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8話《パデラニ村》
リュジオルの街に5日間留まり、依頼をこなしながら空き家を探して街中を見て回ったベイドナだが、結局住めそうな空き家は見つからなかった。
そのため、近隣の村に空き家があるかもしれないと、可能性を信じて行ってみることにしたのだ。
「なかなか見つからないものだね。」
「やっぱり街に近いと便利だからなのか?」
街に住むにはそれなりに裕福さを求められる。基本的には店を出している者や、建物の管理者だったり、その街を統括する者と警備兵あたりが中心に住んでいると思っていい。
そのため、街の近辺にある村は、程よく支出が抑えられ、物質補給にも街が近く、仕事においても街が近いため受けやすいのだ。
結局辺境と言えそうな村まで来てしまった。周囲は森で囲まれた村は、商人からも冒険者からも気付き難い場所にある。
心配なのは何かが起きた時に対処が遅れることだ。気付かれなかった場合、村ごと村人たちは消えていくことになる。
「とりあえずあの村で聞いてみよう。ほら、あそこに誰かいる。──すみません。」
「な、何しに来た!?うちの村には何もない!帰れ!今すぐ出ていけ!!」
村に入ろうとした時、森に村人らしき壮年を見つけ、セザリシオが壮年に声をかけると、それまで穏やかであった表情を一変させ、出ていけと怒鳴りだす。
何もないとはどういうことか。わからないままに仕方ないと村を背にして歩きだそうとした時、その声は聞こえて来た。
『なぁ、お前ら何でそんな閉鎖的なんだよ。もっと外と交流持てばいいのに。って聞こえてないか。まぁ、俺はどっちでもいいけど。』
『何呑気なこと言ってんの?外で何かあったんでしょ。最近誰の話し声も聞こえないし、空を飛んでる竜も見かけないのに。』
その声は紛れもなく竜の話し声であり、少なくとも2体の竜がこの近くにいるということだ。
「近くに竜がいるな。話し声が聞こえる。最低2体か。捕らわれているわけではなさそうだ。」
「お前ら何者だ!あいつらに雇われたのか・・・?ここから先には行かせな・・・うぐっ、ゲホゲホゲホ・・・。」
「ちょっ、大丈夫か?おい、お爺さん?」
壮年が倒れ込む所にタイミング良く手を差しのべたシュギによって地面に突っ伏すことはなかった。
このまま放置するわけにもいかず、ヴィシルたちは村へと足を踏み入れる。
あちこちから視線は感じるものの、その視線はいいものではない。歓迎されていないことは全員がわかった。
『ギィじいさん?また悪い人間来たの?』
『このじいさん、ギィって名前なのか?いや、それよりも悪い人間って誰のことだ?』
『えっ?誰?・・・あっ!もしかして・・・人型?』
大きな小屋の中から顔を出したのは赤い竜と緑の竜だった。まだ成竜になりたてなのか、性格が子供っぽさをのこしている。
「こら!顔を出すな!またあんな目にあいたいのか!?」
小屋の横にある家から青年が出て来て、2体の竜に顔を出すなと言って、出した顔を押し込めようとする。
しかし、人には竜の言葉は通じない。どれだけ竜が人の言葉を理解したとしても、人が閉鎖的であればあるほど竜の自由を奪う。
それは竜からすれば、竜を拘束していたラシュアルの人間と変わらないのかもしれない。
「仕方ないか。」
『ヴィシル、竜化する。それが手っ取り早いかもしれない。』
『では俺もそうしよう。』
『わかった。キピニア、ユデラ。ありがとう。』
そうした会話でキピニアとユデラが竜化しようとした時だった。民間の方からいくつもの矢が飛んできたのだ。急いでキピニアとユデラは竜化してヴィシルたちを守るために、自らの体を盾にした。
『やめて!やめてよ!』
『ちょっと、何してるの!?結局あなたたちもあいつらと同じじゃない!』
「お前らジッとしてろ。あんなの魔術での作り物だ。すぐに嘘がバレる。」
魔術だと言い切る青年の言葉を2体の竜は聞いてはいない。自分達と言葉を交わせることが、紛れもなく同族である証なのだ。
