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四国犬
まさか、ダメ元で受けた大手コンサル会社から内定をもらえるとは思っていなかった。「マスコミ一筋」というポリシーをあっさり捨て、就職活動を終了させた。同級生たちからは「奇跡」「信じられない」と言われた。否定はしない。俺よりはるかに志も社会適応能力も高いと思われる学生も、落ちた企業だったのだから。
就活の緊張感から解放され、ひたすらだらけまくった後「残りの学生生活を充実させないと」と焦り始めたのは十月になってからである。単純な発想だが、とりあえず旅行に行くことにした。社会人になって何ができないかと考えると、長期の休暇を取ることだ。飲み会やDVD鑑賞なぞは社会人でもできるのだ。
十一月に出雲に行った。偶然、旧暦十月に出雲大社に日本中の神々が集まる、ということを知ったからである。だから出雲以外では「神無月」、逆に出雲では「神在月」というそうだ。旧暦十月、今の暦でいうと十一月下旬である。学生の特権を使って、友人数人と平日に行った。
それまで神社仏閣に興味や関心はなかったが、出雲大社をじっくり見学すると、なかなかいいもんだと思った。一方で観光地化され過ぎている感じがしたので、「なんか文化とか伝統とかを、ビジネスに活用するのって嫌らしいよね。そういうのなければもっといいのに」とか「なんでもお金儲けにしようとするのって、神様に対する冒涜じゃないのか」ということを調子に乗って喋っていたのを覚えている。将来が決まっている学生ならではの優越感が出たのかも知れない。今、振り返ると恥ずかしい。
十一月は四時でもすでにうす暗い。日が落ちかかっている山道を出口の鳥居に向かって歩いていた。あたりに人気はなかった。急に参道脇の木々の合間から一匹の蛇が姿を現し、俺の前を横切ろうとした。俺は蛇が苦手なので、距離をとって通り過ぎるのを待っていた、すると、そいつは俺の方に鎌首をもたげた。目があった、気がした。ゾクッとした。緊張が分かりやすく現れたのだろう。友人が「蛇なんて木があるところには結構普通にいるぜ。東京ぐらいじゃないか、いないのは」と軽く呆れられ、そういうものかと思った。確かに近所にある明治神宮も境内は木だらけだが、蛇を見たことはない。これだから都会っ子は、という友人の心の声が聞こえた。でも仕方がない。本当に蛇は苦手だ。苦手というか、蛇好きには申し訳ないが、生理的に受け付けない。
とにもかくにも蛇をやり過ごし、出雲大社の出口近くにある島根県立古代出雲歴史博物館を見学した。もともとファンタジー好きなので、日本神話の解説が思いの外面白く、興味を持った。後で「古事記」を読んでちゃんと日本神話を理解しようと思った。その場では自分へのお土産として三種の神器の一つである勾玉を買った。
出雲で神話ロマンがくすぐられた俺は、日本神話つながりで、伊勢神宮にも行った。日本神話や神道方面に疎い俺でも、伊勢が由緒ある場所というのは知っていた。今度は一緒に行く友人がなかなか見つからなかったため、突貫一人旅だった。伊勢一帯は江戸時代から観光地化されているため、出雲大社よりもさらに商業臭が強かったが、それでも背の高い木々の中に佇む内宮は神秘的だった。また内宮周辺のおはらい町は、江戸時代のお伊勢参りを忍ばせる活気があり、それはそれで楽しめた。
しかし、どうやら熱しやすく冷めやすい性格のようで、日本神話への旅はそこで打ち止め、興味もあっという間に薄れていった。あとは友人と沖縄、スノボ、海外旅行という割と定番のメニューをこなした。学生生活最後の一年で「旅行」という素敵な思い出ができたと思っている。
卒業式は意外に感慨深かった。教授たちの餞の言葉なんて儀礼的なだけだと思っていたが、意外とみんな学生のことを考えてくれているだな、と感じられた。
「社会に出たら、妥協しなくてはいけないことがいっぱいあります。けれども、ここだけは守りたいという一線は必ず意識して行動してください」
そんな知らない先生の言葉が印象に残った。こうして、最高かは分からないけれど、悪くないと思える大学生活は終わった。
*
五月
「なんか最近デジタルトランスフォーメーション、デジタルトランスフォーメーションって言われているけど、デジタルトランスフォーメーションってなに?もう色々なことについていけなくて不安だわ」
九時過ぎ。掃除をしながら、ニュースを横目に見ている母が聞いてきた。
三回も言わなくてもいいのに。デジタルトランスフォーメーションって言いたいだけじゃないのか?母が剥いてくれたびわを食べながら、全く深く考えずに答える。
「よく分からない」
「そんなんで、会社大丈夫なの?」
「分からない」
今後は母は呆れたようだった。でも俺も本当に分からないのだ。デジタルトランスフォーメーションが具体的になんなのかも、俺が会社でうまくやっていけるのかも。
俺は入社してからも実家暮らしである。一人暮らしも考えたがJR原宿駅まで徒歩十分でいけるこの家から出るほど強い理由もなかった。とりあえず、月五万円収めることで、衣食住全て心配する必要はない。使い慣れた部屋も、広くはないが不自由はしていない。少し物件調べもしてみたが、この金額で、同じ条件で、これ以上の部屋があるとは思えなかった。俺は一人っ子で、親との関係も悪くはない。母親とも、一緒に出かけたりはしないが、時間があれば普通に会話する程度には仲は良い。
なんで母が急にデジタルトランスフォーメーションの話をしたのか少し気になったので、聞いてみたら、母の実家の話になった。母の父、つまり祖父が秋田で営んでいる地元の小さな不動産会社は、デジタル化が全然進んでいないらしい。
「別に仕事に支障がなければ、いいんじゃないの?だっておじいちゃんとこだけじゃなくて、街全体そんなに進んでないんでしょ?」
「不安らしいのよ。今は大丈夫だけど、世の中どんどん変わっていくのに、自分たちだけ変わらなくていいのかって。東京とか大阪とか大都市は人が集まってるから自然と発展していくんだけど、地方は差があるみたい。国がテコ入れしてくれるところはいいけど、そうじゃないところは、なかなか自力で変われないらしいのよ。観光地としてもそんなに認知度があるわけじゃないし」
「由利本荘はのどかなのがいいとこから、あんまりデジタル化が進んだら、俺は逆にいやだなあ。それにこれまでなんとかなっていたんだから、無理して観光地化する必要もないと思うけどなあ。」
由利本荘市とは秋田県南部に位置する日本海に面した市である。
「あんたはたまに遊びにいくだけだからいいけど、住んでる人たちは自分たちの生活をもっと便利にしていきたいし、もっと豊かな暮らしがしたいの」
「そうか。まあどっちにしろ俺はデジタルとかITとかそんなに興味ないな。誰かが生活便利にしてくれるなら嬉しいけど」
我ながら他力本願だ。こんなんでコンサル会社やっていけるのだろうか。やはり就職できたのは、何かの間違いではなかったか。俺は話題を変える。
「ところで父さん週末には退院できるんだろ?」
「ええ。ただの胃腸炎で良かった」
これまで入院はおろか滅多に病気にならなかった父が、腹痛を訴え病院に運ばれた時はショックだった。
やっぱり年かしらねえ。寂しいこと言うなよ。口に出したら本当に寂しい気持ちになってしまい、話題を間違えたと若干後悔した。明日も会社なのに、暗い気分で一日を終えたくない。
「このびわ、美味しいな」
「でしょ。ふるさと納税で試してみたの」
うちは父母ともに娯楽とかファッションとかにはあまりお金はかけないが、昔から食材にはこだわっている。贔屓目はあるだろうが、良いものを見つける嗅覚は鋭い。健康意識も高いのだろう、野菜をふんだんに使った料理が多い。しかも食材のせいか味もよく、これまでの人生で野菜が苦手ということはなかった。これも実家暮らしをしている小さな理由の一つである。
入社して一ヶ月。ゴールデンウィーク前までは研修期間だったので学校の延長線上のような平穏な日々だったが、いよいよ配属が決まると期待よりも不安が大きい。
*
俺の家は明治神宮の近くにあり、毎朝神宮の表参道入口の前を通ってJR原宿駅から電車に乗る。ゴールデンウィークがあけたある平日、神宮の入り口に犬が座ってこちらを見ていた。赤茶色ベースに白と焦茶の部分がある。ぱっと見、かなり大きな狼のような犬だった。代々木公園あたりに散歩に来た時に飼い主とはぐれたのだろうか。かっこいい犬だな。その時は、それくらいにしか思わなかった。
それから一週間後、また同じ犬をみた。インパクトがあったので、すぐに同じ犬だと分かった。この時もあまり気に留めなかった。だがその週の土曜日に、大学時代の友人とランチの待ち合わせのため駅に向かう途中、三度見かけた時はさすがに気にかかった。ちょっと近づいてみると、思ったよりさらに大きくて立派な犬だ。この時気がついたが、首輪はしていない。捨て犬だろうか。それにしては綺麗だけど。そんなことを考えていると。犬の方から近寄って来た。飛びかかってくる気配はないが少し怖い。犬は俺の前まで来ると「ハッハッ」と息をして、こちらを見あげる。気のせいか、何かを訴えているように見えた。しかし、意思疎通できるわけでもなく、待ち合わせ時間に遅れるわけにも行かなかったので、そのまま駅に向かった。
週末明けた月曜日。同期の高杉くんと飲んだ後、俺はいつものように電車を降り、いい気分で家に向かっていた。時間は二十三時半頃。季節外れのおぼろ月が素敵だ。明治神宮の前で、突然背の高い青年に呼び止められた。
「おい」
