
どのみち学園を卒業してしまえば関係ないという結論に達した。
「そう、だね。これからどうしようか。」
「歩き回っても、ここに留まっても出会いはないよな。どっちでも変わらない気がするのは俺だけか?」
水辺に座ったまま、この後のことを考えていると、どこからか音が聞こえてくる。
それがこの森に入る前に聞かされた、授業の中断であり帰還を意味する音だとすぐにわかった。
「帰って来いって言われてるぞ。」
「そうだね。何かあったのかな。」
「戻ろうか。」
「うん。」
シュギが仕方なさそうに言うと、セザリシオも肩を竦めて早い帰還を知らせる音に何かあったのではと思う。
ヴィシルが戻ろうと言うとミュアドが素直に頷いた。
集合場所に戻ると誰もが落ち着かない様子で、中には不満を言う生徒も何人かいる。
何があったのかは、一ヶ所に集まった人だかりと、その周囲にいる生徒たちの会話から直ぐにわかった。
ヴィシルたちは人だかりに混じることなく、少し離れた場所で教師からの指示を待つ。
「あの話は本当なのかな。」
不安そうな声でミュアドが人だかりを見ながら言った。
家族に竜騎士もいなければ、それに次ぐ収入のある魔導士すらミュアドの家族にはいない。それはミュアドに期待がある一方で、ミュアドが竜騎士にならなければ家族の生活に余裕が出ないということでもあるのだろう。
平民であるミュアドは自分が竜騎士になりたい思いもあるが、家族の生活のために竜騎士になることを望んでいた。
人だかりの中心と校舎の方を何人かが行き来し、その中には治癒を専門とする魔法士もいる。
それだけでも怪我人は相当な重傷だと思えた。
「あれを見れば嘘だとは思えないな。この後どうなるかはわからないが、国の問題に発展するんじゃないか?」
「うん。そうなると思う。今いる竜騎士の竜が留まってくれることを願うしかないよ。でも、今回問題を起こした貴族の家は、どうなるかわからないけどね。あれだけ言われた上での行動だからそれなりに覚悟もあったと思うけど、その代償は相当なものだと思うよ。」
不安を隠せないのはシュギも同じようで、セザリシオは王子らしく国のことを考えているようだ。
もし、竜がウェドリシア国から姿を消してしまったら、それこそ国としては大きな損害となる。
国の戦力はもちろんだが、各地との行き来も緊急時には竜騎士が空を移動することで、時間を大幅に削減出来ていたのだ。
竜がいなくなれば一番速い移動は馬である。他の場所に瞬時に移動出来る魔法が存在しないため、竜の存在はウェドリシア国にとってなくてはならない存在なのだ。
「セズも手伝いに行くの?」
「俺は行っても何も出来ないから、皆と一緒に学園に残ることになると思うよ。」
ヴィシルの問いにセザリシオは首を振って否定した。第3王子で上2人の王子が既に竜騎士でもあり、竜騎士でもなくパートナーの竜すらいないセザリシオが出ていった所で出来ることがないらしい。
貴族への処罰は王が下し命令を出せば、竜騎士である王子を中心として貴族は罰せられていく。
代々長男が王となっているウェドリシア国では宰相や将は王族である王の兄弟で固められている。
そのため、王族であれば竜騎士になることが当たり前とされ、セズも竜騎士となり徐々に政治に関わっていくのが決まりだ。
「全員集まったか?」
教師の声が辺りに響く。負傷した貴族が応急措置を終えて運び出されたからか、人だかりはなくなり残された生徒たちは教師の声で静まり返る。
「これから今後の授業内容について担当教師から連絡がある。各クラスに戻り待機するように。」
竜に対してウェドリシア国で禁忌とされる魔術を使った生徒がいたせいで、今後の竜と接点はなくなるかもしれないという不安が学園中に充満している。
既に竜をパートナーにしている上級生ですら、パートナー解消という前代未聞の事態が予想されるため、不安は隠せず顔色は悪い。
意外と学園の判断は早く、クラスに戻って間もなくSクラスの担当教師であるユイミルが入ってきた。
「席についてください。この後は基礎学となりますが、クラスにいないゲレイナ君とカリムロ君はこのまま休学することになりました。事情を噂で聞いているかもしれませんが、彼らは禁忌を犯しました。そのため重傷を負っていますが、回復次第何かしらの処罰があります。今回の件ですが、外部の者に口外することを禁じます。もちろん家族もですよ。これは学園の決定事項ですので、守れなかった場合はその生徒も処罰の対象となるので気を付けてくださいね。」
ユイミルの言葉にクラス中が静まり返る。いずれ国中に知れ渡ることだとしても、これは学園として生徒に対する配慮なのだろう。
口外すれば処罰の対象となる、と言われてしまえば、最高職となる竜騎士を目指す者は誰でも口を結ぶ。
基礎学の授業を午前の残り時間と午後に割り振られた分を終えて、この日の授業は終わりとなる。
そして、この週に再び森へと入ることはなく、竜騎士が竜に乗り移動する姿でしか竜を見ることは叶わず、それでも竜騎士が竜に乗っている姿を見かけるたびに、生徒たちは胸を撫で下ろすのだった。
「どうなるんだろうな。今週は森に入れないまま終わっちまった。竜が完全にいなくなったわけではないんだよな?」
不安そうにシュギが言う。週末で翌日は学園が休みということもあり、セザリシオの部屋に押し掛けるようにして集まっている。
集まるといってもいつものメンバー4人だけであり、気兼ねなく色んな話が出来るのだ。
竜に関してはウェドリシアからギュシランへと帰還命令が発令された。この中でそれを知るのはヴィシルだけだが、話せることではないため言えないのだ。
「竜騎士がパートナーの竜といるのを見るから、完全にいなくなったわけではないと思う。でも、噂だけど、上級生たちのパートナーになった竜は、姿を現さなくなったらしい。たぶん、あの森に住んでいたからだと思うけど。」
竜騎士となれば行動を共にすることが多く、竜騎士の持つ家は大きく造られ、共に生活することになる。
それが信頼関係を強くするとも言われ、学園を卒業した竜騎士は竜と共に家に帰ることになるのだ。
それまで竜騎士のいなかった家では、卒業までに家を建て替えることになるが、金銭面で援助を受ける平民には、建て替えの援助もある。
その代わり竜騎士となった時には、国のために生涯働き続けなければならない。給料も他の職業に比べれば高額のため、文句がでることは殆どないのだ。
「あの森だけ竜が寄り付かなくなったって思っていいのか?敷地から出られないからわかんねーな。」
「俺も詳しくは知らされてないからわからない。ごめんね。」
「謝らなくていいからな。それにこの状態じゃ、知らせようにも知らせには来れないだろ。」
しんみりとしながら、シュギとセザリシオの会話が続く。ヴィシルとミュアドは完全に聞き手に回っている。
クラスだけでなく学園中に不安が渦巻く中、自分とその友人にすら元気付けられないセザリシオは、学園の生徒たちにかける言葉すら浮かばなかった。
今は友人に謝罪の言葉をかけることで精一杯で、王族として何も出来ない自分が嫌になりつつあった。
それでもセザリシオは竜騎士にならなければならない。国のためであり、国民のためであり、自分に愛情を注いでくれた母のためにも。
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