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鬼御門
俺は己でつけた傷を舌でなぞる。大きく開いた襟から出た、細い肩から鎖骨の下まで続く不粋な紅い傷。俺の所有物である証。
「浅雪」
薄い唇から漏れる息が鎖骨を咬むと乱れる。悩ましげに寄せられた眉。俺を煽る顔。
「あぁ……」
俺は浅雪のかすれた声を、己の喉に流し込んだ。
どれだけの借金をしていたのか、「桜坂」の店主の言い値は政府の高官が住む一等地に家が建つ程の値段だった。俺に媚を売りながらも払えないだろうと高を括っていた店主の、横っ面を札束ではたいたときの顔は傑作だった。
そして俺はどれだけこの男に執着しているのかと愕然とした。
「浅雪」
呼べばうっすらと目蓋を開け俺を見上げる。欲情に塗れながらも決して理性を失わない瞳。
気に入らない。
気に入らない。
気に入らない、この醒めた目が。俺の前では絶対に溺れきらないこの男が。
「殺してやろうか」
僅かに目を見開いたのち自嘲気味に笑った浅雪は声もなく。
『ころして』
上気した頬。
畳に広がる髪。
雪のような肌。
震える睫毛。
俺しか触れず、声も聞かず、光さえ届かぬ程閉じ込めても手に入らぬ憤り。
瞬間的に膨れ上がった殺意が白い首に手のあとを残した。
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