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4話《家族の行方》
「何、これ。どこの言葉かな?」
自分の祖父の部屋で、見慣れない文字の書かれた紙を見つけたミュアドは、その紙を持って休憩のためにダイニングのテーブルに置かれた椅子に座っている3人の所へ行った。
「これ、何か意味があると思う?どこの言葉かもわからないから読めないんだけど。」
「何だこれ?見たことない文字だな。」
ミュアドがテーブルに紙を置くと、その文字を見たシュギが眉間にシワを寄せながら、見たことがない文字だとという。
(竜仙語!?何でミュアドの家に!?どういうことだよ・・・?)
竜仙語とは竜族が主に使う言語であり、人形をとる竜族が必要に迫られ専用の文字を作ったことで名付けられた文字である。
竜仙語を見たことのある者は限られていて、竜との関わりがある国の王族であれば見たことくらいはある文字だ。
人の中でこの文字を読み書き出来る者はそう多くはないだろう。
「・・・竜仙語、だね。王宮の極秘資料室で見たことはあるけど、何て書いてあるんだろう。これ、ミュアドのお祖父さんが書いたのなら、凄い人だと思うよ。もし、そうだとしたらどこかに解読表があったりしないかな。辞書でもいいんだけど。」
(人が学ぶとなるとたしかに辞書か解読表が必要ではあるけれど・・・。俺が読めることは黙っておいた方がよさそうだな。居場所が書かれているから、ミュアドのお祖父さんが書いたんだろうけど、何か引っかかるんだよな。セズが解読後に何か思いつくかもしれない。)
文字を見たヴィシルは直ぐに読めたが、竜仙語が読めることを知られるわけにはいかない。
解読が出来るのであれば、出来るだけ早く解読が出来るように手伝うことで、この文字が読めれば先の判断をセズがしてくれるはずだ。
このメンバーの中で冷静に物事を捉え、一番的確な判断を下すのがセズであることをヴィシルは感じていた。
「お祖父ちゃんの部屋に本がいっぱいあるから、もしかしたらその中にあるかもしれない。こっちだよ。」
竜仙語を見たことがあるセザリシオによって、何の言語かはわかったが、解読まではいかなかった。
ミュアドが祖父の部屋にある本の中に、辞書があるかもしれないと、祖父の部屋へと3人を案内する。
部屋はそれほど大きくはないが、たしかに多いという本は壁一面に作られた本棚に隙間なく並べられていた。
「ここから探すのか。時間がかかりそうだな。」
ため息混じりに本の数を見たシュギが頭を抱える。確かに多くの本があるが、背表紙には様々な言語の文字が書かれていた。
ミュアドの祖父はおそらく様々な国や種族の言葉を学び、それを話すだけでなく読み書き出来るまでにしたようだ。
その多様な文字の本が並ぶ中、一番上の棚の隅に数冊質の違う背表紙の本があった。文字を良く見れば竜仙語であり、ヴィシルの視力の良さはこんな所でも発揮した。
「あそこにある3冊ってそうじゃない?」
「え?ちょっと待って、あ、本当だ。ヴィシル、良く見えたね。」
「うん、視力は良い方だから。その中に辞書があるといいけど。」
ヴィシルが視線を動かしただけで、竜仙語で書かれている本を見つけ、ミュアドに伝えると梯子を使って上っていく。
ヴィシルが指差した場所にあった3冊を手にすると、紙に書かれた文字と同じ文字もあり、それが竜仙語の本だと確認できたミュアドは嬉しそうに下りてくる。
3冊の本を開いて行くと、1冊は銀聖竜の歴史が書かれた本、もう1冊は魔法書、そして最後の1冊は竜仙語の辞書だった。
「あった!セズ、シュギ、辞書あったよ!」
まだ本棚を探していたセズとシュギは、驚いたように持っていた本を棚に戻してミュアドに近寄る。
他にも何かあるかもしれないと、本棚に視線を送っていたヴィシルも、辞書があったのならそれで解読が出来ると思い、本棚から3人のほうへ視線を移した。
「随分早く見つかったんだね。」
「うん。ヴィシルが見つけてくれたんだ。」
「へぇ、よかったな。これで解読が出来る。さっさと始めようぜ。」
ダイニングに辞書を持って戻り、早速解読を進めていく。
しかし、内容が解ってくるにつれて、ミュアドの表情は暗くなっていった。
「パムジアってどこ?それに、家族だけ村を出るって。じゃあ他の村のみんなはどこに行ったの?」
「パムジアはギュシランにある地名だよ。」
「何でギュシラン?確かに同盟国で許可があれば行き来は出来るけど。」
聞いたことのない地名にミュアドが不安そうに言う。しかし、ギュシランから来たヴィシルには馴染みのある地名だ。
