5話《託された願い》

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5話《託された願い》

 岩場へ着くとそこは何も変わったようには見えず、自分達の解読や解釈が間違っているのではと思えてくる。  何かしら変化があれば直ぐに気付くし、隠し部屋のような場所としているのであれば、気付かれないように魔法が施されているか、何かで隠されている可能性が高い。  「どこだ?」  「この辺りじゃないのかな?」  村から近い場所から探し始め1周してみたが、入り口らしき場所は見つからない。  足場の悪い岩場は移動すればするほど、平地よりも体力を消耗する。  (ボタンひとつで自動で開く扉が隠されているとか?この国の貴族なら出来そうだな。まぁ、元貴族だけど。)  休みながら探し続け時間は十分にあったはずが、既に薄暗くなり細かな部分はよく見えなくなっていた。  それでも人命がかかっているからと、ミュアドを思いセザリシオもシュギも諦めようとはしない。  「見つからない・・・。ここじゃないのかな?でも、他に思い当たる場所なんてないし。」  「ここであってると思うよ。何人も連れて移動するにも遠いと難しいし、呼び出すとしても距離があったら見張るのも大変だからね。」  場所としては間違っていないはずなのに、入り口らしき場所は全く見当たらないままだ。  ヴィシルは歌詞を思い浮かべながら岩場を移動する。歌詞通りであれば入りくんだ場所に入り口となる穴があるとあった。  (もし、岩場ではなく、岩場に見える場所、もしくは岩場で隠された場所だとしたら・・・?)  ヴィシルは考え方を変えながら、思い付く場所を探し始めた。  既に闇に包まれ視界は悪いが、あと一歩という状況のせいか、今引き返すのは躊躇われる。  (ん?あれは・・・?へぇ、こんなとこにあったんだ。)  岩場を降りて森との境目に、洞穴を見つけたヴィシルは、隠れて様子を伺っていた。  すると、中から人が馬と共に出て来て、森の中を馬に乗って去っていく。  おそらく中には他にも何人かいるだろうとは思うが、夜の方が動きやすいことだけは確かだ。  その場から離れたヴィシルは知らせるために3人のいる岩場の上へと戻る。  「たぶん見つけた。中を確認したわけじゃないけど、人が出てくるのが見えたから。」  「さすがヴィシル。探すの得意だよな。」  「そうだね。ヴィシルが見つけた所に行ってみよう。」  ヴィシルが伝えると、シュギには探すのが得意と言われ、それに同意したセザリシオから確かめるために行ってみようと提案がある。  少しの可能性でも無駄には出来ない。ミュアドもヴィシルにお礼を言い、ヴィシルの案内で洞穴へと向かった。  「こんなとこにあったなんて。見落としてたよ。上ばかり探してたから見つからなかったんだね。」  「しっ!誰か出てくるぞ。」  話し声が聞こえ、気付いたシュギに言われて、4人は草木で身を隠す。辺りが暗いこともあり、出ていったりしなければ、多少の物音程度であれば魔物と勘違いしてくれそうだ。  「あんな爺さんが本当に竜なのか?」  「どうせあの人の勘違いだろ?前から妄想癖は酷かったからな。」  「やっぱりそうだよな。まぁ、こんな夜更けに何人もいたって仕方ないし、ガキとその親は何の力もないからあのまま放っておいていいだろ。檻の中じゃ何も出来やしないさ。」  「朝までに戻れば問題ないからな。デリサルに任せて行くか。こんな時でもなきゃ息抜きなんて出来ないからな。」  そう言って2人の男性は馬に乗って森へと姿を消した。  こっちに来なくてよかったと、茂みに身を隠しながらセザリシオもミュアドも思う。  男たちの話を信じるならば、今洞穴の中には見張りとなっている敵は1人しかいない。  