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「ああ。連休前だ。たまには良いだろう。事務所にもほとんど残ってないしな」
「私の見積が無ければもっと早かったですよね。すみません」
申し訳なく頭を下げると「だから」と声のトーンを落とされる。
「それがエルダーの仕事だ。原が気にすることはない」
「…………」
百瀬さんはいつもそう言ってくれるが、短期派遣の私なんかに真剣に教えるのは馬鹿馬鹿しくないだろうか。一年後には教えたことが全て無駄になってしまう訳だし。
(私だったら絶対嫌だけどな)
「……原」
再び名前を呼ばれて、はい、と三白眼の顔を見る。百瀬さんは前髪を掻き上げて言葉を続けた。
「きっと休み明けは忙しくなる。堂本もそうだが、イベント関係が増えてくる時期だから」
「このコロナ禍でもやるんですね、そういうイベント」
「ああ。規模は大分縮小するが、いつもと勝手が違うからな。準備も大変だ」
まだセミが鳴いていた。連休前の所為か交通量の多い正面の車道には、自動車が連なっている。目の前に引っ越し業者の大きなトラックが止まった。
百瀬さんは目を眇める。
「だから連休はしっかり休め」
「はい。何の予定も入っていないから大丈夫です。ははは」
そう言って自虐的に笑った。自虐といっても事実なんだから仕様が無い。百瀬さんは眉尻を下げる。
「寂しい奴だな。お前も」
私はぷくと頬を膨らませた。かさつく肌にマスクが貼り付く。
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