ハスキーな声だ。周囲に人はいない。呼びかけられたのは俺で間違いなさそうだ。少し怖い。身長は俺より十センチ以上高く、百八十センチはありそうだ。ジーンズにスウェットという身軽そうな服装だ。数ヶ月前まで俺もそんな格好だった。今じゃもうスーツが当たり前になってしまった。
「はい?」
返事せざるを得ない。俺が怯えている様子をみると、
「驚かせてすまない」
と謝られた。意外と紳士的だ。もう少し青年を観察してみる。スラッとしているが、よくみると筋骨たくましい。スポーツ選手か肉体労働者のお兄ちゃん、といった風貌だ。肉体的には完全に負けている。そして、堀が深い端正な顔立ちは、間違いなくイケメンの部類だろう。それも雰囲気イケメンとかではなく、「ハンサム」という表現の方がしっくりくる。浅黒くて、やや長めの髪も見苦しい感じはなく、むしろエキゾチックな雰囲気が漂う。ハーフだろうか。悔しいが、ビジュアルに関しては完全に負けている。俺は自分の美的感覚とはフェアに付き合っているのだ。
俺よりは年上に見える。二十代半ばから後半くらいだろうか。ただ、強気に出る気がしないのは年のせいではないだろう。相手をみて態度を変える人間にはなりたくなかったのに、我ながらダメな社会人である。
「何か用でしょうか?」
自分でそう尋ねながら、最近この男をどこかで見かけた気がしてきた。思い出そうとしていると、
「俺は最近ここに時々きていた四国犬だよ。あんたがここを通るのを見ていたんだ」
「シコクイヌ?」
「そういう種類の犬だ」
何秒か何十秒か、もしくは何分か過ぎた後、
「おい」
という青年の声でようやく我に返った。
「信じてないって顔しているな」
「え、あ、いや」
言葉にならない言葉を返す。うーん。そう言われると、凛々しい顔立ちは、狼のような風貌のあの犬のイメージと合う。合うけれども……。
「そのシコクケンが、どうして人間の姿なんですか」
とりあえず当たり障りのないことを聞いてみる。
「犬のままじゃあんたと話すことができなかったからだよ。話しかけたけど、やっぱり通じなかった」
「はあ、なるほど。では、その犬がどうやって人間の姿になることができたんですか?」
だんだん形ばかりの敬語で、小バカにするトーンになってしまう。
「普通はなれない。ただ俺にはたまたまその力がある」
作り話にしてはもう一工夫欲しいところだ。
「とはいえ姿を変えることは望ましいことではない。正体を明かすことなどなおさらだ。狸や狐だって、正体がばれてしまうことはあっても、自ら明かす話など聞かないだろう?」
それは知らないが、とりあえまだ同じトーンで聞いてみる。
「じゃあ、どうして僕に明かしてくれたんですか?」
今度は青年はやや不機嫌な声になった。
「そういう小馬鹿にした態度で話すのが好きなのか?」
今度はこちらがムッとした。が、構うことなく彼は続けた。
「あんたに話があったからだよ」
家に着くと日付が変わっていた。
風呂に入りながら、先ほどの出来事を反芻してみた。夢でも見ていたのだろうか、酒も入っていたし…話の内容自体があまりに荒唐無稽で、人生で初めて自分の正気を疑った。とりあえず「四国犬」という聞いたことのない種類の犬を検索してみた。そこからしてすでに架空なのではないか、と疑っていたが、四国犬は実在した。真っ先に目に入った画像は、なんとなく三回遭遇した凛々しい犬に似ていた。とりあえず、ウィキペディア(Wikipedia)だ。
四国犬(しこくいぬ)は、四国地方(主に高知県)原産の中型の犬の品種。日本犬の一種である。かつては土佐犬(とさいぬ)と呼ばれていた中型の犬である。土佐闘犬との混同をさけるために、四国犬と改称された。
本来の作出目的は、四国山地周辺の山村における鹿や猪等の狩猟およびそれに伴う諸作業。山地での激しい狩りにも耐えうる体力・持久力がある。温暖湿潤気候に強い。体格は柴犬より大柄。
主人には異常なまでに忠実だが、よそ者には警戒するため、番犬に適する。よそ者にはふとしたことでも噛みついたりと非常に攻撃的なため、散歩中などは注意が必要である。
1937年(昭和12年)6月15日に文部省(現・文部科学省)により、天然記念物に指定された。骨格の特徴から弥生犬をルーツに持つとされる。
(中略)
四国犬は日本犬の中で最も素朴な風貌と評される事もあるように、猟犬としてニホンオオカミと交配させたとの伝承もあり、外見が似ているとしばしば言われる。しかし、それ故にニホンオオカミの目撃情報の際、見間違いの候補として挙げられやすい犬種でもある。(以下略)
Wikipediaより
強そうな犬だな。万が一、本当に、あの青年は四国犬ならば、怒らせてはいけないみたいである。悪い意味で興奮して、なかなか寝付けなかったが、朝、浅い眠りから覚めると、平常心を取り戻しており、昨夜の出来事は、通りすがりの青年のいたずらとしてしばらく保留しておくことにした。しかし、現実は保留を保留のままにさせてはくれない。一週間後の月曜日。帰り道、同じ場所で再びあの青年に会う。時刻は二十三時過ぎ。今日も高杉くんを含めた同期数人と夕飯を食べてからの帰る途中だ。ただし今日は酒は飲んでいない。
「どうだ、何か分かったか?」
「正直分からないっす」
今日は自然と敬語が崩れてしまった。話の真偽はどうあれ、暴力を振るわれることはなさそうに感じたからだ。単なる危機意識の欠如かも知れないが。ついでにいうと、そんなに悪い奴ではないとすら思いはじめている自分に驚いた。そもそもまだ会って二回目なのに。しかし、そんな俺の態度の変化を意識しているのかいないのか、彼は呆れたように俺をみた。
「あんた、何も行動起こしてないだろ」
あっさり見抜かれる。
先週の話。それは簡単に言うと俺には「呪い」がかけられている、ということらしい。
「正直まだ信じられない、というのが大きいんだけど。実際、俺なんともないもの。一体それどんな呪いなんだ?」
「怨念のような感じだ。今はまだ何ともないが、そのうち心身を蝕むぞ」
「具体的にどんな症状になるんだ?」
「それはまだ分からない」
「じゃあ、ちょっと質問変えるよ。その呪いにはいつ頃かかったか分かるか?」
「まだ何も症状がないところをみると、割と最近だろう。特定はできないが、数ヶ月から一年以内じゃないかと思う」
この段階で、作り話と思いつつも、だんだん冒険心がくすぐられ、のってあげても良いという気分になってきた。
「なあ、呪いの話が本当だとして、なんで全くの他人の俺に、そんなことを教えてくれるんだ?」
「あんたを助けてやろうと思った」
「なぜだ?」
「今それを言う気はない。俺はただ助ける手助けをするだけだ」
何でこんなに上から目線なのだろう。仕方なく助けてやるというように聞こえる。全く頼んでいないのに。
「あんたの呪いを解くには、まず呪いの正体を突き止めなくてはならない。正体が分からないと、解く方法も分からない」
なるほど。彼は続ける。
「心当たりはないか?例えば誰かの恨みを買ったとか」
俺は言われるままに、ここ一年を思い返してみた。まったく買っていない、と言い切る自信はない。俺はそこまで気遣いができる方じゃないのは自覚しているので、うっかり誰かの怒りを買うことなどはあり得る。だけと具体的に誰かに被害を与えて恨まれている、というレベルでは何も思いつかない。なので彼にはそのまま伝えた。
青年は否定も肯定もせず、
「とにかく、何事も起こらないうちに原因を突きとめろ。近いうちにまた来るから」
そういって木々が茂っている方へ消えていく。家に帰ってからふと思う。あの時間に明治神宮の木が茂っている方へ消えていくってどういうことだ?
*
それから一週間後の月曜日、また帰り道に彼に会う。この日は高校時代の友人と飲んでいたので酔っていた。
「あんたは毎日酒飲んでいるな。サラリーマンというのは本当に酒を飲まないわけにはいかないんだな」
本当に、全くの偶然である。三週連続でたまたま月曜日に、同期だったり、高校時代の友人だったりと終業後に食事しただけである。しかし、言い訳がましくなりたくなかったので、
「先週はお酒は入ってなかったよ」
とだけ言ったら、なんだが負け惜しみのようになってしまった。
「それにしても、毎週よく同じ時間に出くわすね。人のこと言えないじゃない」
最初に会った時の緊張はどこへやら、俺はこの男に対して勝手に打ち解けた気分になってきた。たとえ彼が年上だったとしても、犬だと言っているのなら人間の社会的ルールは適用しなくても怒られないはずである。
「俺は八時から三時間以上ここで待っていた」
そんな平然と…三時間も?少なくとも目は冗談を言っていない。どう反応して良いか分からず、ただこの時点ではもう、彼が普通の青年ではないと、何となくそう思い始めていた。そして、彼を小バカにして、邪険に扱うのが申し訳ないとも思い始めていた。つまり彼の話に付き合うことにした。
「悪かった。真剣に思い出してみるから来週もう一回ここで会えないかな?」
来週、という提案に特に意味はない。一年をつぶさに振り返ろうと思ったら、それなりに時間と神経を使うと思ったから、週末を挟みたかっただけだと思う。あるいは、毎週月曜日に会うのに、身体が馴染んでしまったのかも知れない。
「分かった。あんたを助けたところで俺には何の得もないので、本当は放っておきたいところだが、もう一回だけ待ってやる。じゃあな」
「待ってくれ」
「なんだ?」
「名前教えてくれない?」
そう口にした時の懐かしい感覚。新しい友達と友情を育む時の感覚。身体と心が覚えている。なぜ、最近はそういうことがないのだろう。新しい人には出会っているはずなのに。彼の方はどうなのだろうか?