それも人型であるなら自分達よりも強い。行動を共にする彼らに操られている風もなく、自ら庇い反撃をしない姿に敵ではないと認識した。
小屋から顔を出していた2体の竜が青年を押し退けて飛び出し、体を盾にしていたキピニアとユデラを庇うようにして抱きつく。
「おい!お前ら!止めろ!」
どこからか聞こえて来た声で、矢が飛んでくるのはおさまったが、小屋から飛び出した2体の竜は、目を潤ませていた。
竜の鱗は、簡単に手に入るような金属では傷ひとつつけることは出来ない。人型では鱗がないため盾にはなれないが、キピニアもユデラも傷ひとつ体にはついていなかった。
そして小屋から飛び出した2体の竜にも傷は見当たらない。
「ビア、ジェリ。そいつら敵じゃないのか?バジェラエスに雇われたやつらじゃないのか?」
『バジェラエス?何だそれ。お前らビアとジェリって名前なのか?』
『違う、けど。こいつらがそう呼ぶんだ。』
『僕の名前はカセラ、こっちはザウラだよ。バジェラエスっていうのはこの国の貴族らしい。そいつらに捕らえられた僕たちをこの村の人たちが助けてくれたんだ。でも・・・。』
フィスの問いに2体の竜が答える。赤い竜がザウラ、緑の竜がカセラというらしい。
カセラはユデラにしがみついたまま離れようとはしないため、ユデラは人型になれずしばらく竜化したままだろう。
『カセラとザウラを助けてくれたのなら、悪い人たちじゃないみたいだね。これはカセラとザウラを守ろうとしてくれたんだ。ただ、人には竜の声は届かないから、ちょっとした行き違いってとこかな。大丈夫、きっと話せばわかる。』
『えっと・・・?』
『俺はヴィシル=レイビオード。ギュシランからきた学生だよ。父はタスナイル、母はセライアと言えばわかるか。』
『あっ!・・・お、王子!?そっか。だから魔力も気配も変えられるんだ。』
魔力と気配は自分で変えてるのではなく、ピアスをつけることで変えてるんだと、ヴィシルは苦笑いをしながら心の中で呟いた。
「すまない。あなた方はバジェラエスに雇われた冒険者じゃないのか?」
「俺たちは誰にも雇われていません。それにバジェラエスってこの領地の領主ですよね?何かあったのですか?」
近づいてきた男性に聞かれ、セザリシオが答えると、男性は徐々に青ざめていった。
セザリシオはウェドリシアの王子で、ヴィシルはギュシランの王子であり、ウェドリシアからすれば客人である。
一歩間違えれば不敬罪だけでなく、国際問題にも発展していそうな事態だ。
何も知らない村人たちが、竜と共に旅をしていた人たちへ、勝手な思い込みで矢を放ったというだけなのだが、無関係な旅人と竜を傷付けようとしたことには違いない。
「何てことを・・・。ビアとジェリが庇ったからもしやと思ったんだ。ビア、ジェリ。ごめんな。お前たちの仲間を傷付けようとして・・・。旅人のみなさんすみませんでした。」
深々と頭を下げた男性に、ヴィシルたちは詳しい話と引き換えに許すことにした。
竜に対して仲間を傷付けようとしてしたことを謝った男性は、竜を大切にしてくれているのだと感じる。
「事情があるように思えますが、詳しく話してくれませんか?こちらには人の姿になれる竜もいます。あなた方が話してくれなくても竜たちから直接聞けなくはないですが、それだとこの村のことは何も聞けないでしょう。それよりもこのお爺さんを。」
「ギィ爺さん!?誰か!ギィ爺さんをベッドへ運んでくれ。ルキさんを呼んでくれ。ギィ爺さんを守って頂きありがとうございます。全てお話しします。今日はうちに泊まっていってくれませんか?申し遅れました。俺はボファムといいます。」
セザリシオが言ったことにボファムは頷き話してくれると言った。しかも、部屋に泊めてくれるという。
ギィと呼ばれているお爺さんをボファムが呼んだ青年に渡して、申し出をありがたく受けることにした。
「ありがとうございます。」
「ちょっと訂正いいか?あんたらこいつらをビアとジェリって呼んでるみたいだけど、こいつらにはちゃんと名前があるんだ。こっちがカセラでこっちがザウラだって自分等で名乗ってたぞ。」
