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四
いつもの人形のような完成されたものではなく、どこか冴え冴えとして凄みを帯びた笑みだった。しかもそれは今まで見ていたのとは違う、壮絶な美しさだった。
男はたじろいで手を離す。
「私は、誰にも身請けなどされません」
「なぜだ。私は君に不自由など」
「私は籠の中で老いてゆくなどごめんです」
男はまるで知らない誰かを前にしたように錯覚する。今まで腕の中で静かに収まっていたあの駒鳥のように愛らしく、白百合のように清楚可憐な者は一体誰であったのか。
「この日に日に成長していく体が悍しい」
「なに、を」
「私は今この一番美しい状態のまま死にたいのです」
たとえ今は美しかろうとも、いつかは必ず衰えゆく。永遠とは夢幻、ましてや嘘を着飾った己らであればなおのこと。生まれ持った性に抗うことなどできはしない。みすぼらしく老いて情けをかけられながら生きるなど、なんという悪夢。どうせ碌な末路は辿らぬ儚い運命ならば。
「私は姐さんが羨ましい」
思われ続けて募らせた思いの果てに殺された松濤が。狂おしいほどの焔に焼かれて死んだあの人が。
「私は豪奢な造りの籠の中で餌を与えられる安穏とした一生よりも、誰かの嫉妬に焼かれてころされたい」
男が、畏れたように後ずさった。七坂が目を細める。
「それこそが私の望み」
ですから身請けのお話はお断りいたします。
朝陽の差す部屋で目を覚ます。起き上がり、白鷺のほっそりとした首のようにしなやかな腕を天に向けて伸びをする。その先まで美しく整えられた爪が光を透かしていた。朝陽は残酷なまでに真実を晒している。
ああ、今日もまた忌々しいほどに体は代謝している。
その証を眇めて見て、再び布団に沈む。隣には昨晩を共にした男が深く寝入っている。
「はやくだれか」
ころして。
小さく呟いた七坂は、いつか己に焦がれ、やがて命を奪う何者かを思い、浅く眠りの中に微睡んでいった。
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