「俺は桃太郎。桃って呼ばれていた」
桃太郎?本人曰く犬なのに?これは突っ込んだ方がいいのだろうか? まあとりあえずいいか。
「水木陽光(みずきようこう)です。太陽の陽に光。よろしく」
「明るくて良い名前だな。なんだか暗そうな奴なのに」
こいつ、無邪気にデリカシーのないこと言いやがるな。実は大いに自覚はあるが、決して嬉しいことではない。
さて、やると言った手間、一年間の行動を振り返らざるを得ない。自分の過去を詳細に洗い直すって、やってみると意外と集中力を使う。どうにかこうにかできる範囲でメモを取りながら思い返す。しかし結論から言うと、推測すら立たない。一年というと、だいたい内定をもらってからだ。恨みとまで言わずとも、妬まれるとしたら、とりあえず思い当たる事象としては、比較的就職活動がスムーズにいったことくらいだ。俺よりも早くから、力を入れて就活を始めていたのに上手くいかなかった人もまわりにたくさんいる。そうした人の中には俺が入った会社に落ちて、何となく気まずく疎遠になってしまった人もいる。
それから強いていうならば、特に悪いこともなく平和な毎日を送れていることか。身内に事件とか災害に巻き込まれた人もおらず、全体として見た時に不幸な出来事と言えることはほとんどなかった。考えてみれば、世界規模の経済危機とか、国家レベルの大震災といった大事件では不幸に巻き込まれている人がたくさんいるはずなのに、直接的な被害は一切受けずにここまで二十四年生きてくることができた。それだけで本当は僥倖と言えるかも知れず、それだけで俺のことを嫌う人間がいたとしてもそれは仕方がないと思う。
とはいえである。一応そこまで考えはしたものの、やっぱり俺が標的として絞り込まれる決め手としては漠然とし過ぎている。これで誰かに呪われるのならば日本中で呪いが溢れてしまう。あとは可能性としては会社自体に恨みを持つ人たちとか。それはいるかも知れない。いるかも知れないが、だとしても新入社員の俺がターゲットになるかと考えるとそれもおかしな話に思える。
約束の一週間後、その日は仕事が終わってまっすぐ帰った。原宿の駅を降りたのは八時少し前。今日は飲んでいない。そういえば待ち合わせ時間を決めていなかったな、と今更ながら気がつく。そして連絡先を知らないことも。なんだか急に不安になってきた。待ち合わせ時間も決めず連絡先も交換せず、どうやって会えるのか。そしてなぜ当日までそんな当然のことに思いが至らなかったのか。改めて、これまで3週連続でごく自然に会えていたことが不思議を通り越し、不気味に思えてきた。やっぱり彼には何かある。犬の化身というのは荒唐無稽としても、普通ではない何かがある。最初に会った時の外見の力強さからくる緊張感とは別種の感情から、約束しなかったことを自分への言い訳にして、このまま会わずに家に帰りたいと衝動に駆られそうになった。
しかし彼はそこにいた。さも当然のように。不思議なことに会ってみると、さっきまでの不気味な感情が引いていく。害意も悪意も感じられない。一瞬感じた緊張がほぐれて、俺は週末考えたことをそのまま話した。
「やはり思い当たる節はないのか」
「なあ、その呪いがかかっているのは俺だけなのか?例えばここ数週間、このエリアに限定した時にたまたま俺だけだったけど、他にもたくさんいる、という可能性はないのか?」
「その可能性が絶対にないとは言えない。ただ、俺はここ何年かこの周辺で色々な人間を見てきて、はっきりと呪いが見えた人間はそうはいない」
俺はため息をついた。正直困った。桃も沈黙している。相変わらずその表情からは、感情が読み取りにくい。
もしかしたら見捨てられるんじゃないか、そう思ったらこれまでろくに信じていなかったくせに、自分でも驚くくらい不安になった。馬鹿げている、そう思いつつ呪いが気になってきていた。確かにこの桃太郎という青年は普通の人間とは違う。そこらへんの占い師に言われるより、よほど真実味がある。俺の心配に反して、その青年−桃はしばらく黙り込んだあと思わぬことを口にした。
「それでは、ここ一年間でどこか神性の強い場所に行かなかったか?」
「シンセイ?」
「神々にゆかりが深かったり、神話や伝承が色濃く残っている場所のことだ」
パワースポット的なことか。それなら心当たりはある。
「例えば、出雲とか伊勢のことだ」
俺が口を開く前に代表例で挙げられてしまうとは。なんか悔しかったが、その二つに行ったよと伝えると、青年はさらに、両方か?と聞いてきたので、そうだと答え、ついでに両方に行った時期とか滞在した日数とか何をしたかも伝えた。
「それで何か分かるのか?」
「以前、出雲大社で呪いにかかった人間がいたからな。そういえば年もお前くらいで、状況もよく似ていた。だからもしかしてその可能性もあるんじゃないか、と思った。神々やその眷属は気まぐれなところがあるからな。運悪く、呪いをもらってしまうこともある」
だとしたらいい迷惑だ。
「その時はどうしたんだ?その、俺と似た状況だった時は?」
「俺が師匠と一緒に、呪いを解いてやった」
今回もそうしてくれるのだろうか?という期待を抱く。
「ちょっと厳しいかも知れないが、師匠に相談してみる」
こいつの師匠っていうのは何者なんだろう。犬だろうか。人間だろうか。とても気になる。それから我に帰り、こんな風に考える時点で俺は正常な世界からはみ出してしまったかも知れない、と自省していると、桃は「また来る」と言い残し姿を消した。
今度は一週間経っても、二週間経っても彼は姿を表さなかった。
*
八月
犬なのに桃太郎という、ややこしい名前を持つ男、もしくは雄を最後に見てから二ヶ月が過ぎた。しばらく会わないと、また次第に「あれは夢だったんじゃないか」と思うようになり、呪いのことも気にならなくなってきた。
それに仕事にも職場にも慣れるのに必死だ。研修を終えて現場に配属されると、さらに心に余裕はなくなってきた。同期の高杉くんは優秀だった。同じ部署に配属されるまでほとんど喋ったことはなかったが、工学部出身出身ということもあって、数字の扱いとか、論理的思考とか、パソコンの扱いとか、デジタルの知識とか、俺とは初期値が違う。少なくとも今の時点で彼に勝とうとするのは諦めた。本当は悔しがるべきなんだろうが、そんな気すら起きず、むしろ高杉くんがいてくれるおかげで、なんとか仕事をこなせていると言ってもいいくらいだ。彼にエクセルを教えてもらうことができなかったら、俺は本当に何もできないまま終わっていたかも知れない。
そんな高杉くんについて、その有能さ以上に驚いたのが、彼の実家が静岡のお寺である、ということだ。いずれは実家を継ぐ予定で、その時のために経営とかマーケティングを実施でやりたかったというのが入社動機だったらしい。俺は、お寺事情には全く明るくないので、「お寺に、経営とかマーケティングって必要」ということを初めて知った。それ以前にお坊さんがサラリーマンをやる、というのが不思議な感じだった。
配属になったコンサルティングの部署は、拘束時間という面では、かなり恵まれている部署だと思う。ほぼ毎日、遅くても午後九時には会社を出られる。土日もだいたい休める。ブラックからは程遠い。この上、夏休みが短いというのは贅沢だろう。社会人たるもの、それくらいは覚悟していた。そしてそんな短い夏休みの最中に、桃は再び俺の前に姿を表した。
やはり夜であった。大学時代の友人と数ヶ月ぶりに飲んだ帰り道、見覚えのある長身のすらっとした青年が木陰から姿を現した。しばらく会っていなかったためか、彼の出現に緊張した。
「元気か?」
「久しぶり、元気だ。そっちも元気か?」
「まあまあだ。ところで、お前明日の四時半に代々木口に来られるか?会社を休まなくてはいけないだろうが…」
犬だけど、会社というものが学校とは違うことは認識しているらしい。だが、夏休みの存在までは思いつかなかったようだ。
「いや、大丈夫だよ」
ちなみに、代々木口とは、今いる原宿から近い入り口ではなく、JR代々木駅絵から近い境内への入り口である。
「良かった。よろしく頼む」
青年はわずかに顔をほころばした、ように見えた。
そういえば、こいつがちゃんと笑った顔はまだ見たことがない。というより表情に乏しい。俺も愛想が良い方では決してない。むしろ悪い方である。正直、今でも無事就職できたのが、信じられないくらいだ。でも、そんな俺から見ても、この若者の表情は変化に乏しい。
「何かあるのか?」
「明日話す」
「今日じゃダメなのか?」
「ああ、明日じゃないとダメだ」
このやりとり、相変わらずめんどくさいなと思ったが、我慢した。幸い明日はなんの予定もない。
「分かった。四時半に代々木口だな」
そういうことになった。桃がまた木陰に消えようとした時、ふと彼の服装がこの前会った時と異なっていることに気がついて聞いてみた。
「お前、どこで夏服調達したんだ?」
「言う必要はない」
「盗んだのか?」
「そうじゃない」
俺に疑問を抱かせたまま、桃は消えた。
翌日四時半ぴったりに代々木口に着くと、彼はもう来ていた。しかし驚いたことに今日は一人(一匹?)ではなかった。一緒にいたのは若い男性だ。若いといっても俺よりはだいぶ年上で、三十代前半か半ばくらいに見える。会社でその年頃の先輩は第一線でバリバリ仕事をしていて、「俺、仕事してる」感を周囲に撒き散らしている人が多い。俺は暑苦しいのが苦手なので、正直「そんなに強く主張しなくても…」と思ってしまうのだが、目の前のこの人からはそんな感じが全然しない。
