3話《消えた村人》

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3話《消えた村人》

 森での事件から1か月が経った頃、まだ森へ入ることが出来ない生徒の間で、不安はピークに達していた。  それもそのはずで、竜騎士のパートナーとなっている竜すら見ることがなくなったのだ。  空を飛ぶ竜の姿が見えなくなったことで、ウェドリシア国から竜がいなくなったのでは、という声があちこちから聞こえてくる。  「この学園どうなるんだろうな。この前学園に用事があったっていって来ていた親父と会って話したんだけど、俺の親父も竜がいなくなったって騒いでたよ。やっぱりあれが原因なんだよな?」  「うん、そうみたいだね。物資の運搬も緊急性のあるものは竜騎士見習いがやっていたけど、もう今までみたいには早く届けるなんてこと出来なくなってるみたい。竜が姿を消したけど、戻ってくるかもしれないっていう期待もあって、学園はそのまま続行するみたいだよ。」  セザリシオの所には時折使者が来て、知らせておくべきことを伝えに来ているようだ。王子として知っておくべき最低限のことであり、重要なことほどセザリシオの耳には入らない。  国政は現王が中心となって行うものであり、まだ学生のセザリシオには必要のないこととされているのだろう。  ウェドリシア国の王都は慌ただしさを増すばかりで、竜がいなくなったことによる損害は大きい。  (ここまで酷くなるものなのか。何もかも竜に頼り切っていたってことだろうな。) ◇◇◇  「今日から2週間、実戦も兼ねて学園の外に出ることになりました。本来ならば2学期に行う授業ですが、この状況ですので早めて行おうとの決定です。3人から4人のグループになって門の所に集合してください。宿泊場所は必ず宿とは限りません。余計な物は持たずに集合してくださいね。必要なものはこちらで用意するので何もなくて大丈夫ですよ。」  事件があった日から2ヶ月が経った頃、ホームルームでユイミルから学園の外に行くことを告げられる。  この学園が全寮制で寮が学園の敷地内に存在することもあり、外の状況を話でしか聞けない生徒たちは、事件後初めて自分の目で見る機会となった。  不安と絶望に押し潰されそうになっていた生徒たちに、僅かな光が差したように思う。  少しだけ元気な表情を見せるクラスメイトたちと共に、ヴィシルたちは門の集合場所へと向かった。  「外はどうなってんだろうな。ここは首都だから食料にも困らないけど、これから行く所は辺境にあるんだろ?」  「俺たちは完全に自炊することになるね。竜騎士といっても野営することもあるから。その一歩だと思う。でも、こんな時期だと辺境の村なんかはどうなってるか・・・。」  集合場所に着いてシュギとセザリシオが話す内容に青ざめていくミュアドにヴィシルは気付いた。  今の話から察することはミュアドの実家は辺境にあるということだ。  これから行く場所がミュアドと関わりがあるのかわからないが、少なくとも向かう先の村とミュアドの実家のある場所はそう変わりがないのだろう。  「ミュアド、大丈夫?」  「うん、大丈夫だよ。ありがとう、ヴィシル。」  ヴィシルが声を掛ければ、ミュアドは笑顔を見せるが顔色は悪いままだ。  この数カ月共に行動していくうちに、ヴィシルはミュアドとシュギとセザリシオの3人に情が沸いてきていた。  入学する前までは誰かと深く関わることなんてないと思っていたヴィシルだが、情が沸けば自然と関わりも深くなっていく。  ヴィシルの心配する思いは本物だった。  「あぁ、そうか。ミュアドの実家も辺境にあるんだよな?これから行く場所に近いのか?」 シュギがミュアドに聞いた。  「うん。近くはないけど、遠いわけでもないよ。行こうと思って行けなくはないけど。」  「それならユイミル先生に許可もらって行ってみる?無断でいったらだめでも許可もらえば行けるかもしれないよ?」  行ってみる?と言ったセザリシオにミュアドは驚きの表情を見せる。  許可がもらえるとは思っていないが、確かめることが出来るかもしれないとわかっただけで、ミュアドの顔色も少しは違う気がした。  集合場所には1年全員が集まり、それぞれのクラスの担当教師が引率として行くようだ。  「出発前に渡す物がある。これは宿がない場所での必需品だ。多く見積もってはいるが、その分重量も増えているから気を付けろ。