【7】

11/12
前へ
/96ページ
次へ
 ――一緒に呑む相手なんていねぇよ。  耳の奥では電車の音よりも百瀬さんの声が大きく響いている。その声に押されるように、顔も分からなかった黒髪モデルの女は頭の角に消えていく。 「……ら。原。おいっ」 「はっ、はい?!」  私を呼ぶ低い声で我に返った。目の前には見慣れた駅前の夜景が広がっている。決して綺麗な夜景ではないけれど、田舎の地元に比べたらキラキラと明るいそれ。 「お前ぇな、笑ってんじゃねぇよ」  え、と隣を見上げると、そこには困ったように眉尻を下げた顔があった。 「失礼だっつーの」  百瀬さんはそう呟くと、再び歩き出す。長い脚の大きなストライド。私は片手で頬を押さえた。 (笑ってなんか)  確かに頬が緩んでいる。でもこれは百瀬さんを笑った訳じゃなくて…… 「待ってください。私、笑ってなんていませんよ」  二、三歩駆けるようにして後に続いた。今度は横断歩道のカッコーの音が聞こえてくる。手のひらに食い込んだ爪は自然と手のひらから離れていた。鞄が軽い。 「何食うかなぁ」  イケメンボイスは一人でぶつぶつと呟いていた。肉か魚かだなんて哲学でも何でもなくて、残念なことこの上ない。 (イケボが泣くわ。ふふふ)
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!

83人が本棚に入れています
本棚に追加