ミュアドには迷いはなく、今ならなんとかなるかもしれないと感じていた。  「僕、行くよ。」  「何ひとりで行こうとしてんだよ。俺たちも行くからな。」  「当たり前だよ。」  「みんなで行けば助けるのも早いしね。」  ミュアドが茂みから抜け出そうとして、それに続いてシュギが自分達も行くと言う。  シュギに同意したセザリシオ、そして人数が多い方が助けるのも早いとヴィシルが言った。  3人の思いに嬉しくなったミュアドは、目を潤ませて感動を覚えるが、ゆっくり感傷に浸っている場合ではない。  「ゆっくり話すのは助け出してからだ。急ごう。」  「そうだね。」  結局先頭きって洞穴へと飛び込んだのはシュギだった。続いてセザリシオが入り、ミュアド、ヴィシルと続く。  中は薄暗いが所々に灯りがあり、足場を照らしていた。  警戒しながら奥へと進んでいくと行き止まりとなり、木で作られたらしい扉が目の前に現れる。  声を潜めて互いに頷き合い、そっと扉を開けていく。電気を通しているのか、中は明るく少しずつ見えてくると、ミュアドが息を呑むのがわかった。  そっと中へと入る。そこには様々な機械が置かれ、両手両足を鎖で繋がれたお祖父さんが天井から吊るされていた。  気絶しているのか、目は閉じたまま動かない。服は切り刻まれたようにボロボロで、見える肌は傷だらけであり、青アザもいくつも見える。  おそらくそのお祖父さんがミュアドの祖父だろう。入り口から左に視線を移すと檻の中に大人の男女とひとりの少女がいた。  檻の中にいる3人がミュアドの両親と妹とみてよさそうだ。こっちを見て必死に首を横に振ったり何かを訴えようとしている。  「お祖父ちゃん・・・。っ!?お父さん?お母さん?マリナ!?」  「誰だ!・・・ん?ガキ共がこんな所に何の用だ?はぁ、見られちまったら帰れとも言えねぇしな。そこに一緒に放り込むしかねぇな。やれやれ。」  機械の中から姿を現した筋肉質の大柄な男が、面倒くさそうにため息混じりにぼやいた。 ミュアドの声が大きかったようで、見えない場所にいた男に聞こえてしまったらしい。  ここで聞こえてなかったとしても、見つかるのは時間の問題だろう。助けている最中に不意をつかれるよりはいいはずだ。  男は腕に自信があるようで、簡単に捕らえられると思い込んでいる。  (やっぱり、そういうことか。)  ミュアドの祖父に目を向けたヴィシルはひとり納得する。ミュアドの祖父を見て仮定した全てが確信に変わった。  しかし、ミュアドが何も知らないということは、ずっと秘密にして隠し通してきたに違いない。  襲い掛かる男の攻撃をかわしながら、セザリシオはミュアドに祖父の所へ行くように目で合図をした。  気付いたミュアドは吊るされた祖父の所へ駆け寄り、どうにか鎖を外そうと試みる。  「ヴィシル、手伝いに行って。こっちは大丈夫だから。」  「わかった。」  セザリシオに言われたヴィシルは頷き、鎖を外すのに苦戦しているミュアドの元へと近寄る。  手を出す前に鎖の状態や周囲を見渡すことを忘れない。直接外せないのならば、他に外すための何かがあるはずだ。  近くの壁にレバーがいくつか見え、鎖の解除が出来るかもしれないと思ったヴィシルはひとつずつ下げていくことにした。  「おい!だめだ!それを下げるな!」  「何故?聞く気はないけど。」  ヴィシルの行動に気付いた男が、シュギとセザリシオの2人を相手にしながら、ヴィシルにレバーを下げるのを止めろと言う。  ─ガシャン  ひとつのレバーを下ろし、鎖が外れてないことを確認したヴィシルは次のレバーに手をかけた。  「止めておけ!全員殺される!死にたくなければそのレバーから手を離せ!」  「仲間でも出てくる?時間稼ぎかな?」  叫ぶ男と戦いながらセザリシオが疑問を投げつける。