出来るだけ自力で食料調達はするように。そのための基礎知識は授業でやったはずだ。1日かけて目的地周辺に行き、5日間を野営に使う。そして、1日かけて戻ってくるという日程だ。疑問点などは野営に入る前に担当教師へ聞いて解決しておけ。では、順番に配る。」  全体への説明をAクラスの担当教師であるベグナルという男性教師が行った。  説明が終わり、それぞれに中身の詰まったリュックと、防寒具にもなるマントが手渡される。  野営に必要な物が入っているというリュックは持ってみれば重量があり、説明の内容を思い出してなるほどと思う。  テントというものはないが、毛布は入っているようだ。  他には非常食が日数分にプラス1日分が入っていて、非常時のことも考えられているらしい。  「ユイミル先生。ミュアドが実家のことを心配していて、無事かどうかの確認に行きたいのですが、大丈夫ですか?場所は向かう先からそう遠くないそうです。」  「実習期間に済むのでしたら構いませんよ。セザリシオ君のグループは優秀なので心配はしていませんが、少しでも危険を感じたら無理をしないでください。」  「わかりました。ありがとうございます。」  人数が少ないSクラスでの配布物が終わり、セザリシオがユイミルに許可をもらいに行くと、すんなりと許可はもらえた。  しかし、野営は常に危険と隣り合わせである。いつ何が起こるかわからないのだ。  無理をしないとの約束をして、野営開始と共にヴィシルたちはミュアドの実家に向かうことにした。  各クラスに配布物が行き渡り、最終的な注意事項を言われ、それぞれが大型の馬車に乗って移動し始める。  ヴィシルたちも割り当てられた馬車に揺られながら辺境の町、ガウセルを目指す。  ガウセルで馬車を降り、そこからは町を出て解散となる。最終日の夕刻にはガウセルへと戻ることになっているのだ。  ミュアドの実家があるリプス村はガウセルから歩いて1日はかかるらしい。  ヴィシルほどではないが、ミュアドも遠くから学園のある首都に来たようだ。  「何で、みんな、平気、なの?・・・うっぷ。」  「ちょっ、吐くなよ?ここで吐くな!外!外に顔出せ!」  馬車が走り出して首都が見えなくなった頃、道も悪くなるせいか揺れが酷くなると、馬車酔いをする生徒が出てきた。  ヴィシルたちの乗る馬車はSクラスだけで乗っているが、クラスメイトのひとりであるパストナという男子が顔を真っ青にして、吐き気を訴える。  なんとか走る馬車から顔を出して、外に吐き出したが、止まるまでパストナは馬車から顔を出したままだった。  途中休憩で止まった時にはパストナを始め、他の馬車でも酔った生徒たちが、草を布団代わりに次々と横になっていく。  「おいおい。お前らこんな揺れで酔っていてどうする。竜はもっと揺れるぞ。」  引率教師のひとりが言うが、この中で実際に竜に乗ったことがある生徒はどれだけいるだろうか。  それに現状では、竜を1体も見かけなくなっていて、この先竜に乗れるという確証がどこにもないのだ。  王族貴族以外の首都から離れた地域に住む生徒は、揺れの酷い馬車は乗りなれているが、首都に住む平民には慣れているはずがない。  王族貴族は身内に竜騎士がいることが当たり前で、乗せてもらう機会もあるという。  しかし、職人の家だったり、商人をしている家には竜騎士がいることは当たり前ではなく、馬車で遠くまで移動することもないのだ。  そして、ヴィシルに関しては学園に入るに至って、ウェドリシア国に竜に乗って移動してきている。  横になっていた馬車酔いしていた生徒たちが、復活したのを確認した教師たちは、馬車に乗るように言い、漸く吐き気が治まった生徒たちは再び顔色を悪くさせていた。  夕日が見え始めた頃、ひとつの小さな町が見えてくる。  馬車酔いしている生徒以外は無事にガウセルに着いたと言っていいだろう。  酔った生徒たちとそのグループメンバーは町で休む許可が降り、引率教師がひとり残って、他の生徒たちは町を出ていく。  これから夜になろうと、これは野営をするという授業であり、自力で生活することや、危険を回避する能力を少しでもつけるという目的がある。  「よし、休んでいるやつらとそのグループメンバー以外は揃ってるな?自分のグループメンバーが足りないってとこはないか?よし、では解散。」  町を出た所で引率教師が確認を取り、全員が揃っていることがわかるとその場で解散となった。  