ヴィシルがギュシランの地名であることを伝えるが、何故許可が必要なギュシランへ行くと書かれてあるのか、セザリシオが疑問に思った。
(海に囲まれた島国であるギュシランに、ウェドリシアから行くには海を渡る必要がある。今までは許可が降りれば竜で行き来出来ていたけど、これを書いたのは竜が姿を消した後だ。)
竜騎士でない辺境の村に住むミュアドの家族が竜との繋がりを持っているとは思えない。
「簡単には行けないだろ。これ書いたのは1月前だから、竜を見かけなくなった後だ。」
「じゃあ、どうやって?申請を出してもこの時期じゃ海は荒れていて後2月経たないと船も出せない。だから許可が降りるのは2月後なんだ。」
海が荒れて船が出せない状態のはずなのに、ミュアドの家族は海を渡ったかもしれないということだ。
ミュアドは家族の安否に胸が押し潰されそうになる。だが、ヴィシルからすれば、荒れた海でも渡ることは簡単だ。
「許可が降りて海を渡るのに、船じゃなきゃいけないのはウェドリシアだけだよ。ギュシランは竜との繋がりは消えてない。もし、ギュシランから誰かが迎えにきたとしたら、直ぐにでも海を渡れる。」
「あ、そうか。でも、どうやってミュアドのお祖父さんはギュシランに知り合いを作ったんだ?」
「疑問はそこだね。もしかして、お祖父さんの部屋にまだ何かあるんじゃないかな?」
ヴィシルが簡単に海を渡れると説明し始める前に、家族の心配が重なりミュアドは倒れ込んでいた。
上手くシュギが支えて寝かせたが、夜も更けてきたせいもあり、朝になってからまた調べることにして、並んで横になる。
(何だこの胸騒ぎは。何もなければいいけど。)
ヴィシルは目を閉じたのはいいが、嫌な予感が沸き上がり、胸騒ぎを覚える。
それでも様々な制御をされているせいで、疲れはピークに達していたヴィシルは、引きずり込まれるようにして眠りについた。
翌朝、朝食を摂りながら伝わっていなかったミュアドに、ギュシランへと簡単に渡る方法があることを告げる。
その他にも竜に乗って行ったと仮定した場合のギュシランにいると思われる知り合いを把握する必要もあることも告げた。
「もう一度お祖父ちゃんの部屋を探した方が良いね。手伝ってくれる?」
「もちろん。急ごう。」
ミュアドの祖父がギュシランとどこで繋がりがあるのかを、確かめるために4人は部屋の中を探し始める。
しかし、どれだけ探しても手がかりになりそうな物は、何ひとつとして見つからない。
「もぅ、わかんないよ。お祖父ちゃん、どういうこと?」
ミュアドが倒れ込むようにして、部屋に置かれた祖父のベッドに勢い良く横になる。
─ガタン
何かが外れたのか、それとも落ちたのかはわからないが、ミュアドが勢い良くベッドに倒れ込んだことで、音が聞こえたのは間違いない。
「何だ?今の音。見える所には何も落ちてないってことは、ベッドの下か?」
「ちょっと待って、見てみる。」
シュギに言われ、ミュアドは一度ベッドから下りると、ベッド下にある隙間を、床にへばりついて覗いた。
暗くて良く見えないが、どこから見つけてきたのかセザリシオは、ライトをミュアドに手渡す。
「あっ!ノート、かな?」
手を隙間に入れて、奥の方にあるノートらしき物に手を伸ばす。
「もう、ちょっと・・・。んー。」
入るだけ体も隙間に埋めてミュアドは、ノートに触れた指先でどうにか掴もうとする。
触れているのに動かないというもどかしさを感じながら、諦めずに指先を動かしていると、ズルッという音と共にミュアドの指先で挟める程度に手前に動いた。
「と、とれ、た。取れたよ!」
一気に引き抜いた1冊の薄いノートは、色褪せていて古い物のようだ。
それをミュアドが開いてみると、そこには竜仙語で文字がびっしりと書かれていた。
辞書を使って何とか手紙を読み終えたミュアドたちに、読めるはずもなく手がかりになりそうなノートを解読するためにダイニングへと戻る。
「また、文字とにらめっこか。何処かにスラスラ読めるやついねーのかよ。」
「いたらこんなに苦労してないって。ほら、さっさと解読始めるよ。」
(ごめん、スラスラ読めるよ。けど、今は名乗れないんだ。本当にごめん。)
ヴィシルは内心で名乗り出せないことに謝罪をしながら、ノートに書かれた文字を目で追った。
開いた最初のページの1文字ずつを辞書から探し出す。これが解読出来たら、ミュアドの祖父がどのようにギュシランと繋がりを持っていたのかがわかると信じて。
(パートナーのラルド?ラルドって、何処かで聞いた名前だけど、何処で聞いた?)