柔和な表情からは、優しげな印象を受ける。堀が深い顔立ち、アーティスティックな雰囲気を醸し出しているゆるいパーマ。端的に言うと「イケメン」だ。桃といい、ここ最近会社以外で知り合うやつはイケメンばっかりだ。服装はベージュのパンツにライトブルーのシャツ、白のスニーカーという夏らしい爽やかな出で立ちだ。いったい何をしている人だ?もしかしてこの人が以前言っていた桃の師匠だろうか?などと考えていると、紳士的に自己紹介してくれた。
「寶井(たからい)と申します。京都の大学で専任講師をしております。専門は日本神話や民間伝承など、まあ日本文学と民俗学の中間みたいな感じです。僕の時間に合わせていただく形になりすみません。たぶん、貴重な夏休みだったのではないでしょうか」
見た目通り、穏やかな話し方だ。この人が講義をしたら、きっと女子学生の人気は高いだろう。俺も自己紹介をした。
「この時間はまだこのあたりは人通りが多いですね。それに立ち話じゃ落ち着きませんから、座れる場所へ行きましょう」
俺は戸惑った。桃がらみの話を人がいる場所でしたくはない。そんな俺の心中を察したのだろう、寶井さんという人は笑いながら言った。
「大丈夫です。人がいないところですよ。明治神宮の中です」
「中も人がいますよ」
「大丈夫、あと三十分で閉まります」
「そしたら僕たちも出なきゃいけないんじゃ…」
寶井さんは何事もないように言った。
「僕はここの道場で弓道を習っている、門人です。だから稽古あある日は夜でもいられるんですよ。水木さんは今日、僕の紹介で見学に来たということにしましょう。そうしたら境内から出なくてすみます」
俺は二十数年間、ほぼ毎日明治神宮の前を通っていたのに、道場があるのを知らなかった。神社に道場とは何やら神聖な感じがして、なかなか趣深い。
寶井さんは名前は熊楠(くまぐす)というらしい。和歌山出身で、同県出身の著名な民俗学者にあやかって命名されたらしい。
「多少は今の研究分野と被っているので、まあご利益があったということですかね」
俺は元ネタのクマグスという人を全く知らなかったので、あいまいに笑った。
境内の中、人気のない道場の近くに腰を下ろし、寶井さんは話し始めた。
「話は桃太郎くんから聞きました。きっとすごく混乱したでしょう」
「ええ」
桃がいる手前、「彼の話、信じます?」とは聞かなかった。
「桃くんとは以前に一度この神宮で会いまして。その時、『時々くるから困ったことがあれば相談に乗る』と言ったんです。そして二日前に私は久しぶりにここに来て、彼から話を聞いたというわけです」
寶井さんはなんだか楽しんでいるように見える。俺はこの人に桃の正体のことを聞きたかった。それからこの人が桃が言っていた「師匠」という人なのかも。
「桃くんのことは、なかなか信じられないでしょう。しかし、私の言葉も信じてもらうしかありませんが、彼にはあなたや私には見えないものが見えます。そして彼は嘘をつきません」
それから、やや皮肉めいて言った。
「人間と違って」
俺はそれ以上何も聞かなかった。
「それで呪いについてですが」
桃については今はそれ以上言うことはないと思ったのか、話題を移した
「特定の誰かに恨まれた記憶はないと」
「ええ、自分の記憶の限りは」
「分かりました。おそらくそうなのでしょう。仮にあるとしても、今の世の中で普通の人間が誰かに呪いをかけるなんて出来ないことです」
そうであって欲しい。誰も彼もが自分の恨みを晴らすために他の人に呪いをかけられるとしたら、恐ろしい世の中になる。
「とすれば、人じゃない存在が関わっている、と考えるべきです」
桃には悪いが、初対面の人が言う「呪い」とか「人じゃない存在」とかを鵜呑みにすることはできなかった。それがどんなに常識人に見える人であっても。これまでの人生でオカルトや超常現象の類には全く関わらずに生きてきたのだから仕方ない。
とはいえ、やはり桃がそばにいる手前、今更話を蒸し返すのも気が引けたので、最大限遠慮気味に言った。
「そんなこと本当にあるんですか?疑うようでごめんさない。でもこれまでの人生で、こんな話聞いたことなくて」
「確かに普通はないことです。いくつかの偶然が重なったのでしょう」
それから少し間をおいて
「ここ一年の間に出雲大社と伊勢神宮に行ったそうですね」
「はい。去年の十一月に。出雲は友人と旅行で。伊勢は一人で。」
「出雲大社と伊勢神宮ですか!日本屈指のパワースポットですね」
寶井さんが少し興奮気味なのが伝わる。
「ふーむ、ちょっとその時の詳細を思い出せる限り詳しく説明していただけますか?」
俺は去年の旅について、思い出せる限り詳しく説明した。恥ずかしかったが、蛇を見て怯えた話や、出雲でのやや後ろめたい言動も含めて。寶井さんはしばらく黙って思案している様子であった。いつの間にか夕日が沈みそうになっていた。八月も中旬を過ぎると、だんだん日暮れが早くなってくる。俺は暑いのが苦手なので、夏は好きじゃないのだが、夏の終わりを感じると物悲しくなってきた。今年は夏らしいことを何もしていない。
隣にいる桃は、さっきから一言も発しない。無理に話題に入ってこようという意思も全くないようだ。かといって話を聞いていないわけではなく、ずっと真剣な表情でこっちを向いている。控えめなのか、必要がなければ話さないというスタンスなのか。ただ、ここのところ会社の誰も彼もがとにかく意見を言わなくてはならぬという雰囲気に疲れていたので、何も言わず話を聞いてくれているだけの桃に好感を覚えた。俺も気張って無理に何かを話す必要がない。ここでは沈黙が苦しくない。木々に囲まれた神宮の夏はゆっくり暮れていく。なんだかこの時間が心地よい。
いよいよ夕陽が沈み、あたりが暗くなった時、一人の若い女性が近づいてきた。
「先生、こんばんは」
先生とは、寶井さんのことのようだった。
*
歳は俺と同じか少し下だろうか。スラッとしていて、身長は俺より10センチくらい低い一六〇センチといったところか。ブラウスにジーンズというラフな格好に、薄めの化粧。肩よりやや長く伸ばした黒髪。大きな目が印象的だった。飾りすぎていない点が個人的に好感が持てる。全体的にスッキリしていて、こういうのを「透明感がある」というのだろうか。寶井さんが
「ここの道場で僕と同じく、弓道を習っている九鬼(くき)光(ひかる)さんです」
と紹介してくれた。俺も自己紹介した。光と陽光って、なんだか名前似てますね。光さんは軽く笑う。ホントですね。俺もつられて笑う。こんな偶然の符号で嬉しくなってしまうのだから、俺は単純だ。
寶井さんは俺のことは、日本神話について聞きたいことがあったから訪ねてきた知人、と紹介してくれた。その時ふと、桃のことを思い出して、周囲を見たが、いつの間にか消えていた。
「どうぞお先に。水木さんともう少し話してから行きますから。水木さんは本日は見学なんですよ」
「そうなんですか。ゆっくり見学していってください」
九鬼さんは颯爽と道場の中に消えていった。歩く時の姿勢が綺麗だ。
「いい子でしょう?」
俺は深く考えず感じたまま、肯定した。
「さて、私もそろそろ行かなくては。今すぐには分からないですね。お時間をとらせて申し訳ないですが、見学という名目でお連れした以上、少しでもいいので、見学していってくださると有り難いのですが」
もちろん俺は承諾した。
道場での稽古が始まった。俺はぼんやりと見ていた。寶井さんも九鬼さんも綺麗な構えで矢を射る。優美な競技だな、と思った。剣道や柔道が「動」の武道だとしたら、弓道は「静」の武道だ。
最初退屈するかと思ったけれど、案外早く時間が過ぎ、俺は寶井さんと九鬼さんとJR
代々木駅まで一緒に帰ることになった。九鬼さんは今大学四年生らしい。朗らかで、駅までの短い時間でもそれなりに会話は弾んだ。
「へえ、出雲と伊勢ですか。古代日本史とか日本神話に興味があるんですか?」
「もともとはなかったんですけど、まあ日本人である以上、社会に出る前に行っておいた方がいいかなと」
縁結びが目的だった、とは言わなかった。
「いいですよね。出雲大社って、やっぱり都会の神社とは何か違います?伊勢は母親が信心深いんで昔結構行ってたんですが、出雲は行ったことないんですよ」
「交通が不便で…周りには何もなかったですね。でも逆に、人里離れているのが神秘的な感じがしました。あと、蛇がいてびっくりしました。伊勢も活気があっていいですよね。おかげ横丁でしたっけ、内宮の近くのエリア。なんだか江戸時代にタイムスリップしてしまったみたいでした」
「へえ、出雲行きたいです。伊勢もまた行きたくなったな。学生は時間あるんですけど、お金がなくて。でもきっと社会人になったら、お金はできても、今度は時間がなくなるんでしょうね」
俺は苦笑いでして「まったくです」と答え、少し話題を変えた。
「何かアルバイトとかはしてるんですか?」
「近所の神社で巫女さんをやっています。変わったバイトでしょ?」
なるほど。珍しい。でも似合っている。
そんなことを話していたらあっという間に駅についた。
「僕はここから一駅なので、歩いて帰ります」
と言うと、寶井さんが
「何か分かりましたら連絡するので、連絡先教えてもらってもよろしいでしょうか?」
