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陽炎の立ち上るアスファルトの上を歩く。太陽は容赦なく照りつけ、隣を走る自動車は絶え間なく熱い排ガスを吹き出していた。
(暑い……)
手にしたハンカチで額の汗を押さえる。マスクの中も汗だくだ。
(これじゃ日焼け止めも流れちゃう)
今日は派遣面接の日だった。午前中は忙しいからと相手先に指定された時間は気温の一番高い午後二時。会社側としたらお昼休み明けの落ち着いた時間なのかもしれないけれど、外を歩く私にしたら地獄の時間帯。アスファルトを跳ねゴミを漁っているカラスの姿さえ見かけない。
(どうせ短期なんだから面接なんて無しで良くない?)
つい先日まで勤めていた職場は、このコロナ禍で業績不振に陥っていた。業績回復の見込みは一向に立たず、派遣の休暇扱いも難しくなったのだろう、結局一斉に契約解除となった。予想通りの派遣切りだ。しばらく無職でゆっくりしてやろうとも考えたのだけれど、このままいくとだらだらステイホームになってしまいそうな気がして、やっぱり次の職を探すことにした。
(何かしてないと余計なことも考えちゃうし)
健と別れて二週間になる。付き合っていた当時は飽きるほどに交わしたラインは勿論、メールも電話も一切来ていなかった。けれど彼のツイッターだけは別れる前と何も変わらず毎日のように更新されており、楽器の写真やバンドメンバーとの食事の写真が次から次へとタイムラインに流れてきた。その写真にショートカットの女が写り込んでいることが増えたのだが、その女がユウコなのかもしれなかった。
(わざわざブロックするのも面倒だし)
他の女のところに行った健を追いかける気なんてこれっぽっちもない。そもそも男女関係なんていうのは一般的に男の方が女々しいもので、女側はあっさりしたものなのだ。まあ今回の場合は向こうが別れ話を切り出してきた訳だから、女々しさなんてある訳ないんだろうけど。こっちだって次の男を探せば良いだけだ。
(仕事だって同じ)
派遣の仕事もそうだ。派遣は初めから期間が決まっている訳だけれど、仕事に慣れてきた頃には期間満了、そうしたら次の仕事を探す。それの繰り返し。
仕事も、恋人だって――代わりなんていくらでもいるのだ。
パカパカと横断歩道の信号が点滅している。この信号を越え五百メートルほど行った先に、派遣コーディネーターと待ち合わせをしたコンビニがある。私は小走りに道路に入り、通りの向こう側を目指した。
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