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何でもありませんと首を横に振ると、百瀬さんは「おい」と腰に手を当てた。身長に比例して高い位置にあるその腰。黒いベルトが艶やかに光る。
「言いかけて止めるな。気になる」
三白眼が私を見下ろしていた。私はへらりと笑って顔の前で手を振る。
「何でもありませんよ。気にしないでください」
けれど百瀬さんは引き下がらない。
「無理なこと言うな。気になるに決まってんじゃねぇか。明日から連休なんだぞ。酒がまずくなる」
「所詮の派遣の意見ですよ。気にしたら負けです」
「原!」
力強い声にびくりと首を竦める。車道をボンボンと煩いエンジン音のスポーツカーが走り抜けていった。
「所詮の短期って何だ。短期より長期がエライとでも言うのか、お前は」
喧嘩腰の口調におずおずと頷く。百瀬さんは片足に体重を掛けて、ゆらりと左側に傾いた。
「馬ぁ鹿」
「……」
「あのな。そりゃあ派遣と正社員の間には待遇の差はあるかもしれない。だけど、俺もお前も、同じKインテリアの仕事をしてるじゃねぇか」
吊り上がった眼鏡のレンズにヘッドライトが映り込む。仕事終わりの百瀬さんは饒舌だ。
「責任感だってある」
マスク越しの低い声が優しく響いた。私は首を振る。
「……買いかぶり過ぎですよ」
「買いかぶりなんかじゃねぇよ。普段の態度を見てれば分かる」
「…………」
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