竜仙語の文字を見て、読めてしまったヴィシルは、書かれている人名に聞き覚えがあったが、何処で聞いたのかまで思い出せなかった。
仕方なく解読を再開するが、ページを捲るたびに先に読んでしまっては、思い出せない状況にヴィシルはすっきりしないまま、解読の手伝いを進める。
聞いてしまえばセザリシオあたりなら答えてくれそうだが、何故その名前がと聞かれても答えられない。
それに、解読後に実は読めたのかと問い詰められても困るから、ヴィシルのすっきりしない状態は結局全て解読し終えるまで続くことになった。
「“パートナーのラルドとの別れは辛かった。けれど、寿命の差というものは仕方ないことだ。それに愛する伴侶も得た。また先立たれてしまうのはわかってはいるが、自分の子というものは可愛いものだ。”って最初に書いてある。このラルドって、誰だろう。かなり年の差があったのかな。」
「ラルドという名は、俺はひとりしか思い付かないよ。ウェドリシア王国の最初の竜騎士で、竜をこの国に呼び寄せたと伝えられている初代国王だけど。年齢からしてあり得ないし。」
(そうか。ウェドリシアの初代国王だ。けれど、もし初代国王のことを言っているのであれば、ミュアドは・・・。でもこの仮定なら、全てが繋がる。)
祖父の日記らしきものの解読文を読み上げているのはミュアドだ。ノートから直接ではないが、解読した文字をなんとか繋げることで、日記のような内容になった。
ミュアドが疑問に感じた人名はヴィシルも疑問に思った人物だが、予想した通りにセザリシオが思い当たる人物名を挙げる。
しかし、ウェドリシアの初代国王は、2千年以上も昔の人物で、ミュアドの祖父が生きているはずがない。
ヴィシルは別の仮定をしたことで、全てを繋げることに成功したが、それは本来ウェドリシア王国の人たちが知りえない情報が含まれるため、この場で話すことはできないのだ。それに、孫であるミュアドが知らされていないことをヴィシルの口から話すわけにもいかない。
読み進めて自分達で解読をしていくしかないのだ。
「同じ名前の人と何処かで出会ったのかな。続きを読むね。“妻はもういないが、息子もやはり俺の子だ。同じ場所に長居は出来ない。今はまだギュシランに帰ることが出来ない、から、定期的に引っ越すことにした。”帰るって・・・。帰ることが出来ないって。」
「ミュアドのお祖父さんはギュシラン出身って考えられるな。ただ、何で定期的に引っ越す必要があるのかがわからねぇな。とりあえず、全部読んでみるしかないだろ?」
ノートには肝心なことは書かれてはいない。知る者が読めばわかる内容ではあるが、知らない者が読むと意味がわからない言い回しで書かれている。
誰かに読まれる可能性を前提として書いていたとしか思えなかった。
「うん。“なんとかリプス村で落ち着くことが出来た。息子もシェイリと結婚し、2人の子供も産まれた。俺の孫だ。しばらくはリプスで生活していけるだろう。”シェイリって母さんの名前だよ。やっぱりお祖父ちゃんが書いたものだ。あれ?この後から何か変だよ。“怪しい人影を見るようになった。ミュアドは学園に通うため王都へと行った。ミュアドは助かるかもしれない。あいつらは俺が何なのか知っている。ラシュアルは竜を支配しようと企んでいるが、息子たちだけでも助けなければ。”これ、あって、るの・・・。え?」
「ラシュアル、か。となるとゲレイナは竜を支配下に置こうとしていた環境で生まれ育ったということになる。環境が環境なら、あんな風に育っても無理はないが・・・。馬鹿なやつとしか言いようがない。何故竜を支配出来るなどと考えるのか、俺にはわからないよ。竜にだって意思はあるのに。でも、今はミュアドのお祖父さんが危険な状態にあるかもしれないことのが重要だね。ミュアド、まだ続きあったよね?」
読み進めながら、ミュアドは不安が込み上げてくる。大丈夫だと思いたいのに、どうしても大丈夫だとは思えない。解読が間違っているとも言えないし、間違ったと言ってもらいたい思いもある。
そして、祖父の言う“俺が何なのか”という部分にも疑問に思う。今まで祖父からも両親からも、秘密とされる何は聞かされていない。