と言われたので、LINEとメールアドレスを交換した。本音を言えば九鬼さんとも交換したかったが、交換する理由が見つからない。久しぶりに出会った感じのいい子だったので、もう会うこともないと思うと残念である。
それにしても、と歩きながら思った。桃はいつの間にいなくなってしまったのだろう。いくら信用できる人だといっても、初対面の人間同士だけにしていなくなるのは無責任ではないか。変わった奴だが、そういうところはしっかりしていると思っていた。あるいは何か理由でもあったのだろうか。
*
寶井さんから連絡が入ったのは、夏休みが明けて一週間経った月曜日の夜だった。
最初にLINEが入って、「長くなるから電話で話したい」とのことだった。俺は助けてもらう立場なのでもちろん承諾し、五分後に寶井さんからLINE電話をしてもらうことになった。電話はきっちり五分後にきた。
「ちょっと考えたことがあります。まだ仮説なのですが」
と切り出した寶井さんを失礼を承知で遮り、思い切って尋ねてみた。
「寶井さん、この間は聞けませんでしたが、そして出発点に戻って申し訳ないのですが、先生は桃の呪いの話を信じます?信じられます?俺は信じられないし、それが普通だと思っています。だってそうでしょう?」
「そうですねえ」
少し間があく。
「僕自身には実際に呪いを見ることはできません。私がしているのは、水木さんが呪いにかかっているという前提にたった時の原因の解明と解決策の探究です」
「だからその前提がそもそもえりえない!」
俺は抑えきれず、声を荒げてしまった。
「もし、桃太郎くん以外の人から言われたら、私も疑ったはずです。しかし、桃太郎くんは何者であるにせよ、普通の人間ではない。普通の人間ではない者から、普通でないことを言われた時は、耳を傾ける必要があると思うのです。水木さんもそうでしょう?この間お会いした時は結構信じているように見えましたよ」
確かにその通りだった。
電話越しの寶井さんの声は波がない海面のように穏やかだ。
「それにこんな嘘をついても桃太郎くんには何の得にもならないでしょう。まあ全ての行動が損得で説明できるものでもないですが…。いずれにしろ今の段階では信じても困ることはありません。それなら僕は信じてみようと思います。これはあくまで水木さんの問題なので、水木さんがどうしても乗れない、というのなら僕にはどうすることもできませんが、でも彼を信じてみませんか?」
心がじんわり温かくなってくる。
「少し話が逸れてしまったかな」
「いえ、こちらが話の腰を折ってしまったんです。すみませんでした。でもおっしゃる通りだと思います。俺も信じてみます」
「良かった。それで考えたのですが、もう一度現場に度行ってみるべきなんじゃないかと思うのです。つまり出雲と伊勢にということですが」
「え?」
「もしかしたら何も発見はないかも知れません。しかし、何も行動しないよりかはましだと思いました」
確かにそうかも知れないけれど、出雲は遠い。
「僕はフィールドワークが習慣になっているというのもありますが、経験上、手がかりは現場に落ちていることが多いのです。机の上で考えて先に進まないなら、現場に行くに限る。一般企業で働いていた頃からそう思っていました」
この人が一般企業で働いていたのは意外だった。企業勤めの頃は、やはりガツガツとしていたのだろうか。うーん、正直言うと俺は、どこかに出かけて調査とか面倒くさいのは苦手である。仕事でもレポートでも、できればパソコンとスマホを駆使して、調べ物を済ませてしまいたいタイプである。だって苦労して行ってみて何もなければお金も時間ももったいないではないか。電話越しの反応の悪さから、そんな俺の気持ちが伝わってしまったようだった。
「でも、会社員だと土日しか休みがないから、しんどいでしょう。特に新入社員の時は」
俺は話題を変えてごまかす。
「寶井さん、一般企業にお勤めになったことあったのですか?」
「ええ、二年でやめてしまいましたけど。根性のない若者でした」
電話越し苦笑が伝わる。
「このフィールドワーク、少し考える時間もらって良いですか?」
「もちろんです。もしかしたら去年と同じ条件にして、神無月に行く方が良いかも知れない」
科学的な発想だ。俺も一つ思ったことがあった。
「もし行くとしたら、桃を連れて行くことってきると思います?」
寶井さんがスマホの向こうで「ほう」という声を発するのを聞いた気がした。
「僕もそう考えていました。行くなら彼を連れて行くべきです。呪いは彼にしか見えない、ということは、もしかしたら他にも彼にしか見えない呪いに関係する他のものがあるかも知れない。現場に行くことを考えた時、彼が来ることは前提になっていました」
そこで寶井さんは一息ついた。
「そこで二点目のお話です。桃くんについて、です」
「桃について、ですか。先生、彼についてどんなこと知っています?」
本当はどこで知り合ったのか、どういう関係なのか、桃がいう師匠とは寶井さんのことなのか。色々知りたいことがあったが、あまり質問攻めにしてもいけない。
「先日弓道場で九鬼さんという女子大生と会ったでしょう?」
「はい」
唐突だな。九鬼さんの透明感のある顔を思い浮かべた。
「桃太郎くんは、おそらく九鬼さんの飼い犬です」
「えっ?」
「厳密に言うと、彼女と同じく都内に住む一人暮らしのおじい様の飼い犬だったようです。そのおじい様が今年の春頃お亡くなりになり、それからしばらく行方不明だったそうです」
「それが彼女の家に来たと?」
「ええ、つい一昨日らしいのですが、家の前に見覚えのなる犬がいたと。どう見ても、その犬に間違いないと言っていました。さらに決定的なことに名前を呼んだら反応したらしいのです、それで、その名前が…」
「桃太郎、ですか?」
「その通りです」
「それからその犬は?」
「ずっと九鬼さんの家にいるようです」
ここまできたら、俺は思い切って寶井さんと桃の関係について聞いてみることにした。
「寶井さんは、桃が普通の犬じゃないって、どうして分かりました?本人から聞いたのですか?」
「初めて彼をみた時は、明治神宮の中で、犬の姿でした。もちろん、人間の姿になれるなんて思いもしません。ただ、気にはなっていました。そもそも神社に犬はいません。連れ込み禁止ですし、野良犬が迷いこんだら、すぐに追い出されるでしょうから」
なるほど、確かに神社で犬は見ない。
「珍しいこともあるものだと、彼を観察していました。首輪がついていないので、野良犬かと思いましたが、全然汚れていない。それから上手く言えませんが、何かしら他の犬とは異質なものを感じました。多くの野良犬がそうするようにうろうろするでも、人に近くでもない。ただ遠くの何かをじっと見たり、考えているように見えたのです」
俺は黙って聞いていた。俺も最初に数回見かけた時、野良犬にしては小ぎれいで、しつけが行き届いているように見えた。
「それで好奇心に駆られて犬の後をつけてみました。そのうち犬が私の方を向き何かを訴えるように、口を動かしました。うるさそうに『後をつけるのをやめろ』という声が聞こえました。いやあ、あの時は心底驚きましたよ。」
それは驚くだろう。それで合点がいった。桃は犬の姿のままでも俺と話せると思って語りかけていたのだ。寶井さんには声が聞こえたのだから。しかし、じゃあなぜ寶井さんには犬の時の桃の声が聞こえたのだろう。
「実は彼も驚いていたようで、まさか自分の発した言葉が伝わるとは思っていなかったようです。自分の言葉を理解できた人間は初めてだったらしいです。まあ僕は普通の人よりカンが鋭いので」
「カンっていうのは、霊感的なものですか?それとも動物の言葉を解する野生の勘的な?」
「どっちもです」
桃という存在とは比べるべくもないが、どうやらこの人もなかなかに不思議な人のようだ。
「とにかく、僕は彼が何か目的をもって境内にいるように見えたので、協力を申し出ました。何か困っていることがあるなら、僕で力になれることがあれば言って欲しいと。僕は君と意思疎通ができるし、職業柄、常識の範疇の外にあることも多少は分かる。その時は、特にないと言われたのですが、その後もう一度会った時に、水木さんのことを相談されました」
「夏前ですね」
「そうです。あとは水木さんがご存知の通りです。彼が人間の姿になることができると知ったのも、二回目に会った時でした。水木さんとの関係を話す上で、隠せないと思ったのでしょう」
「なぜ俺を助けようとしてくれるのか、聞いています?」
「いえ、一回聞いたのですが、教えてくれませんでした。」
もしかしたら答えが分かるのではないか、と期待していたので、ちょっと落胆した。
「さて話を戻しますと、出雲か伊勢に行く時には、ぜひとも桃くんに来てもらいたい。しかし、飼い犬である以上、黙って家を何日も空けることはできないでしょう」
確かに。
「一応、考えがあります。上手くいくかは分かりませんが」
九鬼家で桃の世話をしているのは、主に光さんで、他の家族はあまりコミットしてこないらしい。だから、彼女が留守になれば、家の人は犬を預けたがるだろう。その時に寶井さんが信頼できる知人に預かってくれる人がいると言えば、その間桃は自由に動ける。それでは彼女が家を留守にするのはいつか。寶井さんの考えというのは、出雲か伊勢に行くときに、彼女も一緒に連れていく、というものである。
一見突飛に聞こえるが、彼女は出雲へ行ってみたいと言っていた。寶井さん曰く、
「実は九鬼さんは、僕の日本神話の講義を聴講に来たことがありまして。熱心に聞いてくれているように見えたので、もともと日本的なものへの興味が強いのだと思います」
