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二
自分がこの娼館、桜坂で一番美しいと七坂は知っていた。故に自分が孤立していることも。
客の男たちは一度でいいから最も美しく、高価な商品である自分を抱きたいと思っている。それは他の姐さん方の上客であろうと関係なかった。それで孤立していたとしても自分のせいではないし、仕方ないと割り切っている。松濤の上客であったあの男が七坂に心を移してしまったのもまた仕方のないことなのだ。男はいつも、若く美しいモノに惹かれていくのだから。
基本、花街には共同の風呂があるが、その特殊性ゆえに桜坂は自前の風呂を持っている。七坂は風呂場に行くと脱衣所で着物を脱ぎ錠のかかる長持ちにしまった。これは度重なる嫌がらせに辟易して七坂自身で用意したものだ。斯くも嫉妬というのは細やかで醜いものだった。
身体を洗い流し、湯に浸かると、見計らったように向こうの方から近づいてくるものがあった。
「七坂、聞いたかい」
「なんのこと」
七坂が素気無く応えると、砂貝が「分かっているくせに」とからだをくねらせた。七坂は僅かにその柳眉を曇らせる。
「姐さんのことだよゥ。先生に殺されたってね」
「そのようだね」
「あんたホントに冷たいね。まあ姐さんにしたってあんたには悼んで欲しくもないだろうけどねえ」
砂貝が意味を含んだ目で七坂に擦り寄る。七坂は僅かに間を空ける。
「あんたみたいな器量よしに言い寄られたんじゃァ男はころっといっちまうだろうけどさ」
「言い寄ったりはしていない」
「またまたァ」
「男が勝手に寄って来るんだ」
七坂が傲慢に言い放つと、砂貝は苛ついた表情を見せた。しかしそれもほんの一瞬のこと、すぐに阿るようなにやついたものに変わる。
「そんなだからあんたは敵ばっかりになるんだろゥ。あたしがいなけりゃどうなってると思ってるんだい」
砂貝は器量がよくない。当然、客に指されることもない。それを負い目に感じているのか砂貝は必要以上に人に遜った。二言目には「あたしは醜女だから」と言う。所詮田舎の出だからねェと。
だから姐さん方には腰が低く、また、年少でありながら桜坂で一番の売れっ子である七坂にもまた遜った態度をとった。しかしその美貌ゆえに姐さんらには疎まれている七坂の世話を焼くとき、砂貝はほんのりとした優越感を滲ませた。
「いい加減におしよ。そんな態度ばかり取っていればいつか背中からずぶりとやられっちまうよ」
砂貝が頑是ない子供に言い聞かせるような調子で言う。
「望むところだ」
相手を見もせずに素っ気なく言い捨てると、七坂はするりと湯を出た。
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