焦りを見せているのは、戦いで優勢に見えるはずの体の大きな男の方だ。  ─ガシャン  ヴィシルは男の叫びに耳を傾けることなく、次のレバーを下げた。  ─カチャッ、ジャラ、ジャラジャラ  2つ目のレバーで漸く天井から鎖が解放され、ミュアドの祖父は崩れ落ちていく。  なんとかミュアドが支えたことで、体を打ち付けることはなかったが、既にその体は弱りきっていた。  「お、俺は、知らねぇぞ!もう、こんな所に居られるか!あんなのが解放されたらどうなるか・・・。勝手にしろっ!」  大柄な男はそれだけ言い残すと、戦闘を止めてその場から走り去っていった。  (レバーを下げたら何があるんだ?まだ後2つあるが・・・。それより、手足から鎖を外さないと。)  何処かに鍵があるだろうとヴィシルは探し出すが、なかなか鍵は見当たらない。  男との戦闘がなくなったシュギとセザリシオは、ミュアドの両親と妹を檻から出すために、扉に付けられた鍵を壊した。  檻には音を遮断する魔法がかけられていたらしく、中から何度も声をあげていた3人の声は聞こえなかったらしい。  「助けてくれてありがとう。」  「3人は大丈夫そうですね。あの鎖の鍵がどこにあるかわかりますか?」  ミュアドの父親からお礼を言われ、外傷がなさそうだと確認したセザリシオは、鎖の鍵を探し続けるヴィシルに気付き、もしかするとこの場にいたなら鍵の在りかを知っているかもしれないと問いかけた。  「鍵はここにはないかもしれない。それより、早くここを離れた方がいいよ。」  「どうしてですか?さっきの男も言ってましたが、何かあるのですか?」  鍵がないかもしれないと言われ、それならばどうやって鎖をはずそうかと考えていると、ミュアドの父親にも早く離れた方が良いと言われる。  逃げ去った男にも言われ、ミュアドの父親にも言われると、流石にセザリシオも気になって仕方がない。  「あいつらが、そこに竜を捕らえて閉じ込めているんだよ。何をしたのかまではわからないけど、竜の怒りが凄くて中で暴れているんだ。あのレバーを全て下ろしてしまうと、そこに隠されている扉が開くようになっていると言っていた。もう半分下ろしてしまっているから、中から扉を無理やり開けられてしまうのも時間の問題かと。」  「竜を閉じ込めている!?まさか・・・、竜が姿を消す前から?あの森での事件より前からこんなことをしてたってことなのか。何てことを・・・。」  こんなことをするから竜の怒りを買うのだと、セザリシオは王族として阻止出来なかったことを悔やむ。  いつまでも竜を閉じ込めておくわけにもいかない。他のみんなをこの場から出した後で、自分が竜を解放するべきだろうと、セザリシオは心に決めた。  先にしなければならないのは、ミュアドの祖父に繋がれている長く頑丈な鎖を外すことだ。  「・・・その扉を、・・・開ける、んだ。」  懇願するように聞こえた声はかすれていて、入らない力を振り絞って出した声だった。その声がする方を見ると、ミュアドが抱えたお祖父さんが、目を開けていて視線はヴィシルへと向けられている。  「・・・お前さんなら、・・・わかる、はずだ。」  「わかりました。開けますよ。」  何がわかるのかは、わかる者にしかわからない。しかし、ヴィシルは遅かれ早かれ開けるつもりだった扉を、今開けていいのであればそれもいいだろうと、レバーに手をかけた。  ミュアドの祖父は体力も奪われ、鎖の重さで思うように動けない。だが、自らの耳に付けたピアスを外していった。  ピアスを外し終えたミュアドの祖父の気配と魔力は変化し、抑え込まれた魔力が解放されると自らの体の傷を癒していく。  あっという間に消えた傷をミュアドは目を見開いて見つめていた。  「ミュアド、離れていなさい。」  「うん・・・?」  