「そうだったのですか・・・。みんなにも言っておきます。」
お礼を言ったセザリシオの後に、訂正と言ってキピニアがボファムへと話す。
キピニアに頭を下げてみんなにも言っておくと言ったボファムは本当に申し訳なさそうな表情をしていた。
「こちらへどうぞ。」
村の中でも大きな家は、カセラとザウラがいた小屋の斜め後ろに位置する。
流石にカセラもザウラも入れるわけがなく、ユデラとキピニアが一緒に小屋で待機すると言い、小屋へと入って行った。
フィスとマーグはまだ自分達が竜だと明かしていない。このまま聞かれることがなければ、フィスとマーグも自ら明かす必要はないと考える。
ヴィシルはセザリシオやシュギ、ミュアドにも明かしていないため、この村で自分の正体を言うつもりはない。
「ラシュアルだけでなく、バジェラエスまでとなると、他の貴族も危ういんじゃないか?」
「そうだね。竜を逃げられないように捕らえているなんて。それも王宮がある首都ではなく、自分の領地の中で。辺境となると見つけ難い。最近というより以前からと考える方が妥当かな。」
シュギが小声でセザリシオに言うと、セザリシオは頷いて呟くように言った。
家の中にある応接室へ通されてから、ヴィシルたちはお茶の準備をするからと、待たされている。
この家にはメイドという者はいなく、全て自分達でやっているようだ。
村の状態からして、メイドを雇えるほど裕福な家庭は見当たらない。たとえ村長であっても、贅沢するわけにはいかないのだ。
しばらくしてお茶を手にして戻ってきたボファムは、女性を伴って現れた。
「お待たせしました。こっちは妻のシェイといいます。」
「ボファムの妻、シェイです。先程は村の者たち含め失礼をいたしまして申し訳ありませんでした。お詫びになるかわかりませんが、私が焼いた菓子をお持ちしました。よろしければお召し上がっていただけたらと思います。」
シェイはお茶と共に皿に盛り付けた焼き菓子をテーブルに置いた。
人型をとる竜は人と同じ物も食べる。竜の姿でいることもあるせいか、魔物をそのまま食せるという違いがあるだけだろう。
「ありがとうございます。」
セザリシオに続いて次々お礼を言うと、ボファムもシェイも安堵の表情を浮かべた。
ヴィシルたちも名前を名乗り、竜騎士学園の生徒であること、今は事情があり戻れないことを話す。ボファム夫妻は頷いて聞いていた。おそらく戻れない理由が竜であることを察したのだろう。
「それでは、本題に入らせていただきます。この村はバジェラエス領にあるパデラニ村というのですが、今現在パデラニ村は領主から敵視されています。竜を匿っているせいでしょう。しかし、あのような場所に居続けた彼らがどうしても可哀想で。村で話し合い、助け出すことに決めたのが1ヶ月ほど前でしょうか。」
思い出すかのように話し始めたボファムは、領主に敵対という形で竜を助け出したことに後悔はしていないようだ。
「この村には村長はいません。そのため、私がパデラニ村の長のような役割を担っています。竜を助けると決めてからの村の人たちの行動は早かった。捕らわれてる竜を見たのは私と付き添いをしてくれたワイクですが、ワイクを筆頭にして直ぐに現場に向かって行きました。私は行かせてはもらえませんでしたが、傷だらけになりながら誰も欠けることなく2体の竜を連れ帰って来てくれたことにホッとしました。」
パデラニ村には村長がいないという。大抵の村には長を決めて代々受け継いでいくのだが、なぜこのむらには村長がいないのだろうか。
今回聞くべきは竜に関わることであり、村長がいないという事実が関係ないのであれば聞くべきではない。
「しかし、大変になったのはそこからでした。領主のこの村に対する圧が強くなったのです。食料は誰も売ってはくれなくなり、着るものもこれまで譲ってくれていた人たちが会ってもくれなくなりました。この土地で野菜を作るにも、農作にあまり向かない土地で、種類は作れませんでした。こうしてなんとか生活出来ているのは、周囲が森で囲まれているせいか、魔物が生息しているせいでしょうか。あの竜たちも捕ってきた魔物をわけてくれるんです。どうにか作れた野菜と魔物の肉で飢えは凌げてはいるのですが、服だけはどうすることもできません。それに・・・」