こうしている間にも祖父も両親も妹も、危険な目にあっているかもしれないのだ。
けれど、ミュアドには何の力もない。パートナーとなる竜もいなければ、まだ学園に入ったばかりで基礎しか教えてもらっていないため、戦闘もあてにならないだろう。
「うん・・・。“やっぱり竜は姿を消した。現聖王が動いたのだろう。村の人たちには身を隠してもらっている。俺も覚悟を決めなければならない。あいつらは見逃してはくれないようだ。俺にもしものことがあっても、息子たちに何もないと分かれば、どうにでもなる。老い先短いこの身、回収はしてもらえるだろう。息子たちの無事さえ見届けられたら、もう思い残すことはない。”・・・これで最後?お祖父ちゃん、死ぬ覚悟で捕まったのかな。どうしよう。何処にいるのかわからない。」
涙を流し始めたミュアドは、両手に拳を作り家族の安否を願う。
確かにノートにはそこで区切られていて、行き先がわかるような内容は書かれていなかった。
ヴィシルはノートを最初から1枚ずつ捲っていく。そこに何か隠されていないか探すために。探せるのは自分しかいないだろうと、わかっているから。
(ん?これって・・・。ブレスリカレット?・・・!?あぁ、そういうことか。)
「これ、ここに何か書いてある。」
「あ、本当だ。何か書いて丸で囲んである。これ、どこかで見たような・・・。」
読んで伝えられないヴィシルは、何か書いてあるとだけ言った。
泣き続けるミュアドはそっとしておき、セザリシオが文字を見て何処かで見たことがあるかもしれないと首を傾げる。
考えていてもしかたないため、再び辞書が開かれてその文字を解読した。
「ブレスリカレット。竜が伝えたとされている歌だ。何で歌・・・?あ!そうか、歌詞・・・。まさかっ!」
(セズ、当たりだ。歌詞通りなら、ここに来る時通った岩場の何処かに、隠し部屋のような場所に続く入り口があるはずだ。大丈夫だとは思うが、手遅れになっていなきゃいいけど。)
「歌詞?俺、ブレスリカレットっていう歌はしらねぇぞ?」
竜が伝えた歌はウェドリシアの王族に口頭で受け継いでいる歌だ。そのため、王族以外の者は聞いたことすらない。
「うん、この歌は王族にしか教えられてないから。歌詞の中に岩場の中に洞穴がってあるんだ。その洞穴を入っていくと部屋があって、そこは秘密の場所だって。たぶん、この部分であってると思うんだけど、何でこの歌をミュアドのお祖父さんが知っているんだろう。」
一部を解読したセザリシオが、思い出しながら歌詞を言ったが、その表情は不安そうだ。確かに何も知らなければミュアドの祖父が歌を知っているはずはなく、不思議に思うのも無理はない。
今はまだ、わかっているのはヴィシルだけであり、ヴィシルも簡単に教えていい事ではないため、何も言おうとはしなかった。
「いや、それより岩場ってことは通ってきたあそこが一番近いよな?探してみるか?」
「内容からして命の危険も考えられるから、行こうか。ミュアド、可能性のある場所を探しに行くよ。ほら、泣き止んで。」
「う、ん。」
これでダメならば、また手がかりを探すだけである。時間がかかりそうではあるが、もし約束の期間内に戻れないとしても、この状況では引率の担当教師にすら伝えることは出来ない。それならば、このまま出来る限りのことをしていくしかないのだ。
シュギがリプス村に来る手前にあった岩場を思い出し、そこに探しに行くと決めたセザリシオが、ミュアドに手がかりの場所に探しに行くことを伝えて泣き止むように言う。
家族が見つかるかもしれないとわかったミュアドは、この可能性に賭けることで元気を取り戻した。
まだ外は明るく、探しに行くには十分であり、4人は最小限の荷物を手にして家を飛び出す。他人に見つけられるとまずいと思ったヴィシルは、竜に関する書籍やノートなど全てをバッグへと入れている。
ミュアドは岩場へ向かいながら、家族の無事を祈り続けた。
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