探し物

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「どうしよう。こんなに点数、お母さんにおこられる」  ゆうは広げた紙を見ながら、まゆをひそめます。 国語のテスト。それも学校と塾の両方。そのどちらも、見たとたん顔が青くなってしまったものです。 「国語の勉強のやり方なんて、わからないよ」 くしゃくしゃに丸め、そのまま道ばたにすてようとして、いやまてよ。と思い直しカバンの中へ。 ゆうがもたれかかる電信柱に取り付けられている電灯に灯りがともり、思わず見上げます。 「うわっ、もう暗いや」 塾からの帰り道。遠回りを繰り返しているしうちに、お日さまは西の地平の向こう。ゆうはカバンを自転車の前かごに入れると、自転車のライトをつけ、家の方向に向かってペダルをこぎます。 しばらく家に向かっていると、何かがゆうの前を横切りました。それは「ねこ?」  いえ、ちがいます。ねこじゃらしを大きくしたようなしっぽ。「キツネだ」  そのかげは、その先の公園の中へ走っていきました。ゆうは自転車でその公園の横を通り過ぎようとして、そこに自分よりも小さな子どもが一人いることに気がついたのです。 「おーい、ちびっ子、さっさと家に帰れよ」 自分のことをたなにあげ、ゆうはその子どもに声をかけました。 「あ、うん」 でもその子どもは、帰るそぶりすらしません。ゆうは自転車からおり、その子どもに近づきます。自転車のライトが、その子どもの顔をてらします。 (小学校で見ない顔だ。保育園に通っている子かな?) 「あ、お兄さん、その灯りであちこち明るくしてよ。落し物を探しているんだ」 「明日、探すのはダメなのか?」 「うん、とてもとても大事なものなんだ」 (この子にとって、それは、とても大事なものなんだな)それが、どんぐりだったり、ビー玉だったり、きれいな石だったりしても。 「で、何を探してる?」 「手ぶくろ」 「手ぶくろか。わかった。じゃあ、キミが今日、この公園で遊んだ場所を順番に探してみよう」 「うん、まずこの公園のこっちから来て……」 ゆうは子どもの後ろから、自転車を押します。自転車のライトが明かりが灯ります。 (……あれ?)  ゆうはまばたきします。ブランコの側で手ぶくろを探す子どものおしりに、ねこじゃらしを大きくしたような…… 「ここにはないなぁ。次はあっち」 子どもが走り出すと同時に、それはぱっと消えてします 「なあ、その手ぶくろって、もしかしたら、キミが買いに行った物なのか?」 「え、なぜ、それを知っているの? お母さんがボクの手をニンゲンの手に変えて……」 (やっぱり、キツネだ。それも子どもの……) ゆうはキツネの子どもの話を聞きながら、今、自分は教科書で読んだキツネの子どもと、塾のテストに書かれていたお話と同じようなやりとりをしている。そのお話、なんというタイトルだったかな? と記憶を手繰り寄せます。  気がつくと東の空に月が見えています。 「月が出てきたぞ」 「うん、次が最後だから」 キツネの子は走り出し、ゆうも自転車を押しながら追いかけます。その先に見えるのはジャングルジム。 「ないなぁ…… お兄さん、手伝ってくれてありがとう。もう遅いから帰るね」  短いあいさつをかわし、ゆうはうなだれて歩くキツネの子どもの背中を見送ると、自転車に乗り、少し走ったところで、道ばたに白い物が落ちていることに気づいたのです。 もしかしたら、これは…… 拾い上げたそれは、赤ちゃん用の小さな手ぶくろでした。 「おい、ちびっ子、まだ近くにいるか? 手ぶくろって、これか?」  ゆうは子どもが行った先に向かって叫びます。ゆうの声にふりかえった子どもの顔はすっかりキツネそのもの。 でもゆうは、ただただ、見つけた物がキツネの子どもが探していた手ぶくろであってくれと願うばかり。 キツネの子どもが駆け寄り、ゆうが手にした手ぶくろをはっきり見えるところまで来たときには、しぼんだ花が、一気に花開いたような顔になっていました。 「うん、これだよ!」 「よかったな」  じゃあな。と、回れ右したゆうに、キツネの子が待ってと声をかけ、手ぶくろの中から何かを取り出します。 「お兄さん、とても大事なものだけど、これあげるね」 ゆうの手のひらには、青空と同じ色のビー玉みたいな、 「なんだい?」 「花壇に植えてね。そして、春になるまで、お楽しみに」  明るい笑い声をあげながら、キツネの子はボールのように飛びはね、月明かりの彼方へと消えました。  そのキツネの子どもの笑い声と、ゆう自身の声がよみがえってきます。それは国語の教科書の中ではじめて出会った小さなお話。たどたどしく、そのお話を読んで書いている自分自身の声を…… 「ああ、そうか。勉強のやり方、既に知っていたんじゃないか」  ゆうは手のひらにのった物をポケットにしまい、「植木鉢でもいいかな?」家に向かって力強くペダルをこぎ出しました。
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