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電気も付けず、ある部屋の入口でおじいちゃんは和箪笥から着物や帯やらがひっちゃかめっちゃかに飛び出しているのを呆然と佇んで眺めていた。
障子越しに夕陽が室内を淡く照らす。
「おじいちゃん!? 泥棒でも入ったの?」
「いや、儂じゃ」
私が首を傾げるとおじいちゃんは膝の力が抜けたようにすとんと座り込む。
「多江が」
またおばあちゃんの名前。
散乱している着物や帯も女性物できっとおばあちゃんのものなのだろう。
「多江が亡くなってから不運ばかり。だから幸運をもたらすとかいう白狸が憎くて憎くて気付いたら叩いておった。悪い事をしたの……」
「タヌキ?」
「ああ。珍しいが茶色じゃなく白い狸がこの島にはおるんじゃよ」
「さっきの? あれ白い犬じゃなかったんだ」
先程手当てした白い犬、ではなく白狸を思い出す。そう言われれば犬にしては珍妙な顔立ちだった。なるほど、狸と言われればあの顔は狸である。
「それより果穂ちゃんはどうしてここに?」
「お母さんと、……喧嘩した」
「そおか」
おじいちゃんはそれ以上理由を聞いて来なかった。私の母は、おじいちゃんの娘でもある。喧嘩した、とその一言でおじいちゃんには何か通じる所があったのかもしれない。
「果穂ちゃん、良かったらアイスでも食べに行くか?」
「うん」
悲しげなおじいちゃんの顔を見たら首肯せずにはいられなかった。一緒にアイスを食べに行く事に懐かしさを感じて胸が温かくなる。
狸を叩いていたおじいちゃんを見た時は別人だと思ったけど、隣をゆっくり歩くおじいちゃんは昔の印象通り優しい人なのだと感じた。
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