なるほど。考えてみれば、そういうことに興味があったので、巫女さんのバイトをやっているのかも知れない。あと、この間の様子から寶井さんのことを随分信頼しているように見えた。可能性としてなくはないかも知れない。九鬼さんと一緒に旅行をする。なんて甘美な響きだろう。たとえ二人で行くわけではないにせよ。一瞬舞い上がって、でも現実的なハードルは高い。
「とは言え、学校の友人というわけでもないし、さすがに難しいんじゃないですかね」
「かも知れません。でも聞くだけなら無料(ただ)です」
この人行動力あるなあ。俺は感心した。
「ただ、その前に桃太郎くんに話してみた方が良いとは思います」
同感だ。桃に協力を求めるのに本人の意向を聞かずに勝手には決められない。
「幸い彼女とは年賀状のやり取りをしたことがあるので、住所は分かります。桃太郎くんは庭に放し飼いになっているらしいので、上手くいけば人目につかずに会えるかも知れません。本当は教えていただいた住所をこういうことに使ってはいけないのでしょうが、しかし、行かないとこちらから桃くんに会う機会は作れませんから」
本当に行動力がある。
「なので僕の方で時間を見つけて、桃太郎くんに会いに行ってみます」
「なんか、何もかもお任せになってしまい、すみません」
「大丈夫ですよ。不謹慎かも知れないですが、水木さんもとりあえず何も問題ないようなので言いますと、僕は結構楽しんでいます。オカルトマニアではないですが、不思議な現象には惹かれる性質でして。だから気にしないでください」
「ありがとうございます」
「さて仕事でお疲れのはずなのに、随分長電話になってしまった。ゆっくり休んでください」
こういう気遣いができる大人は素敵だなと素直に思う。
「寶井さん、出雲か伊勢か、どちらかと言ったらどちらだと思いますか」
「もしどうしてもどちらか一方と問われたら、私だったら出雲ですかね。蛇を見たと言ったでしょう?いくら都会とは違うといっても、観光地にそうそう蛇は出ません。それに目が合ったとおっしゃっていたのも何か意味を感じました。蛇は出雲大社の祭神の使いです。神や神の眷属神が人前に姿を表す時、吉事か凶事のいずれかがその人に降りかかると言われます。原因が出雲にあった場合、後者ということになるでしょう。」
俺がお礼を述べて通話は終了した。一瞬、今回の件を正直に光さんに話して、協力を仰いではどうかと思った。しかし妙なことに巻き込むのも心苦しいし、何より信じないだろう。こういってはなんだが、どう贔屓目にみても寶井さんが特殊なのである。
*
寶井さんと電話で話した翌々日。水曜日の晩だった。会社からの帰り道。桃が人間の姿で待っていた。
「こんばんは、水木」
今日は礼儀正しい。
「こんばんは、桃」
「まだ呪いは解けていないな」
「それなんだが、何の影響もないので、いっそ放っておいてもいいんじゃないかと思っているよ」
桃は少し声を荒げた。
「いいわけないだろう。呪いはあんただけじゃなく、家族にも不幸をもたらすかもしれないんだぞ」
それは嫌だ。自分自身の不幸よりも、そっちの方が恐ろしく感じられてしまう。
「もっと真剣に考えてくれ。だから先生が俺のところに来たんだぞ。わざわざ家にまで」
先生、というのは寶井さんのことである。光さんがそう呼んでいるからだろうか。
俺は今が聞くタイミングだと思った。
「以前、師匠に相談しに行くって言ってたけど、あの人が桃の師匠?」
「違う」
残念ながら、師匠という人には断られたらしい。詳しい話は教えてもらえなかったが、やむにやまれぬいくつかの事情があって協力できない、とのことだった。「先生には言わないでもらいたい」と断り説明を続ける。師匠の協力を取り付けることができず困っていた時に、自分の言葉が通じる不思議な人間のことを思い出した。その人間は「僕で力になれることがあれば言って欲しい」と言っていた。借りを作るのは本意ではないが、他に何も手が思いつかない。とはいえ、師匠以外の人間にこの世の常ならざる事態を解決する協力を仰いだことはないので、寶井さんに事情を話す前に師匠に意見を求めた。
「慎重だな」
「どんな人間だって、そう簡単には本性なんて分からない」
そういや、四国犬は警戒心が強い、みたいなことネットに書いてあったな。
「信用できない、とは違うがあの人は得体の知れないところがある。そもそも俺の言葉が理解できる時点で普通の人間ではないだろ」
結論から言うと師匠は寶井さんに相談することに全面的に賛成で、もし協力してくれると言うなら、包み隠さず事情を説明して良い、とのことだった。なぜそこまで信頼できると言い切れるのか。桃自身も訝しんだらしいが、どうも師匠は寶井さんのことを知っているようだった。どういう関係かは桃も教えてもらえなかったらしい。師匠も桃に負けず劣らず秘匿主義、というかクローズドなスタンスなようだ。
「ただし」
桃は師匠の言葉を続ける。協力してくれる限りはおおいに頼って良いが、彼が協力できない場面が出てきたら、その時は潔く諦めるように、ということらしかった。
協力できない場面、というのがどんな場面か想像できなかったが、とりあえずは全面的に頼っていいんだな。なんだか俺もスッキリした。実を言うと俺も、見ず知らずの大人を無条件で頼ってもいいものだろうか、と心のどこかで思っていたのだ。
あれ、でも何かが引っかかる。桃にとっては見ず知らずじゃないよな。だって光さんと寶井さんは年賀状を交換するくらいの知り合いだ。
「この間明治神宮で、寶井さんを紹介してくれた時、お前いつの間にかいなくなってただろ。あれは思いがけず九鬼さんが現れたからか?」
「そうだ。光が今、俺を世話してくれていること、もう知ってるんだろう?」
「ああ」
突然飼い主が現れたので、驚いてつい逃げ出してしまったらしい。
庭で放し飼いで、かつ光以外はあまり気にかけないらしいので、桃は光が外出中の時を狙って、外出しているということだった。
「その光が外で、家にいるはずの俺と会ったらおかしいだろ」
「しかし、お前は人間の姿なんだから、光さんが気づくはずないだろ」
「冷静に考えればそうなんだが動揺してな。それに近しい人には雰囲気で気づかれるかも知れないし、光は普通の人より霊感が強いんだ。万が一ということもある」
そうなのか。俺は長いちゃんとペットを飼ったことがないのでその感覚は分からない。話題を変えて、本題に入る。
「寶井さん、会いに来たのか」
「来た。一緒に出雲か伊勢に来て欲しいと言われた」
「お前には、誰にも見えない俺の呪いが見える。だから普通の人間には分からないものが見つけられるかも知れない。そう思ったんだ」
「そうかも知れないな」
「来てくれないか」
「もともとあんたの前に姿を現したのも、その呪いを解くためだ。協力したい。俺を連れていくための作戦も先生から聞いた。ずいぶんいい作戦を思いついたもんだな。先生の発案だろ?」
お前じゃ思いつけないだろ、と言われているようでちょっと悔しかったが、全くその通りなので、素直に頷いた。俺はこの時点でOKだと思っていた。だがそう上手くはいかない。
「もし光が行くのならば、その作戦はうまくいく。俺もついていく。もちろん人間の姿で。ただちょっと問題があるんだ」
「どんな問題だ?」
「俺自身もどうしたらいいのか分からない問題だ」
具体的な中身を聞きたかったんだけど…そう言おうと思って覗き込んだ桃の顔は、とても寂しそうな顔だった。初めて見る表情だ。
「まあ、とりあえず何を悩んでるのか、話してみてくれよ」
「そうだな、悩んでいるのは、俺が世話になっている家の娘のことだ。光じゃない、光の妹だ。流奈(るな)という名前だ」
光さんには妹がいたのか。
「その妹さんがどうかしたのか?」
「今、高校生なんだが、問題があってな。先が心配なんだ。俺のもともとの飼い主も亡くなる直前まで相当気にかけていた」
もしかして、だから九鬼さんの家に来たのだろうか。元の飼い主がなくなった後、その心残りを引き継いで。そう聞いたら、
「そうだ。主人への義務だ」
当然のことのように言い切った。
「だからできるだけ流奈から目を離したくないんだ。」
一泊や二泊、目を離しただけで心配になるのはいささか心配性すぎやしないか、とも思うがこいつにとって、それくらい切実なんだろう。
「事情は分かった。もちろん無理強いはしない。お前が行けるタイミングまで待つよ」
「すまない」
そもそも光さんが行くかも分からないしな。
「気にするな。ところでお前の正体、というか人間になれることを光さんや妹さんに言えない決まりでもあるのか」
「前にも言ったが、この世の常でないものは、あんたのように特別な事情がない限り、人に見せてはいけないのだ。それに」
「それに?」
「俺は飼い主には犬として飼われたい」
もしかしたらこれも間九鬼さんに人間の時の姿を見られて、思わず逃げ出してしまった原因ではないだろうか。こいつの気持ちを尊重するなら、そもそも桃を連れていくことは、考え直した方が良いのかも知れない。
ところでこいつが今日俺に会いに来たってことは、光さんは家にいないってことだろうか?聞いてみると
「今夜は流奈以外の家族はみんな親戚の家に泊まりに行っている。流奈は俺のところには来ない。念のため寝るのを待って、家を抜け出した。幸い庭で放し飼いだからな。それであんたの家に行ったら、あんたの部屋には明かりがついていなかったので、まだ帰っていないと思った。だから待っていた」
