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プロローグ
「人は見かけによらぬもの」
美容師の仕事をしていると、その言葉を、身を以て体感することがしばしばある。
自分の容姿に無頓着な人でも、会計の時に出すお財布の中身はものすごく整頓せれていたり。とても優しげな風貌の人が店員に対してとんでもない暴言を吐いたり。
もちろん、いつでも半袖短パンミニスカートのような元気っ子は常に活発だし、スーツをピシッと着こなしたサラリーマンは常に隙がなかったりする。
そういう例外 (……いや、この場合は通常と言えばいいのか?) もありこそすれ、人の容姿と中身のギャップには人より多く体感してきた自覚はある。
だからこそ言える。
「外見はある程度、変えられる」
変わろうという努力さえすれば、人はある程度までは変われるのだ。
またこういうことを言うと、「世の中、そんなにうまく行かない」とか色々言われるから大っぴらには言わないけど。
そんなこと、分かっている。
そうでなければ今頃まだ、表参道の有名ヘアサロンでトップスタイリストを目指していたはずなのだから。
「朱音ちゃーん」
「今行きます!」
ここはヘアサロンFuki。私、鶴見 朱音が元の職場を去り、細い伝手を辿って流れ着いた住宅街の只中にある小さな美容室だ。
オーナーは先ほど私を呼びに来た富貴さん。スキンヘッドの見た目はいかついがお茶目なおじさまだ。あれでいて、元は有名サロンのカリスマ美容師だったって言うんだから、本当に人は見かけによらない。だって、初めて会った時はハットにサングラスのちょっと怖い中年男性にしか見えなかった。その考えは彼の仕事姿を見て、すぐに改められたが。
そんな富貴さんと私の二人で回してきた小さな美容室。そこに気に食わない新入りが現れたのは約1週間前。
「ちょっと、あれ、やっといて」
「ふぇ!?は、はい……」
そいつは半分眠っていたのか、重そうな瞼を擦って、重そうな声で返事をする。もう昼の11時ですが。開店前の準備で9時には来て2時間は働き始めているはずですが。というより、私より先に来て作業始めてましたよね?流石に2~3時間働いたら、どれだけ眠かろうがしゃっきりしてこない!?しかも美容師は手を動かす仕事。大体手を動かしたら帳簿とか見てるよりかは目が冴えてくるよね!?
「あ、あの……鶴見さん?」
急に立ち止まった私を不思議に思ったのか、当のそいつが顔を覗き込んでくる。いけない、いけない。思考停止したと同時に身体も止まっていたらしい。
「だ、大丈夫、大丈夫。なんでもないの。あは、ははは……」
雑念退散と言わんばかりにバックヤードと表を隔てる仕切りを大袈裟に振り払った。
「いらっしゃいませ。本日はどうなさいますか?」
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