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【1】
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二〇二〇年六月三日水曜日。四月に発出された緊急事態宣言が漸く解除され、街には徐々にではあるが日常が戻って来つつあった。しかし私の勤める職場はいまだ正社員のテレワークが続いており、私たち派遣は休暇扱いとなっていた。このままの状況が続くと期間満了を待たず、クビの可能性もある。いくら自粛生活が続き散財することが減ったとはいえ、給料が貰えないのは大層困る。今日みたいに人出の少ない平日にデートができるのは嬉しいけれど、元手が無ければ外食だってできやしない。
(次の仕事、探した方が良いのかな)
ソーシャルディスタンスで間隔の空いたテーブル席に座りそんなことをぼんやりと考えていると、正面に座る健が唐突に口を開いた。
「そろそろ飽きてきた感じじゃない?」
「何が?」
カップに浮かぶホイップクリームを見つめたまま返事をして、ストローを咥える。半分に減ったクリームラテは追加トッピングをしたチョコレートソースの所為で、クドイほどに甘さが増していた。
「俺たちに決まってんじゃん」
正面に座る健はさらりと続ける。そして私と同じようにストローを咥え、ズゾゾゾという音と共にプラカップを空にした。
「意味分かんないんだけど」
ストローでチョコソースを混ぜながら首を傾げる。健は右手で自分の前髪を引っ張り両目を寄せた。必要以上に前髪を気にするのは健の癖だ。
「正直さ、まひると一緒に居てもつまんないんだよね、俺」
「え? じゃあこれからどっか行く? 私、見たいものが……」
「違うって。この場所がつまんないとかさ、そういうことじゃなくて」
健は前髪から手を離し、どすんと頬杖をついた。小さなテーブルが僅かに揺れる。
「別れよ、って言ってんの」
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