俺がすでに寝ているとは思わなかったのだろうか。もう夜十一時なんだけど。いやそれより
「俺の家知っているのか?」
桃は決まりが悪そうに、
「悪く思わないでくれ。あんたと最初に会った時、後をつけさせてもらった。あんたが家に入った直後に電気がついた部屋があったので、部屋も把握した。今日はどうしても会いたかったので、もしすでに帰宅していたら窓からノックする予定だった」
「お前、捕まるぞ」
つい苦笑してしまった。
「帰宅途中に会えて良かったよ」
「それにしてもあんたずいぶん遅いんだな。仕事大変なのか?」
「仕事じゃないさ。上司との飲みだったんだ」
そこで考え直して「いや、つまり、やっぱり仕事だな」と前言を撤回した。
「変な仕事だな」
「変な仕事だよ」
まったく変な仕事だ。でも、こうしてこいつと離していると少し気分が良くなった。
「大丈夫か。疲れた顔しているぞ」
「大丈夫だよ、ありがとう」
こいつはやっぱりいい奴だな。考えてみれば、「変なやつ」なだけで、最初からいいやつだったのだ。
「こっちからお前に連絡を取りたい時はどうすればいいんだ?とりあえず家まで訪ねれば庭にいるのか?」
そうだが、住所は先生に聞いてくれという。
「俺も説明できないんだ。位置は分かるんだが、それを住所という土地の名前や番地という数字で表現することができない」
「分かった」
本当はスマホかケータイを持っていて欲しい。欲しいが無理だろうな。一応、「手に入れられないか」と聞いてみたら、「存在は知っているが、手に入れる方法が分からない」と返答され、即諦めた。
結局、桃と話したい時は、面倒だがこいつの家まで行ったら俺が会いたがっている合図になるので、桃の方から訪ねて来てくれるというやり方にした。携帯が使えないことによるすぐに圧倒的不便さ!しかし俺はなぜか、手間をかけないと連絡が取れないという不便さに、心地よさを感じた。もしかしたら、桃の独特な時間感覚や生活リズムに合わせることで、日常のストレスから解放されているのかも知れない。実はこいつといる時間はとても貴重なものなのではないか、とこの夜思った。
「ところで寶井さんは、光さんの妹さん…流奈ちゃんのことは知っているのか」
「俺からは何も言っていないので、分からない」
「そうか。まあじゃあ俺からもあまり細かい話はしないで、出雲は少し先延ばししたいということだけ伝えとくよ」
神宮の木々の方に消えていく桃の後ろ姿が、随分元気がないように見えた。たぶんこの時には、桃が以前何回か見たあの凛々しい四国犬だという話を信じるようになっていたと思う。俺はこいつの力になってあげたいと思った。俺はもともと犬好きなのだ。
*
九月
九月上旬は相変わらず夏の気候だ。会社では徐々に仕事を任せてもらえて来ているが、まだそれほど忙しくはない。自分にはコンサルタントの適性がないのかと、逆に不安になっている。まあそもそも入社できたのが奇跡みたいなもんだしな。
しかし労働時間的にはきつくないのに、毎日ぐったりだ。本当は早く家に帰れたら、ビジネス書や経済関係の本などを読んで知識を増やしていけなくてはならないのに、そんな気力がおきない。職場では、まだ随分気疲れしている。当たり前だが部署の人は全員年上なので、学校とはコミュニケーションの取り方が変わる。「思っていることどんどん言って良いから」と言われても、良く考えてから発言しないといけないという「社交辞令」を、身を持って体験している。ちなみに発言できないとそれはそれで怒られるので、常に適切な発言というものを探している。それが自然にできる人は素直にすごいと思う。俺は自分で思っていた以上にコミュニケーション能力が低いのではないか、と思い始めている。
正直、自分よりずっと戦力になっている高杉くんにはかなり助けられている。スキル面のヘルプだけでなく、お寺の子だからなのか聞き上手なのだ。彼に話を聞いてもらうと安心する。ちなみに高杉くんは九月の三連休に付き合っている彼女の実家に挨拶に行くらしい。来年には結婚する予定だとか。彼は現役で大学に合格し四年で卒業したので、俺より一つ年下だ。それなのに、あらゆる面で差をつけられてしまっている。
そんな平和だが、スカッとしない日々を過ごしていた九月の最初の土曜日、寶井さんからLINEがきた。もう昼時と言っていい時間帯だったが、恥ずかしながら俺は寝ていた。最近は土日はいつも昼過ぎまで寝ていて、起きるのが億劫になっている。電話で話すことになったので、なんとか寝起きっぽくない声を作ろうと努めた。
「お休みの朝にすみません」
もう十一時過ぎだが、朝と言ってくれたのは気遣いだろうか。
「お身体に変わりはありませんか?」
「ええ、ぴんぴんしてます」
少なくとも、肉体的には。
「再来週の土日は予定ありますか?」
再来週。三連休の土日。空けようと思えば空けられる。最近は休みなのに予定を入れるのも億劫になってきて、予定のない週末が多い。まあこれは疲れうんぬんではなく、もともと休みに予定を入れておかないと気が済まない性格ではない、ということの方が大きい。
寶井さんには、前回桃と会った後、「彼は今事情があって東京を離れられないみたいなので、少し待ちましょう」と伝え、快諾してもらっていた。
「水木さん、もしよろしければ伊勢に行きませんか?」
まるで友達に「旅行行かない?」くらいのノリで言われた気がした。この人、案外唐突な人だな。
「再来週、九鬼さんが土日にご家族で伊勢に旅行に行くそうです」
昨日寶井さんは、九鬼さんから、家族で伊勢神宮に旅行に行くので、伊勢について教えてくれないかと連絡が来たらしい。頼りにされてるなあ、この人。
「妹さんも一緒に行かれるそうです。それなら桃太郎くんも、むしろ心配で来たがるのではないかと思っています。彼の心配事というのは妹の流奈さんのことではないですか?」
すごい。なんで分かったのだろう。俺の考えていることを察したのか。
「桃くんから直接聞いたわけではないのですが、妹さんのことは、軽くですが九鬼さんから伺っていまして。桃くんにそれとなく、話を振ってみたらすごく心配な様子だったので、そうかなと思っただけです」
「すごいですね」
「企業で働いてた時、人が望んでいることを洞察しないと仕事にならなかったもので、その習慣で。それで…桃太郎くんについて、僕の推測あってます?」
その通りである。桃は流奈さんが心配だから、家を離れたくないと言っていた。だから、流奈さんも一緒に行くというのなら、その間は家にいる理由はない。それどころか寶井さんが言うように、心配でついて行きたくなっている可能性も高いだろう。
「まあ九鬼家の家族旅行に混じる必然性はないので、どう距離感を取るかという問題はありますが」
それもあるし、桃の気持ちが気にかかった。確かに流奈さんから目を話したくないだろうが、この間会った時に「ただの犬として飼われたい」と言っていたことがどうしても引っかかっていた。あまり人間の姿では会いたくないだろう。まあ会ったところで姉妹に正体を見破られることはないのだろうが。
思っていることをそのまま寶井さんに伝えると、
「水木さんは優しいんですね」
と意外そうな反応が返って来た。そういう寶井さんの声も優しい。けれども、簡単に提案を取り下げるつもりはないみたいだった。
「最終的には水木さんと桃くん次第なのですが、僕はこの機会を活かすべきだと思います。出雲の方が確度が高いと言いましたが、桃くんが来てくれるならば伊勢で何かが見つかる可能性は高いと思っています。ちょっとしたアイディアがあると良いますか。ただそれでも、あくまで可能性なので、何も発見がなく終わることもありえます。繰り返しますが、お二人次第です」
アイディアがある、と言われると好奇心が湧く。ただやっぱり、桃が来てくれることが必須ってことか。あいつは九鬼流奈についていくことと、自分の人間の姿を見られる抵抗感をどう天秤にかけるだろう。
「それに」
寶井さんは続ける。
「ちょっと差し出がましいと思ったのですが、たとえ何も発見できなかったとしても、水木さんの気分転換にもいいと思っています」
「どういう意味ですか?」
「勘違いでしたら、すみません。少し弱っているように見えたんです。肉体的にではなく、精神的に。入った会社で結構気疲れしているんじゃないかと」
全部その通りである。見透かされていたことが悔しい。
「もしそうであるならば、伊勢の社は心を癒し整えてくれる場所だと思います」
俺は卒業旅行で行った伊勢神宮の内宮ややおかげ横丁の光景を思い出して、それは正しいと思った。
「もしかして、俺のリフレッシュも兼ねての提案だったんですか」
「なんだか十数年前の自分を見ているみたいで。友達を旅行に誘うような感じでお声がけしてしまいました。もちろん、呪いを解くヒントがあるかも知れないっていう名目があった上で、ですが」
寶井さんは人の心をほぐすのが本当に上手だ。伊勢に行きたくなった。俺は感謝を伝えて桃に相談してみるといい、電話を終えた。電話を切る直前、
「水木さんはいつの間にか、桃、と略して呼ぶようになったんですね」
と言われてハッとした。そういえば、いつからだろう、いつの間にか友達みたいになっているじゃないか。
