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「だからさ、はい」
健はテーブルの上で片手を広げた。
「何?」
「鍵返して。俺んちの鍵」
「そんな。急に言われたって」
健は額を押さえ、大きく嘆息した。
「持ってないの? マジかよ。デートのときぐらいは持って来いよな」
「…………」
「じゃ、今度俺んちのポストに入れといて。なるべく早めに頼むわ。まひるだって俺の新しい彼女と鉢合わせしたくないだろ」
「え! もう新しい彼女がいるの?」
「ちげぇけど。狙ってる女がいるってだけ。まだ彼女じゃねぇけど、いつそうなるか分からねぇだろ」
健はどんどんと話を進める。
「俺がメジャーデビューしたらさ、まひるのこと、売れない時代を支えた彼女っつーことで言ってやるし」
冗談なのか本気なのか分からない台詞を吐き、ヒャハハと面白そうに笑った。
(全然面白くない)
白い歯を見せる彼を睨むようにして見つめる。するとテーブルに置いてあった健のスマホがヴヴヴと震えた。
「お、電話だ。じゃ、そういうことで。また……会うことはないだろうけど。鍵だけはマジで頼むぜ」
健は立ち上がりスマホを耳に当てながら、店の入り口に向かって歩き出す。
「ちょっ……」
私も慌てて立ち上がり、Tシャツの背中に手を伸ばした。けれど……
「ユウコ? 今終わったからさー、これから……」
聞き慣れた声が、知らない女の名を呼ぶ。
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