まぶたをひらく

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逃げるしかなく  それから三枝は浅雪の傍に付いて世話をした。髪を梳き、紅を引き、帯を結った。浅雪は物静かな質で、ただの田舎の小僧だった三枝が不慣れな失敗をしても声を荒げるでもなく一つ一つ教えていった。お陰で三月を過ぎる頃には田舎臭かった子供の面影はなく、少し伸びはじめた髪と相まってすっかりと垢抜けていたし、さらに半年も経つ頃には初めて客を取る運びとなった。 「赤木の旦那は優しい方だから心配はいらないよ」 「はい」 「あんたは運がいいよ」  忙しなく三枝の肩から華やかな打ち掛けを下げながら女将は言った。三枝がされるがままにしていると、襖が開いて男衆の一人が顔を出した。 「壮介か。どうしたんだい」  男はちらりと三枝を見てから女将に視線を戻した。 「すみませんが」  女将は一度片方の眉を上げると、腰をあげて出ていった。しばらくは手持ち無沙汰に座っていたが、いくら待っても帰って来ないため、自分で身なりを整えると三枝は部屋を出た。  そこいらの武家屋敷よりも、桜坂は立派な建物だ。三枝もきたばかりの頃は随分と迷ったものだった。 「なんだか騒いでるようだよ」 「捨てられ男かえ」 「いやどうも小僧のようだねえ」  すれ違い様に聞こえた姐さん方の話をたよりに進むと、台所の土間にちらと女将が見えた。剣呑な雰囲気に、三枝は覗くに留める。 「貞吉を返せ!」  集まった男たちの合間に、この店には似合わない少年がいた。顔は見えないが桜坂の男衆よりもやや高い声は、まだ若そうだった。その声に三枝は固まった。 「しつこいなおめえもいい加減諦めろや」 「貞吉を出せよ!」 「そんなやつはいねえよ。ガキはさっさと帰んな」  男衆が乱暴に背中を押すと、少年がゆらりと揺れて、体勢を崩した隙に戸を閉めてしまった。 「全くうるせえガキだ」  まだどんどんと、けたたましい音がしている扉を見ながら男衆らは舌打ちをした。  三枝は、その場にいられずに急ぎ足で逃げ出した。
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