祖父に離れるように言われたミュアドは、両親と妹のいる場所へと移動した。  ミュアドの祖父が目を閉じて集中し始めると、手足に繋がれていた鎖が破裂するようにして音を立てて外されていく。  『ベイドナも聞こえているだろう。何も言わなくていいからそのままでいなさい。おまえさんは初めましてだな。俺はデリマラだ。兄、ジュラムは元気でいるか?』  その声が聞こえている者はこんなことを場にどれだけいるだろう。  デリマラと名乗ったミュアドの祖父は、視線を隠し扉に向けたまま自分の息子であるベイドナへと話しかけた。  そして、その後にヴィシルへと話しかけてくる。ジュラムを兄と呼ぶデリマラの声は懐かしんでいるように思う。  『俺はヴィシルといいます。まだ元気でいますよ。貴方のことを心配していました。』  『そうか。これが終わったら帰ってもいいかもしれないな。いや、帰らなければならなくなりそうだ。ベイドナたちは行くことを拒絶されるだろう。すまないが、後のことを頼まれてはくれないか?』  ─ガシャン  最後のひとつのレバーが下ろされると、部屋の中に振動が響く。  『わかりました。』  『ベイドナ、俺はギュシランに戻ることになるだろう。ヴィシルの指示に従ってくれ。お前たちの助けになってくれるはずだ。』  それだけ言うとデリマラは開きだした扉の前に立つ。  「ミュアド、良い友人を持ったな。大切にするんだぞ。」  「う、ん・・・?お祖父、ちゃん?」  まるでこれが最期だというような言葉に、ミュアドは違和感を覚える。けれど、扉が開きだしたことで、その向こう側の膨大な魔力と肌を刺すような殺気に動くことが出来なかった。  「全員離れていなさい。決して近づいてはいけない。いいね?」  その言葉に戸惑いながらも全員が距離を取り、部屋の隅へと移動する。ミュアドの祖父、ベイドナがミュアドの家族とミュアドと共に来た俺たちへ結界を張った。  扉の向こうから4体の竜が姿を現した。我を忘れ怒りに呑まれてしまった竜たちは、全て違う色をしていて、よくここまでの竜種を集められたものだと関心してしまいそうになる。  デリマラに言われて距離を取ったのはいいが、この後のことを思うとヴィシルは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。  自身の魔力を全身に受けた傷を癒すために殆どを消費してしまったデリマラが、自らの家族を守るために最善の方法を選んだ方法はきっと家族には重大な秘密を背負わせてしまうだろう。  『フィス、マーグ、ユデラ、キピニア。正気に戻れ!お前たちは優しい心の持ち主のはずだ。』  デリマラが4体の竜へ向けて言葉を放つが、怒りで我を忘れている竜たちには届いていないようだ。  『ヴィシルよ。この国を、ウェドリシアを、ラルドの血を引く者を1人でも。守ってもいいと想えたなら、頼みたい。1人でもいい。ラルドの血縁者を守ってほしい。』  ヴィシルに届いたデリマラの言葉は重くヴィシルの心にのし掛かる。軽い気持ちでウェドリシアに来たはずなのに、とんでもないことを頼まれてしまった。  しかし、デリマラからの頼み事は、聞き届けなければならない。それはきっと、ヴィシルがデリマラと出会った意味でもあり、セザリシオと友人になった意味でもあるのだろう。  『最善を尽くすと約束します。』  『ありがとな。』  そうヴィシルが言葉を返すと、気掛かりがなくなったのか、デリマラはお礼の言葉と共にその姿を変えていった。  その場にいたヴィシル以外の全員が、信じられないものを見ただろう。  近づくことも声を発することも出来ずに、ただ目の前の光景を見続けるしか出来なかったのだから。
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