電話を終えた後、俺は寶井さんという人について、思いを巡らせてみた。どこかの大学を卒業した後、一般企業に就職し、何年か勤める。一体何の会社だったんだろう。会社を辞めてからのことは聞いたわけではないが、おそらくどこかの大学院に行って、日本文学や文化を研究する道に入っていったのだろう。
性格は俺が年下というのもあるだろうけれど、一貫して穏やかで親切だ。かといって馴れ馴れしい感じでもなく、距離感もちょうどいい。それに、ただ人当たりが良いだけじゃなく、相手のことをちゃんとみて、考えて、最適に動いているように見える。爽やかで明るく、話も分かりやすく上手だ。行動力もある。昔からこうだとしたら、俺と違って平均以上には仕事ができるサラリーマンだっただろう。
そして、直接会ったことは一度しかないが、すらっとした体型に、目鼻立ちのはっきりした顔立ちはイケメン俳優のようだと思った。俺より十歳以上年上みたいだけど、まだ十分「青年」と呼べる若々しさを感じる。
うーん、ダメだ。何一つ勝てる気がしない。外見はおいといて、俺は十年後、こんな風に成熟できているのだろうか。全く自信がなかった。
*
決まる時は驚くほど、とんとん拍子にいくものだ。寶井さんと話した同じ土曜日の夜、コンビニからの帰り道、桃が待っていた。「相談があるんだが」と控えめに切り出した彼に「もしかして、伊勢詣での話?」と本当に何気なく振ってみたら、桃は驚いた「どうして分かったんだ?」と逆に聞かれた。どうやら彼の方でも「一緒に伊勢に行けないか」という相談をしようと思っていたらしい。
「しかしいいのか?人間の姿で九鬼家の人たちに遭遇するかも知れないんだぞ」
「いいさ。優先順位がある。流奈を放っておく方が心配だ。むしろ流奈と一緒に行動できるならそうしたい」
こいつが人間だったら、その家族は幸せだろうな。俺もこんなお兄ちゃんが欲しい。
「なあ桃。呪いのことだけどな。正直まだ全然実感ない。けど、俺のせいで親に不幸が降りかかるのは怖いよ。こう見えて、ずいぶん苦労かけたと思うし、感謝してるんだ」
「水木」
「ん、なんだ?」
心配するな、お前の呪いは必ず解ける。うん、だといいな。こうして九月の連休の伊勢詣でがあっという間に確定した。
寶井さんと相談して伊勢詣でのアバウトなプランをたてた。だいたいこんな感じである。
・結局、現地では九鬼家と合流することになった。寶井さんが、土曜日の午後と日曜日に九鬼家を伊勢案内してくれることになった
・俺は日本神話に興味がある寶井さんの知人、桃は寶井さんの教え子ということになっている
・京都在住の寶井さんとは、直接現地で集合。
・俺と桃は東京から行くが、家族旅行を邪魔しては悪いのでやはり現地集合
伊勢で光さんに会えると思うと、ちょっとワクワクする。
九鬼家が留守の間、犬の預け先は俺の知り合いということになった。寶井さんから光さんの連絡先を聞いて、出発日の前日の金曜日の夜に彼女と会った。
「わざわざ取り次いでいただき、すみません」
申し訳なさそうに言われると、こっちが嘘をついていることに罪悪感を覚える。
「いえ、お気になさらず」
俺たちは今、渋谷のドッグカフェという、ペットOKのカフェにいる。ペットを買ったことがない俺は、こんなカフェの存在は知らなかった。
「結構増えていますよ」
と言われ、ペットの地位も随分向上してるんだなあと思った。
光さんは白のカットソーに薄手の水色のニット、紺のロングスカートという出で立ちだ。シンプルにまとめられていて清潔感がある。化粧はこの間よりは濃い気がする。もしかしたら、弓道の練習前だったから薄めのメイクだったのかも知れない。
そして、四国犬の桃がそこにいる。この姿は五月に数回あって以来である。今は犬の姿で一緒にいるのが、なんだか不思議な気分だ。本来はこれが自然な形なのに。改めて、こいつ本当に犬なんだな、と考えざるを得なくなった。
犬の桃は、とても凛々しく見える。こいつは今どんな気持ちで俺のことを見ているのだろう。残念ながら俺には寶井さんのような特殊能力はないので、四国犬の表情からは何も洞察することはできない。
俺は桃が心配している九鬼流奈という子について知りたかったが、さすがに知り合ったばかりの子に、自分から聞くことは憚られた。今、目の前にいる九鬼さんは機嫌が良さそうだ。
「ありがとうございます。私、本当に楽しみです」
「行きたいって言ってたもんな、この前会った時」
改めてお互い自己紹介し、話しながら堅苦しさがほぐれてくると、俺はようやく敬語を使うのをやめることができた。
九鬼光は都内の私立大学の文学部、日本文学の専攻だった。来年は大手精密帰化メーカーに就職が内定しているそうだ。俺も自分の出身大学と勤め先を言った。
「わ、コンサル。すごい」
これは本心なのか社交辞令なのかは分からなかった。ひとしきり雑談した後、九鬼さんは少し言いにくそうに切り出した。
「あの、今回妹も一緒で、伊勢神宮を案内していただく時にもご一緒させていただく予定なのですが」
「うん」
「その妹が少々問題児でして、そのことを事前にお伝えしておこうと思いました。それでもしご不快な思いをされそうだと感じたら、私たちは一緒に行動するのは控えようかなと思っています。水木さんたちのせっかくの旅行を邪魔したくないので…」
「あの…、話せる範囲でいいから、良かったら話してくれないかな。九鬼さんこそ楽しみにしているのに、俺に気を使って遠慮してたらもったいない」
「はい。えーと、なんて言ったらいいか。無気力になっていて何もやる気が出ないようなのです。そのことに対して、本人もすごくあせりを感じていて、そのいらいらを人にぶつけてしまうんです」
「なるほど」
「それに、家族や先生たちに全然心を開こうとしません。両親は話をしようとしても、ろくに答えようとしません。最近じゃ、両親の方も匙を投げているみたいで、特に父親が…」
分かる。俺もそういう気分になったことはある。将来への不安と大人に対する不信感。いや不信感は大人に対してだけじゃなく、子供同士の間でもあったかも知れない。ただ、家族に誰一人心を開けない、というのはさすがに可哀想である。
「そっか。ただ妹さんの気持ちは多かれ少なかれ、多くの人が持つことじゃないかな。俺も高校の頃そんな感じだった」
「確かにその通りなんですけど、もう高三の秋ですよ。このままだと進路が心配です。なんだかんだ言って、大学に行くなりで環境が変われば道が開けてくると思うんです。なんて本当は私が言えることじゃないんですけど」
どういうことだろう。光さんは少し恥ずかしそうに続ける。
「私もそうだったんです。高校二年生の頃なんて、もしかしたら今の妹よりひどかったかも。学校にも家にも相談できる大人なんていなくて、勉強もついていけなくなっていたんですけど、たまたま出会った家庭教師の先生がとてもいい距離感で接してくれて、話も面白かったんです。気がついたら大学行くために勉強頑張ろうという気持ちになってきて、なんとか受験に間に合いました。そして結果的に大学では色々な刺激を受けて、なんとか今に至っています。」
文学部に決めたのも、その家庭教師の影響なんですよ、と回想している光さんの横顔はやっぱり綺麗だ。俺がじっと見ているのに気がついたみたいで、照れ隠しみたいに話題をズラした
「今また悩んでますけど、卒業後のことで」
「いい会社から内定をもらっているのに?」
「ええ、一般的には大手を言われているところ。親もすごく喜んでいます。本当に運が良かっただけなんですけど。第一志望ってわけじゃなかったのに、よく内定もらえたなと思っています」
「俺だってそうだよ」
「ただ、大学院に進学しようか迷っています。親には反対されそうでまだ言えてないんですけど」
大学院とは日本文学の研究ということだろうか。そうだとすると、たしかに悩むだろう。分野が自然科学や社会科学なら研究が一般企業への就職につながることはあるかも知れないが、日本文学の研究を続けた先に、研究者以外にどんな就職先があるのかぱっとは思いつかない。
「贅沢な悩みですよね。もう安定した就職口は確保している上で、他の選択肢があるなんて」
俺は曖昧に笑う。光さんはまじめな表情に戻った。
「実は妹は、今回の伊勢旅行も嫌がっていました」
話を聞く限りそうだろうな、と思う。よく一緒に行く段取りになったものだ。
「でも、少しでも気が晴れればと思って、私が無理にでも連れていくことにしたんです。以前は家族旅行大好きだったんですよ。知らないところに行くといつもワクワクしていて。もしかしたら少しでもそういう気持ちを取り戻してくれるんじゃないかなって」
いいお姉さんだ。羨ましい。
「それにほら、伊勢神宮ってパワースポットでしょ。行けば、心を癒して整えてくるんじゃないかな、なんて」
それから苦笑いして
「ダメですね、神頼みになってる」
と言った。俺は今自分ができる精一杯の励ましをした。
「それならなおさら、寶井さんに伊勢神宮案内してもらった方がいい。あの人は話も上手だから歴史に興味も湧くかも知れない。俺も高校の頃、こんな先生がいたら歴史とか国語とかの授業好きになっただろうなあと思ったよ。あと、俺そんなに人を見る目ある方じゃないけど、あの人結構いい人だと思う。少なくとも俺はそう思っている最初はつかみどころ無い人だなって思ってたけど」
イケメンだしね、とは言わなかった。
「やっぱり水木さんもそう思います?私も同じです」
九鬼さんは目を輝かせて嬉しそうに言った。
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