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――一緒に呑む相手なんていねぇよ。
耳の奥では電車の音よりも百瀬さんの声が大きく響いている。その声に押されるように、顔も分からなかった黒髪モデルの女は頭の角に消えていく。
「……ら。原。おいっ」
「はっ、はい?!」
私を呼ぶ低い声で我に返った。目の前には見慣れた駅前の夜景が広がっている。決して綺麗な夜景ではないけれど、田舎の地元に比べたらキラキラと明るいそれ。
「お前ぇな、笑ってんじゃねぇよ」
え、と隣を見上げると、そこには困ったように眉尻を下げた顔があった。
「失礼だっつーの」
百瀬さんはそう呟くと、再び歩き出す。長い脚の大きなストライド。私は片手で頬を押さえた。
(笑ってなんか)
確かに頬が緩んでいる。でもこれは百瀬さんを笑った訳じゃなくて……
「待ってください。私、笑ってなんていませんよ」
二、三歩駆けるようにして後に続いた。今度は横断歩道のカッコーの音が聞こえてくる。手のひらに食い込んだ爪は自然と手のひらから離れていた。鞄が軽い。
「何食うかなぁ」
イケメンボイスは一人でぶつぶつと呟いていた。肉か魚かだなんて哲学でも何でもなくて、残念なことこの上ない。
(イケボが泣くわ。ふふふ)
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