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「あの、無理にとは……」
「それは……」
私が口を開くのと同時に、低い声が発せられた。
「それはセクハラにはならないのか?」
想定外の台詞にポカンと強面を見上げると、なんだか神妙な顔付きで私を見下ろしている。私は思わず吹き出した。
「ぷっ」
「な! 駄目か?」
(この人は……)
「人によってはセクハラになるんでしょうけど。今日は私が声を掛けたんですよ。大丈夫です。美人局じゃあるまいし」
百瀬さんは爪が短く切りそろえられた指で、眼鏡のブリッジを押し上げる。
「だからそういう加減が分からないんだ」
目の前の道路はまた車が流れ出していた。私は口元にこぶしを持ち上げ笑う。
「ふふ。百瀬さんって意外と小心なところがあるんですね」
思ったことをそのまま口に出すと、彼は眉毛を吊り上げた。
「……っうるせぇよ。原は知らねぇだろうけど、俺が教えた新人が次々に辞めていってな。これでも気をつけてるんだよ」
百瀬さんは吐き捨てるように言った。口調がいつも以上に悪い。こっちが本当の百瀬さんなんだろう。
「百瀬さんは……いえ」
(あえて正直に言う必要はないもんね)
短期派遣の三大原則。当たらず障らず波風立てず。空気のように過ごして、空気のように消えるのだ。
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