ヴィシルたちはミュアドに方角を教えてもらいながら、ミュアドの実家のあるリプス村へと向かう。 ◇◇◇  「なぁ、何でこんなに魔物が多いんだ?ミュアド、辺境はこんなものなのか?」  「そんなはずない。戦えない村の人が、魔物にこれだけ出てこられたら、どうすることもできないよ。」  シュギに聞かれてミュアドが答える。襲いかかってくる動物型の魔物をリュックに入っていたナイフを使い倒していく。  ナイフといっても剣より小型なだけで、果物ナイフよりは大きい作りになっている。  戦闘の基礎訓練を授業でしてはいるが、王子であるセザリシオは幼少の頃から、専属の剣術士による指南を受けているため動きに無駄がない。  シュギに関しても父親が竜騎士であるせいか、幼い頃から父親からの指導をうけているようだ。  ヴィシルもミュアドも2人が先陣きって倒してくれているせいか、怪我ひとつせずに襲いかかる魔物を倒せている。  「どういうことかな。竜が姿を見せなくなったことと関係あると思う?」  「わからないけど、関係ないとは言い切れないよね。」  バッサバッサと魔物を斬り倒しながら、セザリシオが投げ掛けた疑問にヴィシルが答える。  竜は魔物を食べるため、ウェドリシア国から竜がいなくなったのであれば、繁殖力の高い魔物が増えてもおかしくはない。  それに、竜から隠れるようにして生きていた魔物が、竜の気配や魔力を感じなくなったことで、姿を現し始めているのだろう。  この森に入ってきているのは、ヴィシルたちのグループ以外にもいるが、どこも息が上がって来ているように思う。  「今日はこの森の中で野営するしかないかな。俺とシュギでこのまま魔物を対処するから、ヴィシルとミュアドで野営の準備をお願いできる?魔香も忘れないで。」  「わかった。出来るだけ急ぐよ。」  セザリシオが指示を出し、ヴィシルが答えてミュアドと一緒に野営の準備を始める。  セザリシオが指示を出したタイミングは、野営をするのに丁度良い場所で、辺りの枯れ葉などを集め、木の枝で覆うようにして魔法で火をつけた。  火が安定した頃に、リュックの中に入れられていた、魔香と呼ばれる液体の入った瓶から数滴を火の中に垂らす。  こうすることで魔物が嫌う匂いを放ち、魔物を寄せ付けなくして、安全に野営が出来るのだ。ウェドリシア王国が考案したものでもある。  魔物が近寄らなくなってきたのを確認し、セザリシオとシュギが数匹の猪の魔物を手に、焚き火のある所へ来た。  「丁度良いのがいたから持ってきた。食べようぜ。」  丸焼きにするのかと思えば、ナイフで切った猪の肉を、木の枝を上手く使い、串焼きにするらしい。  シュギが手慣れた様子で、木の枝に肉を刺していき、それを焚き火の近くの地面に刺した。  「慣れてるね。」  「親父に叩き込まれたからな。休みの日には森に連れていかれて、魔物を倒してこうして串焼きを作らされた。」  ヴィシルが言うと、シュギは懐かしそうに微笑みながら、次から次へと肉を刺した枝を、地面に突き刺していく。  父親を尊敬しているのだろう。そんな父親に叩き込まれたことが、こうして役に立っているのだから、シュギの嬉しさも増しているようだ。  「親父は諦めてない。必ず戻ってくるって信じてる。あいつらがしたことは許せないけど、だからって人がみんなあいつらと同じじゃない。きっとラドは親父のことわかってくれてるはずだ。ずっと一緒だったんだからな。」  「そうだね。」  シュギの言うことは間違ってはいない。ヴィシルも頷きながらこうして行動を共にしているシュギも、セザリシオもミュアドも性格は違っていても、優しさを持っているのだ。  深く関わろうとしなかったヴィシルが、少しずつではあるが信頼し始めているのは確かだろう。  魔香は1滴で約3時間の効果があるとされている。それを3滴焚き火へと垂らしたのだから約9時間の効果があると思っていい。  シュギの作った串焼きを食べ終えて、リュックから毛布を取り出し、ヴィシルたちは魔香の効果がある間に睡眠を取ることにした。  「こっちは全部片付いたよ。」  「こっちも大丈夫だ。行くか。」  魔香が消える前に目を覚まし、非常食を朝食としたヴィシルたちは、跡を残さないように片付けをする。元通りになったことを確認し、リプス村へ向かっていく。  夜と違い、魔物の数は減ってはいるが、それでも多いと感じるほど頻繁に遭遇する。  