表情を暗くしたボファムは唇を噛み締めながら俯いた。
食料はなんとか確保出来たことはよかったと言っていいのかもしれない。
服に関してはこれからはヴィシルたちがどうとでも出来るはずだ。セザリシオが無理でも、ヴィシルはウェドリシアの国民ではない。いくらでも自国の方から取り寄せることは出来る。
気になるのはボファムが言いかけてまだ言えてない内容だ。
「私たちは様々な架空の罪を領主によって国に報告されています。何一つ身に覚えのないことばかりで、領主はあの竜たちを私たちが奪ったと言い張り、返さなければ罪は増えると脅してくるばかりです。竜たちは物ではないのに、あんな酷い場所に戻せるわけがありません。本当ならばこんな場所にいるより、仲間のところに返してあげられたらと思っていましたが、他の竜がどこに行ったのかわからないのではどうしてやることも出来ず、仕方なくこの村で守り続けようと村の者たちと今日までなんとかやってきました。」
領主がそんなことをしていたなんて。セザリシオは少しずつ現貴族に対しての不信感が強まっていった。いや、セザリシオだけではない。ボファムから話を聞いた全員が憤りが込み上げていた。
「罪のない者を、犯罪者にまで仕立てあげるとは、そんな者たちが国の中枢に鎮座し続けるのはこの国にとって悪評を招かざるを得ない。しかし・・・。この状況下で竜が国内に存在することが広まるのは避けたい。どうするべきか。」
今回もまた、貴族が竜を捕らえて囲い、自分たちで独占しようとしていた事実がある。前回はミュアドの家族が捕らわれていたことを告げての罪状を出せたわけだが、今回は同じようにはいかない。
「竜について報告するのはまずいんだよな?」
悩みながら呟くように言ったセザリシオにシュギが疑問を口にした。
前回も竜に関しての報告はしていない。何故ならウェドリシア国で竜を見かけなくなり、報告をしてしまえば竜が国の所有とされてしまうのだ。
「それだけはやめたほうがいい。」
「やっぱりか。」
ヴィシルが父へと報告をすれば竜だけは助かるだろう。しかし、この村の人たちを助けることは出来ない。
逆に竜が食料となる魔物を捕って来るのであれば、この村は食料不足になり村人たちは生きていくことが困難となる。そう考えればカセラとザウラはこの村に残るべきだろう。
「ちょっといいですか?俺たちがこの村に住まわせてもらうことは出来ますか?」
「え・・・?あ、はい。大丈夫ですが、この村の住人と認識されてしまうとあなた方も犯罪者にされてしまいます。それでもよろしいのですか?」
この村に住みたいと申し出たベイドナにボファムが確認をとる。実際に村人全員が犯罪者として国に報告がされているらしいが、今は竜が姿を消したことにより仕事のスピードが大幅にダウンしてしまったためか、この村には国から捕らえようとする騎士たちはまだ来ていないのだ。
今後も来ないとは言い切れないが、村に住みたいと言ってくれたことはボファムにとっては嬉しいことではある。
「実際に犯罪を犯したわけではないでしょう?ならば問題ありません。息子は旅を続けるでしょうし、いずれは学園に戻らなければならないので、この村に残るのは俺と妻と娘の3人になります。それに、以前住んでいた家にはもう戻ることは出来ませんから。」
「そうですか。何やら事情がありそうですな。わかりました。歓迎いたしましょう。空いている家もありますし、そこを自由に使っていただいて構いません。明日にでも案内しましょう。今日はうちに泊まっていってください。」
ベイドナの申し出は歓迎される形で受け入れられる。ボファムが泊まっていってと言ったため、ヴィシルたちは有り難く泊まらせてもらうことにした。
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