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檻の外
風を受けてくるくると回る風車はいかにも涼しげで、夏の熱さを和らげるようだった。そのたくさん並ぶうちの一つを取る。
「これを」
「はいよ」
店主に金を渡すと、風車を隣にいた朝顔の浴衣の帯に差した。
「お姉ちゃんきれいだねえ」
店主の言葉に、壮介の隣で梅落が楚々として笑った。
神社までの参道を大勢の人が埋め尽くしていた。左右はずらりと屋台が並んでいる。その人混みを壮介と梅落はぶらりと歩いていた。
「きれいだってさー。褒められちゃった」
「見る目がねえ親父だな」
「そっちがだろ」
実際、長い髪を結い上げて簪を挿し、白く細いうなじをさらした梅落を振り返る男は多い。白い浴衣が眩しかった。
「男ってのは莫迦だねえ」
「お前も言うようになったな」
「何年店にいると思ってんだ、よ、水飴ある!」
「おい、勝手に行くな」
壮介が慌ててあとを追う。梅落の浴衣の裾がからげて、ほっそりした足首が覗いた。
今回の外出は、店には完全に無断のことだった。客に聞いた夏祭り。梅落がどうしても行きたいと言い出して、壮介は出来るわけがないと一喝した。なんとか嘘を重ねて、結局は連れて行くことになったのだが。
「バレたら連れ戻されるだけじゃ済まねえんだぞ……」
呟いたひとり言は、賑やかなざわめきに紛れた。
「これ買って!」
振り向いた顔は年相応に無邪気で、決して店では見れないものだった。桜坂の「商品」らは基本的に暗い過去を持っている。それでも梅落はいつも明るく振舞っていた。そう、振舞っていたのだと壮介は年相応の顔を見て思った。
「あー面白かった」
「そりゃよかったな」
「こんな機会ももうないだろーしね」
壮介はそれには答えずに淡々と歩いた。夜に間に合うには、もう帰らなければならない。神社にいたのはほんの一刻のことだった。本来ならばあの檻からは出てはならないのだ。
「あ」
「どうした」
「雨」
梅落が声を上げたのと同時にぽつり、と額に滴が当たる。それからあっという間に雨は本降りとなった。すぐ近くにあった寺の軒下に駆け込む。
「すごい降ってきたねえ」
「弱ったな」
雨脚は弱まらず、地面で弾けている。見上げればどんよりと重い空が迫っていた。自分一人なら走ってでも帰るが、梅落がいるのではそうもいかない。傘でも買ってくるかと考えていると梅落がぽつりと呟いた。
「このまま」
「ん?」
「逃げようか」
思わず顔を見れば、いつもの笑みを返される。白い顎から滴が落ちた。
「なんてねー。嘘うそ、まだ死にたくはないし。帰ろ」
言って雨の中に飛び込んでいった。途端に髪が濡れていく。白い浴衣の裾に泥が跳ねた。
「……もしもなんて」
考えるべきではないそれを壮介は一蹴する。いつも通りに笑うその眼の奥に揺らいだ何かを確かに見たけれど。同じ男とは思えぬ細い腕を掴んで走り出したらなどと、考えるべきではないのだ。
「梅落、勝手に行くな」
名前を呼べば振り返る。風邪をひかせるわけにはいかないと、壮介は大事な商品のあとを追った。
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