学園に入るまで一通りのことをやらされてきたヴィシルも、セザリシオとシュギ同様に戦えるが、2人が率先して魔物を倒していくため、ミュアドと共に時々剣を振るう程度だ。  「ミュアド、方向こっちであってるよな?」  「うん、あってるよ。このまま真っ直ぐ行けば村の近くに出るはずだから。」  シュギに聞かれたミュアドが答える。方向としては真っ直ぐであっても、森を抜けた先がどんな地形なのかはわからない。  森を抜けたのはお昼頃で、丁度良く森を出たあたりで鳥の魔物に襲われたため、数羽倒していたことで今までと違った食料を確保出来た。  岩場の多い場所に出たヴィシルたちは、森の出口付近で木の枝をいくつもかき集めてから、適度な場所へ移動して焚き火を始める。  今までと同じように魔物に近寄らせないため、魔香となる液体を1滴だけ焚き火へ落とした。  「この岩場を抜ければ村が見えてくるはずだよ。」  「もう少しだな。」  焼いた鳥を食べ終えてから火を消して、先を急ぐことにする。嫌な予感がするのはヴィシルだけではなかったようで、村が近くなった頃にはミュアドは落ち着かなくなっていた。  魔物の数は相変わらずではあったが、村近くの岩場では少ないようにも思える。  おかしいとは思うが、その原因はわからないまま、村へと急ぐしかなかった。  「なんで・・・。嘘、でしょ・・・?」  「誰も、いないな。」  村まで辿り着いたのは夕暮れ時ではあったが、誰も見当たらず人の気配が全くない。  そんな村の状態を見たミュアドは不安を露にして、見渡しながら何があったのかを必死に見つけようとする。  不自然なのは村人だけが生活感を残した状態で、そっくり消えていることだ。  「何も、聞いて、ない。ねぇ、みんな、どこ・・・?」  4人で手分けして村の中を見て回るが、やっぱり村人はどこにもいなかった。  ミュアドの実家にも入ってはみても、家の中にもミュアドの家族は見当たらず、どこかに隠れている様子もない。  「どうする?村の周辺も探してみる?」  「・・・うん。ごめんね、探したい。父さんも母さんも、お祖父ちゃんも、ケリアナもみんなどこかにいるって、思いたい。確かめたい。お願いします。手伝ってください。」  セザリシオに言われ、ミュアドは探したいと言い、ヴィシルたち3人に頭を下げてお願いする。  「頭を上げてよ。大丈夫、手伝うから。何か事情があってどこか違う場所にいるんだと思うよ。」  「うん、ありがとう。」  ヴィシルが気遣いながら言うと、ミュアドはお礼を言った。  生活感をそのままに姿を消していること、争った形跡もなく魔物の足跡すらないということは、村を出なければならない何かしらの事情があったとみていいはずだ。  「たとえば食料に困って取りに行ったとか。飲み水を確保するために別の場所に一時的にでも移動しているとか。もしくは、別の何かがあった。」  「ひとつずつ思い当たることを確かめていこう。きっと何かしらの手がかりが出てくるはずだよ。」  ヴィシルが状況から可能性のあることを挙げていくと、セザリシオが行動した方がいいだろうと提案する。  しかし、既に暗くなってきているため、今から探し出すのは困難だろう。  「探すのは朝になってからにしないか?こんな状態じゃ俺たちが先に体力を使い果たしちまう。ミュアド、家使わせてもらえないか?」  「そう、だね。うん、いいよ。中に入って。」  シュギに言われミュアドは実家となる家に入るように3人に言った。  ミュアドの家は大きいわけではないが、中は綺麗に片付いていて、掃除が行き届いているように思う。  何かを食べようとして食料の保管庫を覗いたミュアドは驚いた。  そこには食料となるものが何ひとつ置かれていなかったのだ。  「みんな、食料庫に何もない。もしかしたら食料を探しに村をでたのかもしれない。たぶん、僕には知らせる手段がなかったのかな。」  「食料がないなら探しに行ったっていうのが一番可能性としては高いね。もしかしたら気付いてないだけで、家の中に何かしらの手がかりがあるかもしれない。探してみよう。」  ミュアドが食料庫に何もなかったと告げると、セザリシオから家の中にあるかもしれない手がかりを探そうと提案がある。  些細なことでも家族の居場所の手がかりが欲しいミュアドは、家の中を探すことを3人に手伝ってもらうことに決めた。
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